九章「重なる想い」
海岸に着くと夏葵の後ろ姿が見えた。
時計を見るとまだ3時30分で、
『いつも待ち合わせギリギリに来る夏葵が今日は珍しいな』と疑問に思いながらも爽は夏葵のすぐ隣に腰を下ろした。
「珍しいな。お前が時間より早く来るなんて」
そう言うと夏葵は「うるせぇ、良いだろたまには…」
と反論していたがその声はどこか頼りなかった。
爽は「そうか」と夏葵の方を見て、
「次待ち合わせする時もこのくらいに来いよ」
と言って笑った。
『次なんてあるのかな』
爽は内心そんなことを思った。
夏葵は「分かってるよ」と口早に言って、その後すぐに
「いつもごめん」と小さな声で爽に謝った。
『夏葵は本当、どこまでもまっすぐで…歯止めの効かない自分が嫌になる』
『素直な夏葵が眩しい』
『そんな夏葵に俺は親友以上の気持ちを抱いた』
『触れてしまえば、求めてしまえば夏葵は…きっと離れていく』
それでも夏葵に伝えなければ。
たとえ後悔しても夏葵には本当の自分を知ってほしかった。
爽は思い切って口を開いた。
「好きなんだ。夏葵のことが」
夏葵は大きく目を見開いたがすぐに爽から目を逸らす。
『そうだよな』
爽は肩を落とした。
『夏葵にとって俺はただの親友でしかない』
『それも男で』
『拒絶されるのは当然…』
その瞬間、夏葵は爽の手を掴み頬に唇を落とした。
瞬きもしないうちに夏葵の唇が爽の頬から離れていく。
『今のは?』
そう思うより先に夏葵の唇が微かに動いた。
「爽…ごめん。俺のお前に対する好きは親友としてじゃないんだ」
「いつも爽をみてた」
夏葵は爽の目をまっすぐな眼差しで見つめてくる。
その目を見て思い出した。
『あの時と同じ目』
怒ったような泣きそうな酷く哀しげな目。
『もしかして夏葵はずっと俺のこと…』
考える前に爽は夏葵の身体を強く抱きしめていた。
二人の影が静かに重なり合う。
「どうして…」
夏葵の微かに震える声が聞こえる。
爽はゆっくりと身体を離してもう一度夏葵に向かい合う。
『今度は俺が夏葵に伝える番だ』
爽は静かに口を開く。
「 」
海風が爽の言葉をさらう。
夏葵は目に涙を溜めながら強く爽の身体を抱きしめた。
夏葵の体温と鼓動が抱きしめられた身体を通して伝わってくる。
爽は夏葵の背に手を回し耳元で
「夏葵が好きなんだ…どうしようもなく」
と情けない声で囁いた。
夏葵は初めて聞く爽の声に思わず笑みをこぼした。
「爽が好き」「他の誰よりもお前がいい」
夏葵はそう言いながら爽を強く抱きしめ返した。
海風が優しく二人を包む。
夕日は二人を照らし、砂浜にもう一度重なった二つの影を映した。




