『Quod Memoria ーⅢー』
『………』
ニイスは、そんな彼女達の覇道、系譜を欲塗れのものだと呆れた。
彼女達が築き上げたモノを見ながら、常々思った感情が思い出される様に鮮やかに湧き出す。
はあ、と溜息を吐いた彼は他に何かは無いかと彼方此方を探し歩く。
(………。だけど、改めて見たら何処かに繋がっている場所がある。全ての答えは此の部屋にあると思っていたが……………………)
どうも其処だけは計算違いだったらしい。彼の目線の先に何処かへ繋がっているであろう抜け穴の様な通路が存在していた。
『もしかすると、此処を進んだ先の部屋にも何かあるのかもしれないかな』
ーー慎重に、気配を殺して実体も解く。亡霊の様に思念だけの姿になったニイスは、いとも容易く壁をすり抜けた。
(あ、此処だけはすり抜けても大丈夫だったみたいだ)
通り抜けてから気付いたが、構わず彼は小部屋の中を見回した。
…………辺りは殆ど物が無く、こじんまりとした卓と、誰も座らない椅子。
ーーそして。
複数枚のメモが落ちている。どれも埃を被り、薄汚れ、縒れているもの、僅かに破れているもの。
兎に角、ぞんざいに扱われてしまったからか、或いは荒れ果ててしまったからなのか、部分の掠れこそ見られなかったが、質は悪くなっていた様だった。
メモには必ず「汐屋」という名前が書き込まれ、そして"65403403"という数字が隣に書かれていた。
『………どれ…』
ニイスが1枚1枚拾い上げ、付着した埃を払ってメモに書かれた文字をぽつりと読み上げた。
『……"最近いいことが続きますね"』
『"二次創作と猫"』
『"病院 誕生日:2月21日"』
『"(聖女結婚しよ)"』
『"532位"』
『"家族増えたヾ(*´∀`*)ノ"』
……?
1枚1枚のメモには、脈絡のあまり感じられないものばかりだった。
共通するのは、汐屋という名前、隣に振られた番号。
只彼はーー
彼には、何の事なのか薄々把握していた。シーフォーン自身の事だ。…彼女は、己の病の事も家の事もよく何でも自らの言葉で発信していた。そう。例え目を付けられても可怪しくない程、
本当の恐ろしさすら知っている様でまるで分かっていなかった事も。
最初の内容と最後の内容はとあるゲーム内の彼女のマイページの一言、二次創作と猫は彼女が常用していたアカウントに記載されていたもの。病院は位置情報として書き込まれたもので、誕生日は同じくSNS上の設定に誕生日があるから。聖女結婚しよは大好きなジャンヌダルクへの愛欲の吐露を表し、彼女が出た当時流行っていたゲーム内での編成、532位はゲーム内でまだ人だった頃の彼女が勝ち取ったイベントの順位。
ーー昔見た彼女の筆跡と同じだった。だから此のメモを書いたのは彼女本人だろうと推測する。
(然し何の意図があって…?)
囲われたがりで、目立つのを好まなさそうに振る舞いながら目立ちたがりで其の言葉には大きな力があった彼女だが、只単に目立ちたくて書いた訳では無いだろう。
少しばかり不本意だったが、ニイスは其のメモを仕舞い込んだ。
ーーカサリと乾いた紙の音が、薄暗い部屋の中ではっきりと擦れ合った。
……あの部屋だけで終わりだと思っていた彼にとって、存外此の施設は広いらしくニイスはある意味驚いた。思わぬ所に別の部屋への道があったり、ダクトを伝って移動したり、まるで探索やアクションものにありそうな事ばかりだ、と思う。
きっとシーフォーンはちゃんとしたルートで此の施設内を移動していただろうし、先程の喧しくて巫山戯た防衛システムなんかにも引っ掛かる筈が無い。
然し随分厄介なものを残してくれたんだな、と彼はもう数えるのも止めた溜息を吐き出した。
ーーそして、ニイスがゆっくり顔を上げた先に、大きなモニターが起動された状態の儘である様子が映る。
『此れは…』ニイスはモニターの液晶に軽く触れ、そして其の下にある機械に気付く。
ーー何かの入力装置。まるで小さな少女の宝箱の様に、だけども陰鬱で汚れた紙資料と重々しい機械に囲まれた空間の中で一際目立っていた、其の静かな砂嵐。
『……………。』
ふむ、と考えて、鼻を少し鳴らして、彼は手当り次第にボタンを押した。ポチポチ押して押して押して押して。彼の指の動きに合わせ、モニターの映像も代わる代わる映し出されてゆく。
静かな砂嵐が一気に彩りを得てゆく。
日本地図。
派手な服装の婦人と、賑やかな街中。
八尾の猫。
青い山々。
ニイスは其の映像の意味をあっさりと理解した。
日本地図、派手な服装の婦人達で大阪。八尾の猫、猫は兎も角八尾で八尾。青い山々は青山の事。
ーー簡単な所在が浮かぶ。
『大阪八尾青山、どうして急に地名を出したんだろうか?』
考えはするが其の手は止まらない。彼はシーフォーンに結び付きそうなものならば尽く思い出しては入力し、時に拾ったメモや閲覧した資料を参考に、長く、だけど確実に、シーフォーンと云う"女"を引き摺り出してゆく。
どうしてーー
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして、一番の女神は自分の事ばかりを此処に残したのだろうか。頭の中でそんな事を考えながらニイスは手を止めない。
無数のロジックを合わせて開く大きな金庫の様だ。
手当り次第彼女に纏わるものの全てを明かして、そして真実を隠し通さず棄てられたモニターが、とうとう埃を被った真実を映し出す。
ーー花に囲まれて踊る童女。
ーーきゃははきゃはは、と無邪気に笑う声。
クレヨンの青い空の下で、甘い菓子の様な夢にくるりと回る無垢。
ーーわたしの、わたしのたからもの。
じゃんぬちゃん。
べるちゃん。
ようじょ。
ででんちゃん。
そしてそふぃあちゃん!
りりんちゃんもあんさんも、みんなみーんなだいすきだよ。
せんせいも、だいすき!!
わたしのだいすきなみんなと、だいすきなそんざい。
わたしは、わたしだけをみとめてあいしてくれるものだけにかこまれたい。
わたしは、わたしをきびしくするものをゆるさない。
わたしにあまくなきゃいや。
よのなかのぜんぶが、わたしにやさしくしなきゃいけないの。
しよは、わたしは、かわいがられるために、あいされるために、そしてみんなからあわれみをうけてかわいそうだねってだきしめられるためにこのよをいきているの。
わたしにたいしてそうしてくれないひとなんか、いらない。
わたしにあまぁいわたがしをくれないひとは、みんなしんじゃえ。
きえちゃえ。
わたしがやさしくされてあいされるのはとうぜんのけんりなの!
だから、わたしのおもいどおりにならないひとなんかきえて、のこされたひとたちもふこうになっちゃえ!!
わたしにとってあまぁいわたがしのようなせかいいがい、
わたしはみとめない。
ーー蝶の羽化の様に広がり、愛らしく甘い花が開く様に真実は童女の小さくて深い我儘と女の密やかな花弁から姿を表した。
『"Sophiae, Virginis ■■"…………』
幼子の理想を映した画面に食い入った、黒い青年がそう呟いた。




