1話目 お嬢様、たいへんでーす
登場人物
見目 麗香 金持ちのお嬢様 イケメン好き 28歳
冴内 良一 イケメン 料理プロ級 25歳
見目 権太郎 見目不動産の会長 頑固一徹 90歳 (省略形 権)
葵 玉三郎 権太郎の秘書 麗香の世話役 60歳 (省略形 玉)
6月の夕方、窓辺から声が聞こえる。
良一「はい、あーん」
麗香「うーん。やっぱり揚げたてはおいしい」
良一「ですよね。あんかけおいしいでしょ」
麗香「ほんと、あんたの料理最高よ」
玉 「お嬢様―、たいへん、たいへんでーす」
麗香「玉三郎、どうかしたの」
玉 「か、会長が良一様に気づかれました」
麗香「えー、もう」
会長とは麗香の祖父、見目権太郎のこと。玉三郎はその祖父の第一秘書。お嬢様とはもちろん見目麗香。良一は麗香の今の彼氏。
麗香「ど、どうしよう」
玉 「会長が激怒され、お嬢様はこのマンションから強制退去」
麗香「うそー、どこへ」
玉 「アゼリアです」
麗香「えー、あの築二十年の木造アパート」
玉 「はい、あそこでございます」
麗香「玉ちゃん、何とかなるわよね。なんとかしてよ」
玉 「今度ばかりは・・・。お嬢様が良一様
を諦めるのなら、ひょっとして道は開けるかもしれません」
麗香「何言ってるの。良一を手放すなんて、私にはできない」
良一「麗香さん、僕だって・・・」
玉 「あのーお嬢様、ちなみにカードは本日から使えません。短気な会長がそく、解約されました。それからお小遣いの振り込みもこの先、びた一文もございませんから」
麗香「玉、あんたそんな薄情な事、よく今言えるわね」
玉 「厳しい現実でございます。どうかご認識を」
月のお小遣いは百万円。買い物はカードで使い放題。これがほんとになくなるのだ。あとで聞いた話だと、この時もうすでに、玉三郎は減給の処罰を受けていた。会長への報告義務を怠った罪で、権じいの怒りをかったのだ。そんなこと一言も玉は言わなかったけど・・・。
玉 「なお、お引越しはあさってに決まっております」
麗香「え、あさって」
玉 「リッチ引越社で」
麗香「あの金持ちだけの御用達に」
玉 「はい。お皿1枚から高級肌着まで、丁寧、迅速な会社です。お嬢様は何もされなくても大丈夫でございます」
麗香「当然でしょ。私追い出されるのよ」
玉 「それからお嬢様。こんな状況で申し上げるのもなんですが」
麗香「何」
玉 「お嬢様はあのアゼリアの管理人に就任されました」
麗香「はあーアゼリアの管理人。この私を働かせるわけ。権太郎め」
玉 「なんと管理人手当てが月十万円も受け取れます」
麗香「たったの十万円。倒れそうよ」
良一「麗香さん、人間我慢が大切です」
麗香「ど、どちらにしても、もうどうにもならないわ。爺さん、激怒だもの。とりあえずあのぼろアパートへ・・・」
玉 「お嬢様、申し上げますが、あの物件は昨年リニューアルされて、耐震も強化されておりますのでご安心を」
見目麗香、二八歳。超お金持ち、見目家のお嬢様。大学は出たけれど、もちろん就職なんてしていない。男はこれで三人目。みんな超イケメン。麗香のイケメン好きは誰にも止められない。彼氏は冴内良一二十五歳、もちろんイケメンにきまってる。
麗香「良一は、やっと見つけた男よ。簡単にこの私が諦めると思うの、権太郎。えーい、もー仕方ないわ。行くわよ、築二十年」
一週間後・・・。
麗香「あー、ふー、あの超豪華マンションに比べたら・・・」
良一「そんなに嘆かないでください。二部屋もいただけたので、広さは十分かと。改修もされていてとてもきれいです」
麗香「それでも、間違いなく格落ち。きれいなこの私が住むお家じゃない」
良一「麗香さん、大丈夫ですよ。そのうちお爺様のお許しもいただけますから」
麗香「良一ってとことんポジティブね」
ポジティブで明るくて、性格もよし。こんな男はこの世でもなかなか見当たらないはず。おまけにイケメとくればうますぎる話に違いない。
良一「では管理人室に出向き仕事しまーす」
麗香「良ちゃん、頑張って」
管理人の仕事はもちろん麗香じゃなくて、良一のお勤め。 管理人の仕事もたいへん。それぞれのゴミ出し。生ごみ、プラ、燃えないゴミ、ペットボトル・・・。あーゴミだらけ。マンション内の清掃、電球の交換、住民からの苦情処理。もーもー、あほらしくて十万円なんかじゃとてもやってられないと麗香は思う。
麗香「第一、こんなはした金じゃ、これまでの生活が維持できないわ」
良一「麗香さん、そこをもう少し我慢して下さい」
麗香「洋服だってもう買えない」
良一「すでに衣装ルームは満杯です。この際、着ない洋服をネットで処分されたらどうでしょうか。何を着られても麗香さんはお美しいです」
麗香「美しいのはほんと。でも、あー私に降りかかったこの不幸をどうしたらいいの」
良一「我慢の一言」
麗香「それしか言えないの。役立たず」
良一「あのー」
麗香「何よー」
良一「この僕に投資していただけませんか」
麗香「投資」
良一「はい」
麗香「何するの」
良一「実は、僕には小さい頃からの夢があるんです」
麗香「夢、どんな」
良一「探偵事務所をこちらに開いてもいいですか」
麗香「探偵事務所」
良一「シャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアレ、ジョン・イブリン・ソーンダイク、エラリー・クイーン、金田一耕助、数々の名探偵が難しい事件を次々と解決。・・・僕の憧れです」
麗香「シャーに耕助?へえー憧れね」
良一「隣の部屋をほんの少しリフォームして、すぐにでも始めたいのです」
惚れている弱みに付け込んで・・・。でもこの際、一つくらい願いを聞いてあげてもいいかと思う麗香だ。良一の前の男たちは、彼女にお金があると知ると、途端に働かなくなりヒモ状態。さらに権じいから多額の手切れ金をもらうと、麗香の前からあっと言う間に姿を消した。この世はいつも金次第、分かってはいる。でもあいつらがほんの少しの愛情も持ってなかったなんて。それに比べたら良一はまだかわいいリボン。こうして麗香と良一の危ない探偵物語がスタートした。梅雨時で、雨がザーザー降りしきる良き日だった。
開業から三日目、閑古鳥が鳴いている。
良一「麗香さん、さっきから窓辺で何を見てるんですか」
麗香「お客よ、お客」
良一「はあー」
麗香「良一、ほんとにお客は来るの」
良一「だ、大丈夫です」
麗香「虎の子を投資してるのはこの私なんだから。あの看板、「冴内探偵事務所」、もっと奇抜なデザインに変えたほうがいいんじゃないかしら」
良一「ご心配なく。必ず回収して見せますから」
麗香「もうー頼むわよ」
そうこうしている内に、なんと客が来た。サングラスに絹の手袋、レースの洋服はフランスの有名ブランド品。つけている物は超一流のものばかり。麗香とまったく同じ匂いがする女だった。
良一「お越しいただきありがとうございます。
まずはお座りください」
麗香「お飲み物は何をご希望かしら」
客 「ホットコーヒーを。カップも温めてね」
麗香がいれるコーヒーは専任の焙煎師が引いた、とことんこだわりのコーヒー。店内にコーヒーの良い香りが広がっていた。この女の依頼は、想定可能な実によくある相談だった。お決まりの夫の身辺調査。だって・・・浮気調査はこの仕事の王道でしょ。女は調査対象の男の写真と詳細を良一に渡し、諸手続きを済ませると帰っていった。
麗香「良ちゃん、やった、やったわね。ねー報酬はいくらもらえるの。とりあえずあの女からはがっぽりもらえそう。もー頑張ってよ」
良一「がっぽり・・・。はい、任せてください、頑張りまーす」
この仕事はある意味、人の心の闇を知ること。暗―い、暗―い闇。他人はそんなことに興味があるもの。私も探偵やってみようかしらと思う興味深々の麗香だ。
良一「うーん、この男相当な好色ですね」
麗香「どれどれ、私にもその出来上がった証拠写真を見せて」
良一「はい、どうぞ」
麗香「ねーこの男って、整形で超有名なあの病院の院長じゃない。芸能人相手でそうとう儲けてるって噂よね。お金があると男は必ず女に入れあげるもの。有史以来の真実だわ。ねー良一、あんたも同じよね」
良一「麗香さん、僕とこの男を一緒にしないでください」
麗香「でも・・・」
良一「いいですか。くれぐれも個人情報は守ってくださいよ」
麗香「分かってるわよ」
良一「それにこのあいだの依頼者は、この男の妻・・ではないです」
麗香「えー、じゃ、誰なの」
良一「ひ・み・つ・・・」
麗香「もー」
玉 「あのーお嬢様は」
良一「えー、いつの間に玉三郎殿。麗香さんはただいまシャワー中・・」
玉 「良一様、この際に言っておきますが、麗香お嬢様を大切に。絶対傷つけてはなりませぬ」
良一「はい、分かっております」
玉 「見目家にとって、お嬢様はたった一人のプリンセス。会長が大切に大切に育てられ・・・多少わがままになっておられますが」
良一「多少・・・」
玉 「あー見えても根は繊細にできていらっ
しゃるんです」
良一「必ずお守りします」
麗香「あー、スッキリした。あらー、玉三郎。朝から勤務大変ね」
玉 「会長に報告の義務がございます」
麗香「玉ちゃん、うまく報告しておいてね」
玉 「お嬢様、分かっております」
数日後・・・。
麗香「良一、たいへん、たいへんよ」
良一「どうしたんですか」
麗香「週刊あきらめにあの病院長の記事がス
クープされたの。これ見て見て。世間は今これで大騒ぎ。「愛と欲望の私生活」・・・」
良一「依頼者に調査結果を渡しましたからね」
麗香「じゃ、あの女、週刊誌に情報を売った
の。なにか裏があると思ったわ。ところであの女はいったい誰だったの」
良一「あの女は院長の愛人の一人です。それも最初の愛人。きっとあの男に騙されたんです」
麗香「騙したんじゃないの」
良一「最近は次々と若い愛人を作っていたよ
うです。身の危険を感じたのでしょう」
麗香「愛人も大変なわけね」
良一「どちらにしても欲望に満ち満ちた醜い話です。金に絡んだ欲望は人生を必ず破滅させるのです」
麗香「良ちゃん、超カッコイイ。ところで調査費は振り込まれたのよね」
良一「はい、大丈夫です」
麗香「やったー。やったわね。これで新作の
夏のワンピース、一枚くらいは買えそ
うね」
良一「えー、麗香さんそれは・・・」
麗香「じゃ、行ってきまーす。ランランラン」
良一「麗香さん、それは僕が稼いだ最初の報酬で・・・。ま、ま、待ってください、麗香さーん」
玉 「なにを言っても無駄、無理でございます。良一様、麗香お嬢様を止めるなんてこと・・・この地球でどなたもできませんから、あしからず・・・」