『Aqua hauriuntur per pulvis』
「はあ…はあ……!!」
木々の間を、草原を、白いモノが駆け抜ける。
(急がなくてはいけない……!!)駆け抜ける其れは焦燥に彩られていたーー
「与えられた猶予はーーもう、無い…」
小さな身体で、でも懸命に駆け続ける。肩で息をする程までになっても、進み続けるのを止めなかった。
どうしてもっと早く思い出せなかったのだろう、と其の小人は苦い顔を浮かべる。でも、もう振り返らない。と固く誓った。
小さな手足は、先へ進む事を決して諦めたりしない。
小人は駆け抜けながら、ある出来事を思い出していたーー
『……ロル。其方の意思を尊重したい。けれど其方にしか出来ない事なんだ』
尽き果てぬ地獄の様な場所で、"誰か"が語り掛けてくる。
『僕は敵対していた立場としてでは無くーーそう。今回は、嘗ての様な間柄としてーー会いに来た』
青年の声は暗さを宿してはいたものの、此の世界に似つかわしくない程穏やかだった。
「………。そうまでして、私に会いに来たのですか」
『そうだよ。彼女達の中では君が一番意思をはっきりとさせていた。承認欲求に塗れ顕示欲に溺れ、そして己の為に他者を厭わず殺してきた彼女達の中では、ね』
青年は半ば吐き捨てた振る舞いで話した。
『……。"あの時"は僕の話を聞いてくれて有り難う。だけど哀しかったよ。結局君は彼女達を尊重し僕の首を斬り落とす選択をしたのだもの』
「…っ……それは…」
『でも、君は死んでいる。其れはきっと僕もだ。でもまだ柵は残されている。如何かな。君なら、少しは火の粉を払えるんじゃないかな』
青年は哀しみを含む声から一転、考えを吐露する。
「火の粉…?」
『そう。そうだよ。彼女は君と同じだったじゃないか。君ならばーー』
青年が己の言葉に合わせて、手を翳すと地獄に落ちた者の枷が全て外された。
そして瞬時に地獄は静かになる。耳が痛くなる位に。
「……っ!?」
『君に頼んだよ。何度も頼まれちゃ嫌気位差してるかもしれないけどもね。だが君にしか出来ない。ペールアを止めておくれ』
青年は指先を女へ向け、そして其の輝きから女の姿を造り変える。
『ーーアムルア。君は今から■■■ではないが、思い出せば、■■■だ』
青年の其の言葉を最後に、■■■ーーアムルアの意識は遠退いていったーー
ーー其れからアムルアはツブ族の集落の付近で見付かり、拾われ、そして受け入れられた。アムルアは何もかもを忘れていたが、先のペールアの襲来で全てを一気に思い出した。
書き置きも、言葉も、何一つ残さなかったけれど……
アムルアの中で、エムオルや皆の事が僅かな心残りとして燻った。
「だけど、もう戻れないのです」
其の言葉の後、アムルアが見詰めた先に、白く巨大な塔が聳え立っていた。




