一章「夏空」
あの日、夏空に浮かぶ入道雲を二人、眺めていた。
夏休みももう終わりだというのに日差しは変わらず眩しくて、夏葵は思わず目を細めた。
隣に座る爽も夏葵と同じ様に目を細めながら静かに空を眺めていた。
青い水平線はどこまでも続き、頬を撫でる潮風が心地よい。
『この景色ももう見納めか』
夏葵は心の中で呟き、それから静かに口を開いた。
「俺、高校を卒業したらこの街をでるよ。東京に行くんだ」
そう告げた夏葵の言葉を潮騒の音がさらっていく。
爽は夏葵の方では無くただ空を眺めながら、
「そうか。向こうに行っても頑張れよ」とだけ言った。
日差しが眩しいせいで夏葵からは爽の表情を窺うことができない。
夏葵は自分の胸がズキリと痛むのを感じた。
爽は夏葵の親友だ。
中学一年の時に同じクラスになり、高校三年の今日までずっと親友として付き合っている。
喧嘩もするが、それでも爽と一緒にいることに居心地の良さを感じていた。
けれど夏葵はいつしか爽に対して友情とはちがう感情を抱いていた。
『いつから?』
『いつから俺はこいつをそういう目で見てた?』
いくつもの問いが夏葵の脳裏を掠め、心をかき乱す。
気がつくと目で爽の姿を追っていたこと。
夕陽に照らされて透ける栗色の髪が美しかったこと。
触れた手から伝う体温があたたかかったこと。
そのことが夏葵に爽へ向ける感情の意味を徐々に自覚させていった。
同時に、『もう親友のままではいられない』という思いに駆られた。
爽に抱く邪な感情は次第に夏葵の心を罪悪感で満たしていく。
大学を東京に決めたのは爽から逃れるためでもあった。
今はただ、自分の感情から逃れたかった。
『今離れれば、この想いを押し殺してしまえば、爽とは親友のままでいられる』そう思った。
急に泣き出したい衝動に駆られ、「俺、もう帰るわ」
そう言いかけ、慌てて立ち上がった夏葵を爽は驚いた様子で見つめていた。
夏葵はその時初めて自分が泣いている事に気が付いた。
涙は静かに夏葵の頬を伝い、乾いた砂浜に染みをつくる。
「夏葵?」
爽は心配そうに問いかけてくる。
その瞬間、押し留めていた涙が堰を切ったようにとめどなく溢れ出した。
『まずい』そう思うより先に身体が動いていた。
「夏葵!」
夏葵は夏葵を必死で呼び止めようとする爽を置いて、一人駆け出していた。




