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2話 お婆さんとの出会い


「突然死んだとか、ゲームの世界だとか言われてもな…」


 中世のような町並みを重い足取りで歩く。

 最初ゲームのような世界だと感じたが、本当にゲームの世界に来てしまったらしい。

 自分が死んでしまったことに対する実感は全くなかった。

 ただ、確かに地球という惑星の中の極東の島国にある日本で生まれ育ったという記憶は存在していた。


 名前は綾峰司。

 年齢は17歳で、都内の公立高校に通っていた高校二年生である。

 家族構成は両親に妹一人で4人家族。

 貧しくもないが金持ちでもない、どこにでもある絵に描いたような一般的な家庭だったと思う。

 趣味や特技は特になく、きわめて平凡な高校生だったといえるだろう。

 ただ、どちらかというとインドア派であり、ゲームやラノベが趣味と言えば趣味なのかもしれない。

 外で遊ぶより家に居た方が落ち着くという性格だったのが、そういう生活をすることになる原因だったのだと思う。

 不満はなかったが満足もなかった代わり映えのない生活。

 何か刺激がほしいと思う事も何度かあったが、ここまで劇的な変化は望んでいなかった。

 週末には妹につきあってショッピングをする約束をしていたのだが、こうなってしまっては果たす術は存在しないだろう。


「そういえば妹もこっちに来てるんだろうか…?」


 幼い頃から何かと面倒を見てきた妹のことを思いだした。

 物心ついた頃からチョコチョコと俺の後ろをついてきた妹、名前は綾峰遥。

 遥は俺に似てあまり主張のない性格をしており、何をするにも俺の真似をしていたように思う。

 同じような習いごとをして、同じような行動をとっていた妹。

 だが、どんな事をさせても俺より上手くこなしていた。

 俺という兄がボーダーとでも思っていたのかは知らないが、俺より上手くこなせていれば遥にとっては物事はそれでよく、あまり周囲との差を気にしない性格でもあった。

 逆に俺より上手くこなせなかった場合はムキになって俺より上手くなろうとした。

 なんというか悪気があるのではなく、俺より上に立とうとかそういう意味ではなかったと思う。

 ただ出来る出来ないが俺という存在を基準に考えているようで、俺より下手であった場合、それは出来ていないのだと考えてしまうようだ。

 多分アイツのなかでは上手い下手という概念が俺より上か下かの判断だったんだろう。

 俺を超してしまえばそれ以上に上手くなろうとする気がないらしく、俺が習い事をやめてしまうとアイツも興味をなくしてしまいやめてしまう。

 そんな妹なので、母は俺に対して遥が真似をするからという理由で俺に何かをさせて、遥にも行動をさせるということが常だった。

 俺がやれば勝手にアイツはやり始める。

 勉強でも俺が良い点を取れば、アイツは勝手に俺より良い点をとる。

 このシステムは母親にとって、妹の子育てを非常に楽にさせていたのではないだろうか。

 その分俺は、やればご褒美を妹の分込みで奮発してくれていたので不満はなかったんだけどな。

 

「遥がもし来ているなら探すべきか? いや、アイツのことだからいつの間にか当たり前のような顔をして側にいるような気がするし。ま、放っておいてもいいかもな」

 

 妹の事は嫌いではない。

 というか妹と言うより友達扱いだったのかもしれない。

 なにせ男の俺が出来ることを、アイツは平然と俺より上手くこなすのだ。

 足の速さだって俺より速かった。

 そう言うと俺が遅く感じるが、俺は男子の中では上の下程度で、妹は女子の中ではぶっちぎりに足が速く、運動も出来た。

 男女の性差なんてなんのその。

 男友達と遊ぶときでも足手まといどころか主戦力だったしな。

 という理由もあり、俺のやってることはアイツもやってるので話も合うし、気もあっていたのだ。

 だから妹と言うより友達に近い。

 当然、男友達である。

 ゲームも俺より上手かったし、同じ家に対戦相手や協力プレイ相手がいるということになるので便利だった。

 遥は確かに主張性のない性格だったが、俺と何かをすることをめんどくさがらないし嫌がらない。

 なので言葉は悪いが便利だったのだ。

 アイツも俺をボーダーみたくしてたし、どっちもどっちだったのだと思いたい。

 そんな変わった妹のことを考えながら歩いていると、


「ううぅ……!」


 道端でしゃがみ込み苦しそうな声を上げるお婆さんがいた。

 足を押さえてしゃがみ込んでいる所を見ると、捻挫でもしたのだろうか。


「あの、大丈夫ですか?」

「ん…? ああ、ちょいとそこで躓いてしまっての」

「歩けますか?」

「あ~、休み休みならなんとかなりそうじゃ。とはいえ家まではちょっと時間がかかりそうじゃがの」

「家、ですか」

「ふむ、そのさきにある一軒家じゃ」


 そう言って指を指して方向を示す。

 家があると言うことは神様がいっていたNPCなのだろう。

 本当に人間と変わらないんだな。

 妙な関心を覚えてしまう。

 そんなことを思っていると、


「ま、ババアは気が長いんじゃ。ゆっくり歩けば問題ないわい」


 そう言ってひょこひょこと片足を引きずり歩いてみせるお婆さんは妙に痛々しい。

 そのまま見過ごすのも気分が悪いだろう。


「あの、よかったら家まで送りますけど」

「……いいのかい?」

「はい。どうせやることもないし」


 気を遣ったのではなく、本当にそうなのである。


「ほお、ではお願いしようかの」

「じゃあ肩に手を置いてゆっくり行きますよ」

「すまんのう」


 ひょこひょこと歩くお婆さんを支えながら、道を歩くこと十分くらい。

 案外近い場所に家があったのか、お婆さんの家はすぐに着いた。

 玄関の前まで送った後、そのまま立ち去ろうとしたが、家に上がって行けというお婆さんの言葉に、まあいいかとその言葉に甘えて家にお邪魔することにした。


「いや~助かったわい。歳をとると、どうも鈍くさくなってのう」

「見たところ大きな怪我じゃなさそうだし、よかったですね」

「ああ、そうじゃのう。歳をとると怪我の治りが遅くていかん。気をつけてはいたんじゃがのう」

「まあ事故は誰にでもありますから」


 テーブルの席に座り向かい合って喋っている俺とお婆さん。

 飲み物も出してくれて一服中である。


「ご家族はいないんですか?」

「数年前に爺さんが逝ったばかりじゃ。あの宿六、ワシより先には死なんと言っておったのにぽっくりと逝きおったわ」

「それは…」


 なんとも言いづらい雰囲気である。


「まあ息子が一人、孫もおるでの。寂しくはないわい」

「ほっ……そうなんですね、よかった」

「うむ。そういえばおぬしは…ええと」

「あ、司といいます」

「ほうほう、ツカサとな。で、そのツカサはなにしておったのじゃ? ワシに構っても平気だったのかい?」

「あ、その…まあ平気と言えば平気なんですが…」

「なんじゃ、なんかわけがありそうじゃのう」

「いやぁ……」


 ついさっき、神様に殺されてこの世界に来たんです、行く当てもありません、とも言いづらい。

 というかNPCってこの世界ではどういう立ち位置なんだろうか?

 神様が造ったとは言っていたが、別に普通の人間と変わりがないように見える。

 感情がないわけでもないし、同じ台詞を繰り返すわけでもない。

 さてどう説明したものか、と悩んでいたのだが、


「そうか、おぬし<プレイヤー>なのじゃな」

「え?」

「わしらNPCとは違ってステータスを持つ人間の事じゃ。そうか、おぬしがのう……」

「あの……」

「よいよい。わしらは全部事情を知っておるでの。神様に造られた存在であることも、おぬしらが塔を攻略せねばならんこともな」

「それは……」


 お婆さんの言葉に息をのむ。

 どうやら本当に事情を察しているらしかった。



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