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隣の鉄子ちゃん  作者: 広 一
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ぼくの叫び

 川上父はその後、無事に意識を取り戻し、3日後異常なければ退院することとなった。

 気づけばもう夜遅く、二人で帰路を歩く。もうほとんど店も閉まっていた。

 ぼくは何となく気恥ずかしくて黙っていたし、川上はそんなぼくの気持ちを知ってか知らずか、何も喋らない。いつもの鉄子の態度、雰囲気に戻っていた。


「お腹減ったな」


 ぼくはとりあえず何か話そうと思い、出た言葉がこれだ。


「そうね。ごめんなさい。まさかこんな時間になるなんて」

「え?。あぁ、全然それは構わないけど……」


 また気まずくなる。訪れた沈黙に、病室での川上の一言を思い出す。

 川上との付き合いは本当に長かった。

 小さいころから隣同士であるし、ぼくも川上の家の道場に中学受験までは通っていた。

 親同士も仲が悪いわけではない。特別、すごく仲が良いわけではないが、ごく普通の近所付き合いだ。


 川上に最初に話しかけたのはぼくだ。

 幼稚園の時、あまり詳しく覚えていないが、彼女はあの時から今と変わらぬ雰囲気で、すごく真面目で、何より敬語を使いこなしていて、よくいたずらっ子とケンカをしていたなぁ。

 いたずらっ子に限ってとっても面白い人気者が多いものだから、その人気者を敵に回した鉄子は、段々と敬遠されていった。まぁ、鉄子は鉄拳制裁による教育を容認しているから、いじめられることも無かったけれど、いつも一人でいるようになっていた。


 一番最初に話しかけた時、ぼくが年長組に入る時、戦隊ヒーローみたいになりたくて、ケンカ負けなしだった川上にぼくは言ったんだ。

「弟子にしてください」

ってね。

 そしたらあいつ、

「本気ならついて来て」

なんて言って、ぼくを道場に連れていって、ぼくが高校の空手部に入るまでずっと、親身に面倒をみてくれたな。

 テストの点数が悪かった時も、稽古をサボろうとした時も、ぼくの手を引いたのは川上だ。


 そんな彼女が病室で父に見せた、表情。

 こんなに長く連れ添ってきたのに、もちろん恋人のような関係ではないが、川上の感情の表れを見たのは初めてかもしれない。

 もっと見てみたいと、ぼくは思った。


……もっと、川上を知りたい。


「川上、あの話だけど」

「なにかしら」

「……」


 ぼくは唇を噛み締めて、最後の気恥ずかしさみたいな、心のつっかえみたいなものを乗り越える。


「病室で今日した話だよ。ぼくが川上の家の婿に行くか行かないかの、あの話」

「……」


 川上が黙って、少し歩く速度を上げ、ぼくの少し前を行く。

 ぼくは川上の少し後で、川上の背中に向かって話す。


「ぼくは嫌じゃないよ。川上とそういう関係になるのは。でも、結婚速すぎると思うんだ」

「それは、否定と捕らえていいのかしら」


 川上はどんどんと速度を上げる。まっすぐ前を見て、ぐんぐんと進んでいく。

 ぼくは彼女の表情が分からない。

 辺りは静かで、昼間通った商店街はみんなシャッターを下ろしている。

 電柱の明りは無機質で、そのシャッターに歩くぼくらの影を白黒に浮かび上がらせる。


「違うよ。完全否定じゃない」

「……その答えはよく分からないわ」

「その、だから、全部オーケーじゃなくて」

「美味しいところだけ食べる気持ちなの

かしら。女として、私は嫌」


 ぼくは怯んだ。

 ことの発端は川上なのに、そもそもこのことに関しての主導権はぼくにあるはずなのに、いつの間にか彼女に握られてしまってるみたいだ。

 無茶苦茶だけど、嫌じゃなかった。


「じゃあ、その話は断るよ」


 ぼくがそう言うと、彼女は止まった。

 ぼくも思わず立ち止まる。

 いつの間にか橋の上で、無風で、人気もなかった。黒い洋風の電灯のオレンジが、ぼくらを照らしている。

 川上が振り返った。しっかりとぼくの目を見る。


「残念だわ」


 川上がはっきりとそう言うと、彼女の無表情に寂しさが見えてきた気がして、胸がチクリと痛む。

 そして、川上が走り立ち去ろうとした時、ぼくは川上の手を引いた。


「待って」


 彼女が驚いて、目を開いてぼくを見た。目には少し、涙を溜めているように見える。


「まだ、話があるんだ。今度はぼくの話」

「……何?」

「中途半端は無しなんだろ?。だから結婚はしない」


 川上が目を反らす。


「分かっているわ。そんなにはっきり否定したくて、私を引き留めたの?。もしかして、いきなり突拍子もなくあんなことを言った私を嫌ったのかしら」

「ちがう。確かにすごく、突拍子がなかったけど」

「じゃあ、引いたの?。私を笑いものにしたいのかしら。私だって、色々あったのよ。笑い者にしたいなら、私が帰ってからにしてほしいわ」


 川上は感情的になっていた。いつでも振りほどくことができる手をそのままに、ぼくの目を見て淡々と告げる。

 ケンカを売っているのかしらと聞こえそうなその態度は、きっと、不器用な川上の行き場のないどうしょうもない気持ちをぶつける姿はもう、鉄子ではなく川上藤鷹、その人間そのものだ。

 

「言いたいことはそれだけだったのかしら」


 追い討ちをかけるように川上藤鷹がぼくに言う。

 ぼくは怯んだ。でも、気持ちを強く持った。


「違う。まだある」


 ぼくは強く言った。川上藤鷹の手を引く手に思わず、力が入る。

 川上が鋭く、ぼくの目を貫かんばかり睨み付け、


「言え」


と、返す。私は今日は機嫌が悪いから、少しでも気に触ることを言ったならばぶっ飛ばしてやると、聞こえてきそうな眼光だ。

 唾を飲んだ

 ぼくは正直、そんな彼女に負けそうだった。だから、力限りの大声で言おう思った。

 思いきり息を吸った。



「好きだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 静かな町の虚空に、ぼくの声が反響する。

 彼女はキョトンとした表情で、目を丸くしてぼくを見て固まっている。

 ぼくは、もう一回大きく息を吸って、



「付き合ってくださぁあああ」



と、叫ぼうとしたところを、最後まで言い切る前に彼女に、分かったから静かにしてと、お腹にグーパンチを喰らったのであった。

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