二章「狡いよ」
あれから二、三日が過ぎた。
爽とは何事も無かったように親友のままでいる。幸いなことに、爽も夏葵に対して普段と何も変わらない様子で接してきた。
夏葵はつくづく爽をいいやつだと思った。
けれど二人きりの今、爽は一言も喋らない。
沈黙に耐えかねた夏葵は口を開き、
「あーこの前の、さ…本当に何でもねぇから」
と言い、更に「心配すんな」と慌てて付け加えた。
夏葵は自分の声が緊張のせいで震えていることに気が付いた。
爽は「そうか」と言い、それから少し怒った口調で、
「あまり心配させるなよ」と言ったが、その表情にはどこか安堵の色が浮かんでいた。
その表情に夏葵の緊張が解れる。
爽は更に言葉を続けていく。
「東京に行くんだろ。こんな田舎街から出られて良かったじゃん。あっ、たまにはこっちにも電話しろよ」
爽からの言葉が夏葵の心に降り積もる。
爽から離れたい気持ちと離れ難い気持ちが綯交ぜになり、夏葵は自分がどうしたいのか分からなくなった。
『こんな考え、矛盾してる』
そう思わずにはいられない。
情けない自分に対して苛立ちすら湧いてくる。
すると爽が突然、
「まぁでも、お前と見るこの景色ももう見納めかって思うとなんか寂しいな」と呟いた。
その一言に夏葵は「大袈裟だな」と笑った。
『お前は狡いよ。どこまでもまっすぐで、俺がお前にどんなに焦がれているかも知らないで平気でそういう事を言うんだからな』
夏葵は爽を恨めしく思った。
しかし夏葵は爽のその素直さに惹かれていたため、
『狡いのは俺の方か』と自嘲の笑みを浮かべた。
『本当に狡い。俺はお前にこんな感情を抱いているのに、お前は何も知らずにまだ俺を親友として見てくれるんだな』
夏葵が下を向いていると不意に爽の手が伸びてきて、夏葵の頭を撫でた。
夏葵は突然のことに驚いて、思わず伸ばされた手を振り払い爽を睨みつける。
夏葵はハッと我に返り、同時に激しい自己嫌悪に襲われた。
爽は驚いた様子でこちらを凝視している。
「悪い」
すぐに謝ろうとしたが夏葵が謝るより先に爽が謝ってきたため、ますます気まずい雰囲気になった。
『何か言わなければ』 「あき…」
言いかけた夏葵の言葉を遮るように急に爽が立ち上がった。
爽に怒られることが分かりきっていた夏葵はそのまま爽の目をまっすぐに見つめた。
爽は再び夏葵に向かって手を伸ばしてくる。
夏葵は爽の意図が分からず、思わず目を伏せた。
爽が夏葵の髪に触れ、優しく撫でる。
「ごめんな」
爽から返ってきた言葉は思いもよらないものだった。
夏葵の心臓が大きく脈を打つ。
爽はそのまま静かに夏葵から立ち去ろうとする。
夏葵からどんどん遠ざかっていく爽をひき止めようにも動悸がおさまらず、夏葵は暫くその場を動けずにいた。




