『Fabularum est somnium debut』
ふわりと侵入して、一室。
『また随分と暗い施設だな』全景の暗さに思わず彼は目を細めた。
…如何いう訳か、明らかに此の部屋だけ損壊が見られる。一部の配線らしきモノは引き千切られている様な状態になっていたり、また建築物の一部も大きな傷が付けられていたり剥がされていたりしていた。
(何故だ?)彼が考えるものの答えなぞとっくの前に損なわれた儘だった。
もうシーフォーンは居ない。でも、彼女が残した遺恨の数々は何処かに残されているのかもしれない。
ペールアの様に、そして此の場所の様に。
『知るものか。僕達の遺恨すら、鼻で笑ったあの女など…』
ぼんやりと思い出して沸々と怒りが湧いたからなのか、ニイスはやや苛立ちを表して辺りを見回す。
不幸と死を喜んでその後もあらゆるものを嗤い倒して全ての努力を人格共々否定した奴など。
たけど結局向き合わず馬鹿にし、見下した行為をした彼女は自ら禍根を作って、原因となり、そして殺された。
当然だった。
理性の箍を失って欲望の塊に堕ちる以前より、本質的にはそんな存在だったのだ。
シーフォーン…■■■■という女は。
■■■■という、「誰よりも誇らしく人間らしかった」、化物。
『人間なだけマシなのかもしれないが、彼女の場合其れが破滅の元になったようなものか。人間になれなかった化物よりは良さそうでも、だが』
消え入りそうな声、はあ、と吐かれた溜息。
ーー無言の儘実体化を行い、コツコツと靴音だけが響く。
『どれ…』
千切れた配線から火花がプツプツと散るが、意にも介さず側に置かれていた紙資料を手に取った。
『……………………。』
ニイスは一通り目を通し終えた。特に大きな収穫は無かった様に思えたが、じっくりと目を凝らせば右下に「高」の文字、左上に『壱』の文字が隅の方に小さく書かれている。
『…?』他の紙資料にももう一度目を向けたが、其処には複数の言葉が小さく書かれている様だった。
『ん…?"village"?』ぴら、と手に取ったもう一つの紙資料にはそう書かれ、また左上には「弐」と書かれていた。
『………"にんべん"、"有"。……此れは、二つとも"参番目"という事なのかな』
右下に「にんべん」と書かれた資料と、「有」と書かれた資料。二枚組で一つという扱いらしい。
『そして此れは絵…"花"の絵だろうか。肆?四番目か』
数字の順に並べて、高。
village。
にんべん・有。
❀。
誰かの名前らしい。
…思い当たる人物は一人居る。■■■■の事だ。だが、もし暗号の様に書かれた此の名前だとするのなら、違う。■■■■。確かーー嵩町有夏という名前だった筈であったーー
高の漢字も違うし、村じゃなくて町だ。と、ニイスは怪訝な様子を混じえながら思考した。
…相変わらず遠くの方でひゃーーーーっほう!とご機嫌かつ喧しい警報が騒いでいるが、今の彼には其れをどうにかするべきか考える暇は無い。
弱い灯りを頼って壁伝いに別の部屋への入り口を探していた。
『………?』コンコン、と叩けば音が違う。酷く頑丈な其れはまるで何かを何者からも隠す様に存在していた。
実体化を解かずに敢えて進む。もう一度コンコンと叩いて、側のコンソールらしき物体を操作した。
『あ…?隠し扉を開く為にこんな面倒な事をしていたのか……いや普通そういうものか』
ーー非常に面倒な魔術様式めいたパス。複数の回路、女神の算式。
(うわ………数式……頭がグラグラするなあ…はは)
苦言を呈しつつも其の瞳は彼女の秘めたる蜜園を開いてゆく。ロジックがガタンと外れる感覚が其の身を伝った。今は死に絶えたシーフォーンの秘所が暴かれてゆこうとしていた。
ーー静かに、静かに開かれた彼女の秘密は、存外凄惨なものでも無く、彼女の気質にぴったりな程に丁寧だった。
(A型人間だな此れは)
なんて、あまり関連性の低い事をぼんやりと思いながらもニイスは更なる隠し部屋の中へ足を踏み入れた。
整えられた、小さな部屋。
シーフォーンが遺したもの、真実、彼女が女神になってから何を企んだ?
ーー其の答えが、此の部屋に遺されている。




