『Sub velo turpem ーⅡー』
「うああ゛あ゛……」
ギチギチミシギチミシミシッブチブチブチッ
(此の儘では…っ!!)
レミエが咄嗟に翻り二人の救出の為に駆け付けた。
「レミエさん」
「ユイルさんっ!!あの天使達をエインさんとオディム君と一緒に止めて下さいっ!!!!」
声を掛けてきたユイルに向かって彼女は叫ぶ。
「はい!行きましょう、エインさん、オディム」
レミエの意図を察してか、ユイルはエインとオディムと共にレミエが倒す予定であった天使達の掃討に向かってゆく。
(絶対に死なせたりなんか……!!)
レミエは精神統一をし手中に力を込める。
「お願いします…………桜刃掌!!」
掌に強く握った刃が桜の花弁の形を成し。
「やあぁっ!!!!!!」
突き刺す様に、力一杯拳を叩き込んだ。
グサリと触手らしきものに深く刺さり込んだ花弁の刃は、レミエの手が払われぬ様にしっかりと留まってくれている。
触手らしきものは刃の鋭さに痙攣し、ぶるぶると震えた。
(一か八か…………!!)レミエは其処で己の身体中を巡る力を一箇所に集中させて、そして一気に放つ。
「喰らいなさい!!!!」
触手に触れる彼女の掌と刃から、爆発的な力の奔流が生まれ、触手の様なものへ送り込まれる。
『ーー……………!』
触手の様なものは更にビクンビクンと捩ったり震えたりを繰り返しながら、レミエの力に抵抗し始める。ーー急激な力へ対する抵抗の為か、サフィーとエムオルを拘束していた力が緩んでゆく。
「まだ…まだっっ!!二人を…離して、えええ…………!!!!!」
レミエは更に力を込める。
レミエの込めた力によって、触手の様なものが少しずつ枯れてゆく様だった。
白い色が、くすんで腐食した色に変わってゆく。
ーーしゅるり、と二人を拘束していた部分が力無く解け、気を失った二人が落ちてくる。
(あ…っ……)レミエが其れに対してしまった!と言わんばかりの表情を浮かべていた時。
「サフィー!!」
「エムオルっ!!」
素早く二人の影がレミエの両隣に立ち、落ちてきたサフィーとエムオルを受け止めた。
ーー…ユイルとオディムだ。
更なる窮地に此の二人が気付き、エムオルとサフィーを受け止めるべく駆け付けたのだ。
ユイルがサフィーを、オディムがエムオルを、何とか無事に受け止められて、幸いにも此れ以上の損傷は見られずに済んだ。
「良かった……二人共、大丈夫でしょうか」
ほっと胸を撫で下ろすも、明らかに傷付いている二人の存在にレミエは心配そうに見詰めた。
「引き千切られ掛けていましたからね…見えませんが、身体の中が心配です」
「!!じゃあ、私が……」
レミエが手を出そうとした時、ユイルがさっとレミエを止めた。
「ユイルさん…!」
「駄目です、レミエさん。貴女は此処で力を使い込んじゃ、いけないです」
ユイルは少し強く彼女に言う。
「貴女が私にお話した通りなら、尚更力の行使は避けて欲しいです。此処で無闇に力を使う事は、きっと此の二人も望んじゃいないでしょう」
「でも…!!」
「……貴女が、奇跡の聖女という立場を持つだけあって、傷付いた者を助けたいと願う気持ちは私にも充分…分かっております。でも戦って下さい。二人を助ける為に力を行使すれば、今度は復讐者さんが苦しむ事になる」
ユイルに言われた言葉で、レミエははっとする。
(そうでした…私、私ったら)
其の場の選択を取りそうになって、後に響く事は避けたい。
二人を助ける為に力を行使し、復讐者が此処で苦しめば塔の攻略に失敗しかねない。
「それに、レミエさんだけじゃないでしょ?"傷付いた人を助けられる存在"は…」
ユイルはにっこりとそう言うと、傍で寝かせているサフィーとエムオルの胸にそっと手を当てた。
其の途端、ユイルの手から暖かく柔らかな緑光が溢れ、次の瞬間には強く輝いた。
「集気功!!」
ユイル自信の持つ"気"が、傷付いた二人の身体を癒す。
「其れは…!!」
「…思い出しました?貴女が怪我をしてしまった時に一度だけでしたがーー」
穏やかに微笑むユイルの心の様に、なだらかな緑の色。
レミエはユイルの其の力を嘗て一度だけ目にした事があった。自分が不注意に怪我をしてしまった時、彼女が其れを治してくれた事がある。
ーー"気の力を操作する事で、自分を強くする事も誰かを癒やす事も出来ます"と、当時のユイルが語ってくれた事をレミエははっきりと覚えていた。
「思い…出した、と言うよりは……また、見れるなんて、と」
「ありゃ、覚えていたんですか?其れはちょっと心恥ずかしいと言うか…」
少し照れ臭そうに振る舞うが、彼女はレミエの顔を見て、
「だから、大丈夫。私に任せて下さい。レミエさん、貴女は復讐者さんを助けてあげて」
彼女の眼に強い信頼の情が宿っていた。
「…!!」
ユイルに背中を押されて、レミエは振り向き直って、走る。
「有り難うございます、貴女にーーお任せします」
少しでも早く決着を、レミエは持てる力の全てを出し切る為に援助へ向かう。
ーー時を同じくして、復讐者と贋者のリンニレース。
侍らせていた天使達がエインやレミエ達を相手にしていた事で、彼女自身を守る盾は存在していなかった。
此れこそ好機と見做し、復讐者は追撃を怠らない。
…然し状態は未だにリンニレースの方が優位であり、例え天使という盾が存在していなくても彼女は立ち回った。まるで超常に守られた聖母の様に穏やかな微笑みを湛えた儘、復讐者の攻撃を寄せ付けない。
「くそ…………」
まるで見えない壁や強風に煽られ、押し戻されたり跳ね飛ばされている様な感覚。
「…………………………。」
贋者のリンニレースがくすり、と小さく笑った気がした。
(どうすれば届くんだ…)復讐者が体勢を立て直す為の思考を脳裏に張り巡らせていると、一瞬だけリンニレースがビクンッと痙攣した。
(?)
彼が其の様子を見逃さず見詰めると、無表情の儘リンニレースがビクンと痙攣をし小刻みに震えている姿が視界に映る。
そして、後ろの方が少しだけ騒がしい。
「…………」チラ、と一度背後の方へ視線を送ると後方を複数の大きな触手の様なものがビクンビクンッと痙攣しながら徐々に枯れてゆくのが見え、盾だった天使達の屍が其処彼処に転がっている事に気付く。
ーー触手の痙攣と、リンニレースの痙攣。
妙に連動していそうな気がして、復讐者の思考が明瞭化するよりも早く、彼自身の本能が身体を動かした。
「リンニレェェェェェェェェスっ!!!!!」
精一杯敵の名を叫び、黒い剣先を突き立て、
リンニレースの眉間に突き刺した。
「…………………………!!」
ピキリ、と剣を突き刺されたリンニレースの眉間に罅が入る。




