『Magnae mulieri sanitatem』
贋者のリンニレースの眉間に、罅が入るーー
「届いた!!」
攻撃の手が全く届かない状態だった復讐者の攻撃が遂に届いた。
リンニレースの眉間に罅が入り、僅かだが欠片が地に落ちる。
「復讐者さん!!」
丁度、レミエが復讐者の所へ駆け付けてきた。
「リンニレースは……あっ」
彼女の視界に贋者のリンニレースが入った時、リンニレースが震えながら眉間に触れまるで人形の様な不気味な表情を浮かべ狼狽えている姿が映った。
「復讐者さん…時間を稼いで下さって、有り難うございます」
レミエが復讐者の前に勇ましく立った。
「……お願いなんです。我儘は承知で、彼女は私にお任せ下さい」
レミエは決意を強く秘めた声で語る。
「貴方が自分より私達の無事を一番に望むのは分かっています。だからきっと不本意に思うでしょう。…もし不本意なら、距離を取ってどうか支援に徹して欲しいのです」
レミエの言葉に復讐者は少し戸惑いを見せたが、
「…………。分かった」
彼女の希望を否定する訳にもいかない、と全面肯定するに至った。
「ただ支援はさせてくれ。其れ以外は絶対にしないから」と、レミエの言葉を聞き彼女の意向を汲んだ上で自らも選択をした。
「う……………」
ふと、リンニレースが小さく呻いた。
「あ………ああ、うあ、あ、あ、あ」
其の呻き声は次第に大きくなっていき、軈て振動を起こし彼女の眉間の罅が広がってゆく。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!うぎゃああああああああああ!!!!!!!!!!!ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
狂った人形の様にカクカクと動きながら、不気味な叫び声を上げる。
悲鳴は自らの顔も剥がし、そして肉と錆、筋と溶けた鋼を溢す恐ろしい姿へ変貌する。
「ギャn2x4jd,るぉGgへaxmP8u5y3@ォガaさザn2wAoa6Xhン゛、」
ごぽごぽ、言葉にならない言葉を吐いて、溶けた鋼と錆びた血が口の他にも穴の空いた部分から零れ落ちる。
眼窩は黒く、口すら黒い。鋼と血だけじゃない。どろどろと黒い液体が溢れて溢れて、軈て地に錆びた血と溶けた鋼の混ざる黒い海を作った。
「ーーKwy26s6g@aAoWgk2xj6k44oooooooooooーーーーー!!!!!!!!!!」
耳を引き裂きそうな程に大きく高い金切り声を上げながら贋者のリンニレースが徐々に変貌してゆく。
同じ姿の天使達に支えられ、彼等を侍らしていた聖母の様な面影はもう無い。
言うならば外宇宙からの来訪者、異形の怪物の様に彼女の身体は変わり果て、変貌する。
バキバキゴリュゴキュ、と骨や関節が折れる音がリンニレースの身体から響き、そして彼女の身体は大きな触手を無数に生やした足に、手は皺に枯れ、顔は砕け、叫びは轟く強風。
「■■■1ns■■、aーーー、□□■、□□□□k156wna2n…………………………」
最早常人に届かぬ言葉、常軌を逸した全てのカタチ。
異形の姿へ変貌した彼女を前に、レミエは更に確信と決意を秘める。
(やっぱりそうでしたのね…)
轟々と叫びを上げ続ける目の前の異形を相手に、レミエは自らの姿を解いた。
「この異形を相手取るにはこの姿でも充分ですっ!!」
「…、レミエさん」
「私、気が付いたんですよ。先程触手を相手にした時にきっとこの敵ならこの姿で倒せるって」
にこりと微笑んでレミエは話した。
「ーーきっと、私の信仰する御方が私を導いて下さってるのかしら。私の中に居る神様も、力を貸して下さり続ける」
自信に満ちた表情で、レミエは前を見据えた。
「…復讐者さん、援護をお願いします。リンニレースの顔に狙撃を続けて欲しいんです」
そして彼女は、復讐者の耳元でぼそぼそと何かを告げた。
「…了解した」復讐者はレミエの言葉を受け入れて、異形のリンニレースの顔へ向けて狙撃を始めた。
「……………。」
彼は可能な限り正確に狙撃をする。
『ーー出来るだけ目を狙って下さい』
『あと、全体じゃなくて良いんです。でも、彼女の関心を引き付けて頂けませんか』
あの時レミエから耳打ちされた通りにーー
「ギャアァァッ」
異形のリンニレースは悲鳴を上げる。
「クォsmbKg@4wXカシ111x8wn5nゥKロッs5リナt」
「ピギィィィィィィイイイィィイィイィ」
「谿コ縺吶%繧阪☆險ア縺輔↑縺�f繝ォ縺輔リ繧、縺イ縺ゥ縺�う繧ソ繧、」
「ミズノミズノミズノミズノミznミズnミズノミmズノミズノミズノミズノミズノミズノミズノミズノミズノミズノmzn」
まるで複数の顔が、或いは多重の人格の様に彼女は様々な言葉の悲鳴を上げた。声ならぬ悲鳴、獣の叫び、馴染みがありそうで意味の判明しない言葉の連続。
修復を繰り返しては破壊される顔。修復の毎に僅かに見える人型の顔は目を飛び出させ焦点が合わない。
血の混じる大量の涙を溢れさせ彼女は顔を抑え身を捩る。
「ギィィィィィィィィィィィィ」
異形のリンニレースは崩壊しつつある顔の儘、只管唸りを上げている。
「其処だっ!!」
僅かに開いた指の間から、復讐者はリンニレースの両目を狙撃で穿った。
「ギャアァァァァァァァァァァァッイタイイタイいたいイたいイタイいタイシフォチャシーフォーンタイいタイ助ケテデンチャンイタイヨいタイよいたいイタイ」
異形のリンニレースは血の溢れる顔を、両目を抑えながら更に暴れ始める。
彼女は自分の目を撃ち抜いた復讐者へ向けて、触手の様に伸びる手を無差別に振り下ろす。
「くっ…そ!こいつの手……っ!!」
手の大きさと其の範囲の広さにやや苦戦するものの、復讐者は怪物の関心が此方に向いている事に光明と機会を得た。
(やった!!…怪物が復讐者さんだけに関心を向けている…!!)
怪物の動きをを窺いながら機会を探っていたレミエが異形のリンニレースに気付かれる前に空かさず其の足元ーー根の方へと駆け寄る。
(…………!)
レミエが一度上を見上げると、怪物の頭の上には燃え上がる赤い花が咲いていた。
(これまでのよりも大きい……)
そして彼女は、癒都白塔の炎の花が、怪物自身である事を確信した。
「癒都白塔…炎の花が見えなかったのは、そういう事だったんですね」
ーーレミエが天使に誘拐されていた時、本来ある筈の炎の花が見えていなかった。癒都白塔のみ炎の花が無い事に一度僅かに違和感を抱いたがあの時はそこ迄よく考えられるほど精神的に余裕は無かった。
今なら、在るべき何時もの自分に戻れた今なら、レミエはしっかり考えられる。
(この塔の炎の花の正体は贋者のリンニレース!!彼女を"枯らせば"、塔は崩壊する…!!)
然し猶予は少ない。
塔の崩壊よりも、囚われて被験される魂達の救いを優先するべきだ。
天使にされた人間達の魂を、肉体を、
死に伏せながら蘇らせられ死ねぬ人々、
全ての原因はペールアにあるものの、癒都を彼女の実験施設にさせ続ける訳にはいかなかった。
奇跡の聖女として生命の冒涜を許す事が出来る筈も無いのだから。
(……、やり遂げましょう)
ぐっ、とレミエは拳を握り締め、己の姿を何時もの姿へ戻す。
「リンニレース、癒しの都の炎の花。貴女を此処で終わらせるーー!!」
レミエは杖を異形のリンニレースの足へ強く刺し貫いたーー




