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僕は幽霊、幸せ者さ

作者: おかよ
掲載日:2017/10/03

畳んだビニール傘を携えて、ひと月ぶりに君がやってきた。

先月とは打って変わって、今日は薄手のカーディガンを羽織っているんだね。

木々の緑に溶けてしまいそうなほどの、落ち着いたグリーン色。

君はしゃがみ込んで傘を地面に置いて、僕の墓石に手を合わせる。

墓石越しに、そんな君を覗く。

「……ついこないだまでの暑さが、嘘みたいだね」

君は一つ身震いをして、その世界にはいない僕に話しかける。

僕は、そうだね、なんて応えつつ、タンクトップと短パンを身にまとう自分の身体を見る。漫画の巻数が乱れているかのような、バラバラの時刻を指す時計がずらりと並んでいる時計屋のような、そんなちぐはぐなアンバランスさを笑った。

「《あの日》が、今日みたいな気温なら、川遊びになんて誘わなかったのになあ」

おいおい、そいつは無茶なお願いだよ。僕は苦笑した。

だって《あの日》は、抗う余地なく完膚なきまでに、八月らしい八月だったんだから。

「……駄目だね。ずっと後悔してちゃ。もしキミが今の私を見たら、笑っちゃうよね」

そうだね、笑っちゃうよ。

僕は今、後世を謳歌しているんだ。栄養を取る必要も眠る必要もなく、ずーっと遊んでいられる身体なんだからさ。

ほら、見てよ。幽体ってのはこうやって、自由に飛び回れるんだ。気付いてないだろうけど、君の周りを浮遊して「守護霊ごっこだ!」って遊ぶこともあるぐらいだよ。

僕だってそんな風に笑っていられるんだから、君もいつまでも湿った顔してちゃいけないよね。

「キミってば、大人びてたからなあ。ガキのくせに。今の私にしたって、当時のキミより大人になれてる気がしないよ」

うんうん。見た目だけは魅力的な歳の重ね方をしているくせにね。

君のほっぺを感触なくつついて笑うと、君は急に訝る顔になった。

「……なんか今、私を馬鹿にするキミの顔が浮かんだ」

おっと、相変わらず君は変なところが鋭いんだなあ。

女心ってやつだけは昔からどうも分からないよ。

「それはともかく、今日は話があって来たんだ」

ほほう、それはどんなことかなあ。

愛の告白だったりするのだろうか。

僕は墓石の上で正座をした。足のしびれも感じないから、いくらでもお話を聞いてあげられるよ。だからいくらでも、愛の言葉を囁いておくれ。

「私、付き合ってる人がいるんだけどね」

……うん。まあ、知ってたけどね。

結構な頻度で守護霊ごっこやってたし。

「プロポーズされたんだ」

君はお腹を軽く撫でながらそう言った。

それならもっと、嬉しそうな顔すれば良いのに。

なんでそんな、今の空模様みたいな顔してるんだ。

「私、幸せになっても、いいのかなあ」

おいおい。

そんなこと、僕に聞く必要なんかないだろう。

「君を残して、自分だけ進んでも、いいのかなあ」

俯く君に、雨粒が落ちる。

目に浮かぶ水滴が雨だって君の言い訳は、今なら通用させてあげるよ。

僕は墓石から降りて、君の前に立つ。そして、僕とは違って大きくなったその背中に手を回す。君の顔が僕の薄い胸板に埋まる形になった。

僕は幽体だから、高鳴った心音が君まで届く心配はしなくてよさそうだ。

心音と同様、届くことのない声で、僕は君の耳元で呟いた。


君は君の__思う通りにしていいんだよ。


何やら驚いた様子で顔を上げた君の右頬に、バレないのをいいことに口づけしてみた。

「……!」

君がこちらの世界へ導かれた数十年後にでも、このセクハラまがいを教えてやるとしよう。

君は右頬を触れながら、不思議そうに辺りを見回した。あちらとこちらは干渉し合わないはずなのに、偶然ってのは恐ろしい。

「……?」

僕は君の足枷にはなりたくないんだよ。

いつまでも、君を苦しめていたくない。

まあ、そのすらっとした足の枷役になるってのは、それはそれで魅力的な役回りではあるけどね。

「そろそろ…… 行くね。天気も崩れてきちゃった」

君の言葉を受けて、僕は両腕をほどいた。もうすぐ、雨も本降りになることだろう。

届くはずのない体温よりも、君にはもっと温かい場所がある。

傘をさして立ち上がった君は少し歩みを進めた後、振り向きざまに言った。

その世界にはいない、僕に向かって。


「……キミの分まで、幸せになるよ」


それはとても、嬉しい宣言だ。

こっちまで笑顔になってくるよ。

でもその言葉には、一つ語弊がある。

その言い方だと、まるで僕が__幸せじゃないみたいじゃないか。

そんなはずがないだろう。

僕のために、君は何度も足を運んでくれるんだよ?

こんな天気の日にだって。

傘に覆われた、小さくなっていく君の背中に向かって、僕は言った。


「僕は幽霊」


墓石の上で立ち上がる。

高くなった君の身長を追い抜かした。


「大好きな女の子にずっとずっと想っていてもらえる、世界で一番の幸せ者さ」


勢いを増した雨足が、届かぬ言葉を掻き消した。

墓石の上に腰掛けて、去り行く君を見届ける。


また一つ、君と歳が離れる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今生きてる者と、亡くなってしまった者との伝わらない会話が悲しくもよく出来てたと感じました。これからもあの少女には強く生きて欲しいですね。 [気になる点] 短編という都合もあるかもしれません…
[一言] 切ない話ですがどちらも幸せになりそうな結末です。さらに年月が経ち再会したときの会話が楽しみですね(^∇^)
[良い点] 綺麗な筆致と切ない内容、短いながらに濃厚な内容でした。 「僕」と「彼女」の交わることのない会話と関係性がすっと想像できる簡潔な文で、それが余計に切なくなりました。 亡くなった大切な人がも…
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