十一章「終わりの始まり」
「あれからもう5年か」
夏葵はソファに座りながらあの時の爽の言葉を思い出す。
「お前はいつになったら俺を迎えに来てくれるんだ?」
夏葵はそう呟き苦笑した。
「ガキの頃の約束なんてあいつはもう覚えてないだろうな」
夏葵は大学を卒業して保育士になった。
子供の相手が苦手だったはずがいつしか子供の成長に携わり、見守りたいと思うようになっていた。
『人生何があるかわかんねぇな』
夏葵はしみじみ思った。
『そういや葉月はどうしてっかな…もう10歳くらいか?』
夏葵は大きく息を吐く。
爽とは時々連絡を取り合ってはいるがお互いに忙しいのでやり取りはいつもメールだ。
「元気?」だの「そっちはどう?」だのといった他愛ないものだったが夏葵は爽と繋がっていることが何よりも嬉しかった。
今日は休日なのでたまには羽根を伸ばそうと家を出た。
大通りを通るとあちらこちらで桜が舞っていたので夏葵は春の訪れを一人、感じていた。
しかしその目はいるはずのない爽を探していた。
『俺はお前を好きになったあの時のままだよ』
風が強く吹き桜吹雪に思わず目を瞑った瞬間。
「夏葵」
後ろから懐かしい声がした。
あの日から何度も待ち焦がれていた優しい声に目頭が熱くなる。
嬉しいはずなのに何故だかとても苦しくて、直ぐに振り向けずににいたが、振り返る間も無く夏葵は大きな手で背中を強く抱きしめられていた。
「遅くなってごめん。迎えに来た」
爽が申し訳なさそうに言った。
「遅いよ馬鹿…迎えに来てくれてありがとう」
その時爽の目から大粒の涙が溢れ出した。
夏葵はギョッとして「迎えに来た本人が泣いてどうすんだよ、普通は逆だろっ」
と呆れたが不覚にも爽につられて泣きそうになった。
夏葵は「おかえり、爽」
と言って爽の頭を優しく撫でた。
爽は一瞬キョトンとしたがすぐに「ただいま、夏葵」
と笑って同じように夏葵の頭を撫でた。
そのまま手をつなぐ。
夏葵は爽の手を強く握りしめた。
爽も同じように手を握り返す。
夏葵は静かに瞼を閉じた。
つないだ手から伝う体温が二人を結ぶ。
『俺はお前に恋してた…でも今度は」
爽が夏葵に笑いかける。
『お前と二人で恋していく』
満開の桜が二人の新たな始まりを見送っていた。




