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星降る夜に、僕らの願い  作者: 碧咲明葉
7/7

とある少女の空

 私にとって彼は特別な存在だった。私は、彼、雨空雫くんのことが好きだった。

 雨空くんはつい先日亡くなった。

 だから今から語るのは、ただの元クラスメイトの追憶の物語である。



 雨空くんのことを好きになったのはいつのことだっただろう。気が付けば目で追っていて、ほんの少し会話が出来ただけで嬉しくて。いつの間にか好きになっていた。きっかけとなった出来事と言えば、きっとあれだ。

 高校一年の春。私は親の都合で満月島にやってきた。だから、知っている人なんて誰一人いなかった。周りを見れば、皆が仲良さそうに話している。島ということだけあって、顔見知りしかいないのだろう。私だけ友達ゼロのスタート。私だけが独りぼっち。誰でもいいから話しかけて欲しい。そう思ったときだった。

 「ねえ、君も友達とクラス離れちゃったの?」

 突然、前の席の男の子が振り返って声をかけてくれた。その男の子が、雨空くんだった。

 「私、この春ここに来たんです。だから、友達はいません」

 「そっか。じゃあ、僕が友達第一号だね」

 「え?」

 「僕の名前は雨空雫。よろしくね、射水琴美ちゃん」

 純粋に嬉しかった。声をかけてくれたことが。名前を憶えていてくれたことが。友達になってくれたことが。

 雨空くんを好きになるのには、充分すぎるきっかけだと思う。

 彼はいつだってクラスの中心にいた。優しくて笑顔がとても素敵な人だった。女子の間でも彼は人気があって、彼のことが好きだという人も何人か聞いた。その子達は可愛くて、いつも彼と仲良く話している。私に勝ち目なんてないと思った。

 『過ごした時間と関係の深さは関係ない』なんて言うけれど、私はそうだとは思えない。そりゃあ、会って数ヶ月で幼馴染みのように仲良くなった、というケースも少なからず聞いたことはある。でもそれは、互いが互いの深いところに触れあえたから。相手の汚い部分もちゃんと理解し、自分の汚い部分も曝け出せたから。そんなの特別だよ。滅多にないよ。過ごした時間は大いに関係がある。長ければ長いほど濃密な関係が築ける。その証拠に、ずっとこの島で雨空くんと過ごしてきた彼女たちの方が仲が良いように見える。私も時間をかければ彼に近付けるのかな。

 好きってこんなにも苦しかったっけ。

 近付きたくても、他の子達がいて近づけない。声をかけたいのに、友達がいて話しかけることが出来ない。もどかしいよ。私も皆のように彼に近付きたいよ。

 そんな日々が続いた中、転機が訪れた。

 「琴美ちゃんだ。よろしくね」

 「よ、よろしく」

 席替えで席が横になった。机はくっ付いてはいないが、小テストで交換することとか、英語の音読を聞き合ったりする。つまり、彼と仲良くなれるチャンス。時間を埋めるチャンス。頑張ろう。そう心に決めた。

 「琴美ちゃん、ここ教えてもらっても良いかな?」

 「あ、ここはね」

 私の席に椅子を寄せる姿が何だか可愛らしくて、心が癒された。これもきっと好きになったからこそ。

 やっぱり、席が横になってから話す機会が増えた。他の子には及ばないかもしれないけれど、少しは進展したのかな。そうだといいな。

 ある日のことだった。

 私はファイルを机から落としてしまい、中に入れていたものが全て床に散らばってしまった。急いで拾っていると、雨空くんも拾うのを手伝ってくれた。そういう優しいところを好きになったんだよ。なんて言えたらどんなに良いだろう。天邪鬼の私にはきっと出来ない。

 「あ、これ」

 どうしてそれがそこに入っているの?違うところに入れた筈なのに。もしかして入れ間違えたのかな。彼が拾ってくれたのは、私が見られたくないものだった。

 「これ、ピアノの楽譜だよね?琴美ちゃん、ピアノやってるの?」

 「見ないで!」

 つい叫んでしまった声にクラス中の人が反応した。一気にこちらに集まる視線。顔に熱が集中していくのがわかる。

 「ごめん」

 そのまま教室を飛び出してしまった。後ろの方でざわついているのが聞こえるけれど、一刻も早くその場を離れたかったので気にも留めなかった。自分でやったことなのだから仕方がないとも思った。

 着いたのは屋上だった。一人になった途端、涙が溢れてきた。立っていられなくて屈みこんでしまった。どうしてあんな態度をとってしまったのだろう。折角拾ってくれたのに。私が間違えて入れたのが悪かっただけなのに。それなのに、お礼の一言も言えないなんて。きっと、嫌われちゃった。もう何で泣いてるのかわからない。

 「琴美ちゃん」

 背後から聞こえてきたのは雨空くんの声。どうして追いかけて来てくれたの。優しすぎるよ。期待しちゃうじゃん。彼は誰に対しても同じだって知っているのに。

 「ごめんね。琴美ちゃんのこと考えてあげられなくて」

 謝るのは私の方だよ。雨空くんが謝る必要なんて何処にもない。

 「僕ね、よく空を見るんだ。そうすると気持ちが落ち着くんだ」

 彼がそう言ったので、空を見上げてみた。そこには青くて高い空が広がっていた。とても綺麗な空だ。この空に比べたら、私なんてちっぽけだ。とても小さい。確かに落ち着く。

 「私、誰かの前でピアノを弾くのが怖いの。昔、言われたの。『ピアノを弾く人は皆華があるのに、琴美ちゃんにはないよね』って。そこから見られるのが怖くなった」

 どうしてあの子がそう言ったのかはわからない。ただ確実にその言葉は私に刺さった。

 この世界で一番強い武器は、核兵器なんかじゃない。言葉だ。言葉は人を傷付ける。人の人生を左右する。使うときは一言一句考えて使わなければならない。でないと、私みたいな子を産みだしてしまう。

 「琴美ちゃんはピアノが嫌いなの?」

 「好き。でも人前で弾けない。好きなのに触れるのが怖いの」

 「僕は、空を見るのが好き。特に星空が好き。変わってるでしょ。でも、好きならそれでいいと思うんだ。それに」

 雨空くんは私の前まで歩き、同じ目線になった。そして私の頬に手をあてた。

 「琴美ちゃんは可愛いよ。僕、琴美ちゃんのピアノ聞いてみたいな」

 可愛いだなんて初めて言われた。彼のことだからこれはお世辞じゃない。雨空くんはお世辞を言うような人ではない。

 「でも」

 「一緒に来て」

 今度は私の腕を掴んで走り出した。

 連れて来られたのは音楽室だった。窓から差し込む光に照らされているグランドピアノがひと際異彩を放っている。

 「ここで練習しよう。僕が聴いているから、一音でもいいから鳴らしてみて。そうやってどんどん増やしていって、また人前で演奏出来るように頑張ろう。僕が付いてるから」

 「どうしてここまでしてくれるの?」

 「友達が困っていたら、助けたいと思うのは当たり前のことだよ」

 そんな風に面と向かって言ってくれるのは雨空くんだけだよ。

 私は恐る恐るピアノに近付き鍵盤に触れた。でも押すことが出来ない。手が震えてしまって動かない。大丈夫だと言い聞かせても、あの言葉が頭に流れてしまう。怖いよ。見られているのが。自分一人でないと弾けないだなんて、弱いにもほどがあるよ。

 「大丈夫だよ」

 部屋の中に一つの音が響いた。

 それは紛れもなく自分の手で鳴らした音だった。

 「綺麗な音だね」

 「うん」

 「大丈夫。琴美ちゃん、楽譜に沢山書き込んでたよね。だから、絶対にまた弾けるようになるよ」

 「ありがとう」

 その日から私達は毎日お昼休みに音楽室に行って練習をした。放課後は部活で使うから昼休みならと、先生達から許可をもらえたのだ。

 最初は鳴らすだけで精いっぱいだった。それでも雨空くんは怒ることも、悪口を言うことなく、ずっと傍で聴いてくれた。それが堪らなく嬉しかった。

 私の死にかけていた音が再び声をあげた。もうやめてしまおう。何度もそう思った。でも捨てきれなかった。好きだという気持ちは本物で、失ってしまう方が辛いと知ってしまった。

 今、こうやってまた音楽を奏でたい、誰かに届けたいと思えるようになったのも、全部全部、雨空くんのおかげ。彼がいなかったら、彼と出会わなければ、私のピアノはとっくに死んでいた。ここに来て良かった。貴方に出会えて本当に良かった。

 「えっと、ノクターン第二番変ホ長調Op.9-2を弾きたいと思います」

 鍵盤に手を添えて大きく深呼吸をした。今までだったら手が震えて仕方がなかった。こうして座るのもやっとだった。でも今は違う。大丈夫。私は弾ける。

 そっと白鍵を押した。弾いている間考えていたのは、彼が好きだと言った星空のこと。あの日から私も毎日星空を眺めている。星に詳しくはないけれど、それでも彼が好きだという気持ちはわかるような気がした。『ノクターン』は日本語で『夜想曲』。貴方を想って、星空を想って奏でる曲。どうか彼にもこの景色が届きますように。沢山の星を貴方と見たい。そんな日が来ることを祈って。

 弾き終えたときに感じたのは『もっと弾いていたい』だった。それくらい、ピアノの世界に、曲の世界に入ることが出来たということ。ここまで気持ち良く弾けたのは初めてだ。というより、曲の世界観を思い描きながら演奏したこと自体が初めてだ。私ってこんな風にピアノを弾くことが出来るんだ。

 「凄く綺麗だったよ!何て言うのかな、星が見えた。そんなピアノだった」

 伝わった。私の描いた世界を共有してもらえた。こんなにも嬉しいことはない。

 「僕がいても弾けたね。琴美ちゃんなら、もう大丈夫だよ。きっと他の人にも届けられると思うな」

 「ありがとう」

 雨空くんだからだよ。なんて言葉はまだ言えない。いつか、もう少し自分に自信がついたらそう言おう。ちゃんと想いを伝えよう。好きだよって伝えよう。

 でも今すぐに伝えたいことがある。

 「私ね、ピアニストになりたいの」

 それは小さい頃からの夢だった。偶々聞こえてきたピアノの音に魅了されてから、ずっと焦がれていた夢だった。でも、弾けなくなってからは諦めていた。ピアニストは無理でも、せめて、また人前で弾けるようになれれば良い。そう思っていた。だけど、今ピアノを弾いて、その気持ちが込み上がってきた。夢が再び蕾となった。

 私はピアノが好き。この指で誰かに想いを届けたい。一緒に沢山の景色が見たい。それが私の夢。

 「良いと思う。琴美ちゃんなら絶対になれるよ!だって、こんなにも素敵な曲を演奏できるんだもん。僕が保証する」

 「ありがとう。あのね、お願いがあるの」

 「何?」

 「毎日ここに来てなんて言わない。だから、もしも何処かからピアノの音が聞こえて来たら、耳を傾けてほしいな。雨空くんが何処にいても届くように、私頑張るから」

 告白みたいな言葉に、何だか恥ずかしくなってきた。でもこれでいい。

 「うん。もちろんだよ!僕、琴美ちゃんのピアノ好きだよ。だから、僕が琴美ちゃんのファン第一号になるね」

 『友達第一号』『ファン第一号』いつだって彼は私の一番になってくれる。

 「嬉しいな!」

 雨空くんが聴いてくれているなら、私は怖くない。貴方に届けられるようなピアニストになるから。応援してね。


 *


 雨空くんと過ごした一年はあっという間だった。毎日が輝いていて、その一つ一つが星のようでとても愛おしかった。

 一年の最後に、私はクラスメイト達の前でピアノを演奏した。そこに恐怖心なんてものは一切なく、楽しく演奏することが出来た。皆が拍手を贈ってくれて、とても嬉しかった。ピアニストになりたいと言えば、応援すると言ってくれた。あのとき、諦めないで良かった。雨空くんに話して良かった。頑張って良かった。心からそう思う。

 二年生になった。雨空くんとはクラスが離れてしまったけど、彼がくれた勇気のおかげで去年違うクラスだった人とも友達になれた。

 クラスが違うせいで、彼と話す機会はめっぽう減った。でも、廊下ですれ違うときは手を振ってくれる。だから、私も手を振り返した。その些細な時間がまた幸せだった。それに、私がピアノを弾けば彼はいつだって聴いていてくれている。その気持ちさえあれば、そこで繋がっているのなら、会えなくても話せなくても構わない。

 でもそんな日々は音もなく静かに変わっていった。

 中間テストが終わり一週間が経った。新しく練習していた曲が形になったから、雨空くんに直接聴いてもらいたくて、彼の教室へ向かった。入り口から顔を覗かせて見てみたが、彼の姿がみつからない。トイレにも行っているのだろうと思い、次の休み時間にもう一度来ることにした。でも、次も、その次も彼の姿はなかった。よく見てみると、何処か教室の雰囲気が暗い。そして頻りに彼の席をみつめている。嫌な予感がして、去年同じクラスだった子に声をかけた。

 「ねえ、雨空くん来てない?」

 「射水さん。そっか、隣には連絡来てないんだね」

 「どうかしたの?」

 「雫くん、癌で入院したって。去年からだったらしいの。それに、意識もないって」

 「え?」

 世界が反転した。

 雨空くんが入院した?去年から癌?どうして?そんな、だっていつも笑っていたのに。そんな素振り見せなかったのに。何で。嘘だよね。

 気が付けば私は音楽室のピアノの前に立っていた。徐に蓋を開け、椅子に座り鍵盤に手を当てて、そのまま弾き始めた。

 曲はベートーベンの『悲愴』。メロディが気に入って直ぐに練習を始めた。名前の通り、曲には悲しげな雰囲気が漂っている。だから、私自身も大切な人が、雨空くんがいなくなってしまったら、そう思って練習してきた。それがまさか本当になるかもしれないなんて。酷いよ。もしかしたら、私がこの曲を選んだのもそう言った何かの導きだったのかもしれない。そんな導きならいらないよ。

 弾いているときも、弾き終わっても、彼のことしか頭になかった。そのまま余韻に浸るかのようにしばらくそこで泣いた。鍵盤に滴り落ちるそれは正に悲愴だった。

 それから毎日、私は音楽室で『悲愴』を弾いた。

 彼は、私のピアノを何処にいても聴いてくれている。私は、彼が何処にいたってこの音を届けると誓った。だから、病院で眠っている彼にも届けたい。貴方がいないと悲しい。私だけじゃない。貴方のことを知っている人は皆悲しいんだよ。貴方がいないと笑えないの。貴方がいたから私達は笑顔になれる。だから、目を覚まして。何処にも行かないで。また声を聞かせて。また笑って。待っているから。

 奏でる音全てに想いを込めた。この音が、想いが届くと信じて。私は弾き続けた。

 その想いが通じたのかどうかはわからないが、彼が目を覚ましたという知らせを聞いた。でも、安心なんてしている暇がなかった。続けて聞いたのは、彼の余命が三ヶ月だという、余りにも悲しい事実だったのだから。



 「ねえ、琴美ちゃんの誕生日っていつ?」

 隣の席の彼が私にそう聞いた。

 「十二月二十日だよ。雨空くんは?」

 「僕は六月十二日。実はもう過ぎているんだ」

 窓の外を見れば、太陽が高く昇っていた。

 「じゃあ、来年はお祝いするね」

 「ありがとう」

 夏のとある日のことだった



 一年程前の夢だった。

 その年の私の誕生日、彼はクローバーが中に入ったキーホルダーとクリアファイルをくれた。キーホルダーは私の夢が叶うように、ファイルは楽譜を入れるようにだった。私のことを考えてくれたプレゼントはとても嬉しかった。

 部屋のカレンダーを見れば、十二日のところに『雨空くんの誕生日』と記入されていた。

 今日がその十二日だ。一年前、彼と約束をした日。

 すぐさま身体を起こして支度をし、家を出た。彼へのプレゼントを求めて。幸いなことに日曜日なので時間はかなり取ることが出来る。じっくり考えよう。

 最初に目に留まったのはケーキ屋さんだった。でも、それじゃあ普通すぎるし、もしかしたら食べ物は制限されているかもしれない。そう思い、ケーキは候補から外した。

 食べ物がダメとなれば何か物が良いだろうか。入院しているわけだし暇をつぶせるものが良いかもしれない。しかし、良さそうな物はみつからなかった。

 彼のことだから、きっと何を渡しても気に入ってもらえるに違いない。わかってはいるのだけど、いざ選ぶとなればやはり難しい。悩みながら歩いていると、何処からか優しい香りが漂ってきた。その香りが強くなる方へ足を進めると、そこには花屋さんがあった。

 理由はわからないが直感的にこれだと思い、私は中へ入った。

 ガラスケースの中や足元。至るところに置かれた花達。どれもとても可愛くて尚且つ美しくて迷ってしまう。誕生日プレゼント兼お見舞いの花なので、それなりに注意して選ばなければいけない。間違ってもキク科の花だけは絶対に選んではいけない。

 何回も何回も凝視して良さそうな花をみつけた。

 「すみません。マリーゴールド、スノードロップ、リナリア、イキシアで花束を造ってください。誕生日プレゼント兼お見舞いなんです」

 「わかりました」

 店員さんの手によって美しく造られていく花束。もしも、花達が上手くあわなかったらどうしようかと思ったが、心配はいらなかったようだ。

それにしても、どうしてさっきから店員さんはニヤニヤしているのだろうか。そっちの方が気になって仕方がない。

 「これは、好きな人へのプレゼントですか?」

 店員さんの爆弾発言。図星だったので言葉が出なかった。でも、どうしてわかったのだろう。顔に出ていたのだろうか。

 「もしかして、無意識ですか?」

 「な、何がですか?」

 「後で調べてみるといいですよ。はい、出来ました」

 お会計を済ませ、花束を受け取って店を出た。頭の中は店員さんの言葉でいっぱいだった。とりあえず、まずはこれを届けに行こう。調べるのは帰ってからでも遅くないはずだ。

 雨空くんの病室を訪ねるのは初めてだった。どんな風に入ればいいのだろう。ノックして「お邪魔します」かな。それともノックだけ?何も言わずに?そもそもお見舞いというもの自体が初めてで、どうしていいのかわからない。緊張しているせいか、少し頭が回らない。落ち着いて、深呼吸。普通が一番だ。

 彼の病室をノックし「お邪魔します」と声をかけて扉を開けた。しかし、そこに彼の姿はなかった。一瞬、間違えたのかと思い名前を確認したが間違っていないらしい。ここで止まっていても仕方がないので中に入ることにした。

 始めはトイレにも行っているのかと思ったが、中々帰って来ないので違うらしい。検査か何かで何処かに行っているのかもしれない。だとしたら疲れて帰ってくるはず。そこに私がいたら、彼に気を使わせてしまうし、体調も悪化するかもしれない。そんなことあってはならない。

 鞄から予め書いておいたメッセージカードを取り出した。それを花束に添え机の上に置いた。直接渡せなかったのは残念だけど、気持ちが伝わればそれで良い。いつだってそうしてきたのだから。それが今回は花になっただけ。何も変わらない。

 「誕生日おめでとう」

 それだけ言って病室を去った。



 自室のベットに寝ころんでいた私は思わず飛び起きた。携帯の画面に書かれている文字によって。

 見ていたのは花言葉のホームページ。あの店員さんの口振りからしてそうだろうと思ったからだ。その予想は大いに正解だったのだが、その中身が予想を大いにはずれた。

 マリーゴールドの花言葉は『生きる』。スノードロップの花言葉は『希望』。ここまでは良かった。他のサイトにも、お見舞などで人気があると書かれていたので大丈夫だ。問題はリナリアとイキシアだ。リナリアの花言葉は『私の恋を知ってください』。イキシアの花言葉は『秘めた恋』。もはや告白も同然だ。

 思えば、私はよく告白紛いな発言をしてきた気がする。けれど、それらは友達としてでも受け取れるものであって、今回のような明確な告白ではない。意味を知らなかったとはいえ、渡してしまったものを返せだなんてとても言えない。彼が花言葉を知らないことを祈るしかない。

 でも、もしも知っていたとすれば彼はどんな返事をくれるのだろう。フラれるよね。きっと彼は私のことは友達としかみていない。それでいい。どんな形にしろ、彼の傍にいられたらそれでいいのだから。

 我ながら影響されやすいとは思っているのだが、星を見ることは一年前からの日課だ。こうして空を見ていると、より彼を近くに感じられる。空は何処まで行っても空だ。果てしなく続いており、途切れることはない。小さい頃、空の切れ目について考えたことがあった。何処まで行けば別の空が広がっているのだろう。終端についたら、そこから先は真っ暗なのだろうか。様々な疑問で埋め尽くされた頭は、ファンタジー小説のように様々な風景を思い描いた。

 結局、答えなんてものはみつからなかった。だけど、何処までも変わらないというのは素敵だと思った。私達が目に見えて感じ取れる唯一の永遠なのだから。

 手の中で携帯が震えた。メールではなく着信だ。表示されている名前は『雨空 雫くん』。一気に鼓動が早くなる。どうしよう。もしかして花言葉を知っていたのかな。だとしたら、どんな風に話せばいいのだろう。何にしても待たせるのは良くない。意を決して通話ボタンを押した。

 「も、もしもし」

 『もしもし。ごめんね。遅くに電話しちゃって』

 「ううん。全然大丈夫だよ。どうかしたの?」

 『少し確認がしたくて』

 確認というのは、やっぱり花言葉のことだろうか。今なら誤魔化すことだって可能だ。でもそれだと、自分の気持ちに嘘を吐いているような感じがする。それは嫌だ。だから、聞かれたら素直に言おう。貴方のことが好きです、と。

 『病室の花束って琴美ちゃんがくれたんだよね』

 「そ、そうだよ」

 『良かった。カードに名前が書いてなかったから間違えていたらどうしようかと思ったよ』

 あれ。今、何て言ったの?カードに名前が書いてなかった。確かにそう言った。

 記憶を遡って確認してみる。

 そうだ。直接渡せると思っていたから名前を書いていなかったんだ。つまり花言葉以前だったということ。ただの恥ずかしい人だった。ちょっと待って。じゃあ、どうして私だとわかったのだろう。ヒントなんて文字くらい。まさか、それだけでわかったとでもいうのだろうか。そうだとしたら嬉しい。

 『琴美ちゃん、ありがとう。誕生日、憶えてくれていたんだね』

 「だって、約束したから」

 『そうだったね。でも、それを憶えていてくれたことが嬉しい』

 きっと、電話の向こうではあの笑顔を浮かべているのだろう。そう思えば、自然とこちらも笑顔になる。彼の笑顔にはそんな力がある。

 「ねえ、雨空くん。今日は星が綺麗だね」

 他意はない。純粋な気持ちだ。

 『そうだね』

 私が見ている星空を彼も同じように見ている。きっと、空に果てがないのは遠くにいる大切な人と気持ちを共有するためだ。今だからこそ、そう思う。そのことに気が付けたのも、空を好きになれたのも、彼のおかげだ。

 私は彼に沢山のモノを貰った。感謝してもしきれないくらいに。

 彼はいつだって私のヒーローだ。

 『昔ね、友達と一緒に三日月島で星を見たんだ。その景色が今でも忘れられないんだ。その子達とね、約束したんだ。また一緒に三日月島で星を見ようねって。僕に果たせると思う?』

 「果たせると思う。だって、雨空くん、いつも頑張っているから」

 頑張っている人は必ず報われる。彼は日々頑張っている。そんな彼が報われないのなら、この世界に何の意味もない。どうか彼の小さな願いくらい叶えてあげて欲しい。

 「私、毎日願うよ。雨空くんが友達との約束を果たせますようにって。この星に」

 どうして雨空くんに話すことなすこと全て告白のようになってしまうのだろう。彼が気が付いていないことが唯一の救いだ。

 電話の向こうの彼は一体何を思っているのだろう。相手の言葉を待っている間っていうのはとても緊張する。

 『うん。じゃあ、僕は琴美ちゃんがピアニストになれますようにって、星に祈ってるね』

 「ありがとう」

 『二人だけの秘密だよ』

 胸が熱くなった。

 「ね、ねえ、雨空くん」

 『どうしたの?』

 「来月の二十五日に、ちょっとした発表会があるの。来てなんて言わないから、何処かで聴いていてね」

 『うん。何処にいても聴いてるよ』

 「じゃあ、そろそろ寝ないと」

 『そうだね。おやすみ、琴美ちゃん』

 「おやすみ、雨空くん」

 通話はそれで終わった。十五分二十二秒。長かったようで短かった。もう少し話していたいとも思うが、きっと何分話しても思うことは同じだ。

 「好きだよ」

 繋がっていない電話にそっと呟いた。



 一ヶ月なんてあっという間に過ぎた。ジメジメとした梅雨の影はもう何処にもない。季節は完全に夏。今日は島の夏祭りの日であり、発表会の日でもある。欲を言うなら、違う日が良かった。そしたら、一緒にお祭りに行けたかもしれないのに残念だ。

 外から祭囃子が聞こえる。楽しそうな子供の声も聞こえる。年に一回のお祭りなのだから当然だ。雨空くんも友達とお祭りに行っているのだろうか。本番前だというのに、彼のことばかり考えている私はかなり重症だ。告白もどきを連発してしまうぐらいなのだから自覚はしている。

 ふと窓の外に目を落とした。

 「雨空くん?」

 偶々通りかかった彼の姿を発見した。一緒にいるのは同じクラスの茜空くんと雪空さんと、後二人いるがその子達のことは知らない。あの四人が、以前彼が話してくれた、星を見に行ったという友達だろうか。ここから見ただけじゃわからないけど、多分そう。方向的に考えて、病院へ帰るところかな。

 「射水さん、貴方の番よ」

 「はい」

 先生に呼ばれて会場に入る。会場といっても、ホールだとかではない。いつものピアノ教室。発表会というのも、この教室で定期的に行われているものなので、規模なんてないも同然だ。

 鍵盤に手を乗せる。そして弾き始める。曲名は『ノクターン第二番変ホ長調Op.9-2』。初めて雨空くんに聴いてもらった曲だ。

 雨空くんに届けたい。ピアノを弾くときはいつだってそう思ってきた。だから、例えこれが小さな発表会でも関係ない。私は私のピアノを弾くだけだから。

 外はまだ夕暮れ。なので、これから訪れるであろう空を思い描きながら弾いた。綺麗な星空になりますように。彼が見る空はいつだって輝いていて欲しい。そして、その空を私もみたい。一緒に見ることは出来なくても、同じ空を見ることは出来る。美しい空を貴方に。

 最後の一音まで丁寧に弾いた。

 曲に差をつけたくはないが、この曲は一番気持ちが入る。だから、弾いていて一番気持ちが良い。その証拠に、来ていた人皆が拍手を贈ってくれた。

 雨空くんにも届いただろうか。



 その日の晩に見たニュースでこう言っていた。

 『今年はペルセウス座流星群が例年よりも沢山見えるそうです!正確な日時はまだわかりかねますが、八月の中旬ということは間違いないでしょう』

 真っ先に考えたのは、やはり雨空くんのことだった。

 この日に三日月島へ行くことが出来たら、約束を果たすことが出来るのではないだろうか。彼が懇願していた空を見ることが出来るのではないだろうか。

 彼の約束が果たされる。自分のことのように嬉しい。毎日、星に願って良かった。

 彼らがこのことを知ったら、絶対に行くというはずだ。そして約束を果たすのだ。なんて素敵なのだろう。羨ましいくらいだ。

 しかし、一つだけ不安なことがある。

 それは雨空くんの身体のことだ。八月中旬ということは、余命とされた三ヶ月に達する頃だ。考えたくはないが、それまでに死んでしまうということも、意識不明でいつ死んでもおかしくないという状態になっているということも、可能性としては充分にあり得るのだ。もしもそうなってしまったら?彼は、彼の友人は、約束を果たせない。そんな結末、あまりにも酷すぎる。ここまで頑張ってきて、ようやく見えた一つの希望なのに。失うと決まったわけではない。でも、怖いんだ。どうしてもそう思えてしまう。

 これじゃあダメだ。私がくよくよしてどうするの。でも、私には何も出来ない。私には力がないから。彼らの運命を切り開くような力はない。神様でもない限りそれは出来ない。

 『秘密だよ』

 雨空くんの言葉が窓の外から聞こえた。それは空から聞こえたようにも感じた。

 星に祈ろう。

 ずっとそうして来たじゃない。不安に駆られて大切なことを忘れていた。大丈夫。この願いだって叶う。信じれば、絶対に叶う。信じる力は何よりも強い魔法だ。

 「雨空くんが三日月島へ行けますように」

 不確定な未来に夢を描いて願い続けた。

 日が経つにつれて、ニュースでも流星群のことが取り沙汰されるようになった。

 今年、一番のピークは八月十四日。時間は二十三時頃で北の空が一番よく見えるそうだ。

 正に、彼らに三日月島で星を見るように言っているようだ。私の部屋の窓は南向きなので、見ることは難しそうだけど、直接見ることが出来なくても、そこに流星群がなくても、私は彼と同じ空を見ることが出来る。だから、平気だ。

 空は今日も繋がっている。



 そして運命の日が訪れた。

 その日の天気は良好で星も綺麗に見えるそうだ。ひとまず安心だ。

 雨空くんは大丈夫だろうか。発表会の次の日に倒れたと聞いた。そして、目を覚ましたがつい先日だということも。

 普通に考えれば行くのは不可能だ。このタイミングで倒れるということは、もう時間が残っていないということだ。夜中に星を見に行くなんて、自殺行為以外の何ものでもない。そもそも、身体を起こすことだってままならない筈だ。

 それでも行くのでしょう?

 彼のことだ。きっと、病院を抜け出してでも星を見に行くのでしょう?友達との約束を果たすために。命を懸けて三日月島へ。

 そして、そんな彼を、彼らは助けるのでしょう?

 彼の自慢の友達だ。きっと、彼の気持ちを汲んで一緒に抜け出すのでしょう?それが彼との最後の思い出になると知っているから。全部、全部、わかったうえで一緒に星を見に行くのでしょう?何よりも輝く空が見たくて。

 私には祈ることしか出来ない。無事に三日月島に辿り着いて、無事に星を見ることが出来て、無事に約束を果たせることを。

 「雨空くんなら、きっと、大丈夫。私にはわかるから」

 二十一時十五分。抜け出すのだとしたら動き出す時間だろうか。より一層強く、願った。

 携帯が震えた。メールが届いた音だ。差出人は雨空くんだった。

 急いでメールを開いた。

 『琴美ちゃんへ

 今から僕は大切な友達と星を見に三日月島へ行ってきます。こうやって、星を見ることが出来るのは、琴美ちゃんが星に願ってくれたからだと思っています。ありがとう。きっと、ここを出てしまったら、もう戻って来れないと思うのでこうしてメールを送りました。琴美ちゃんも大切な友達だから。少し、長くなってしまうけど読んでくれたら嬉しいな。

 琴美ちゃんと出会ったのは去年の春だったね。

友達と離れちゃった僕は不安で仕方がなかった。確かに、皆仲の良い友達だったけど、一番安心するのは彼らだったから。

 そんなときに琴美ちゃんに出会った。後ろの席で僕と同じように不安そうな顔をしていたから、つい声をかけちゃったんだ。あのとき声をかけていて良かったって心から思っているよ。

 それから席替えで隣の席になったね。とても嬉しかったよ。琴美ちゃんと話していたら、とても落ち着くんだ。本当に嬉しかったんだよ。

 でも、一度だけ怒らせちゃったね。あのときはごめんね。

 琴美ちゃんが悩んでいると知って、僕はどうしても助けたくなった。このときには自分が癌だということも知っていた。だから出来る限り、友達の力になりたいと思った。勿論、それだけじゃないよ。純粋に琴美ちゃんの力になりたいと思った。

 それから毎日昼休みに音楽室に通って練習したね。最初は一音だったけれど、段々と音が増えていってメロディになって、最後には曲になった。あのときの音は今でも憶えているよ。本当に星空が見えたんだよ。とても綺麗で、手を伸ばせば届くんじゃないかってくらいだった。凄く感動した。琴美ちゃんには、絶対才能があるよ。だって、自分の世界を音で届けることが出来るんだから。才能以外の何ものでもないよ。琴美ちゃんは絶対ピアニストになれる。何回も言ってるけど、ファン第一号の僕が保証する。

 二年生になってクラスが離れちゃったのはショックだったな。でも、何処にいても琴美ちゃんのピアノが聴こえてきたから寂しくなかったよ。

僕が倒れて、琴美ちゃんには凄く心配をかけたよね。ごめんね。

 もしかしたら、僕の勘違いかもしれないけど、眠っているときにピアノの音が聴こえたんだ。それと一緒に、琴美ちゃんの声も聞こえた。悲しい。目を覚まして。待っているから。その声のおかげで、僕は戻って来れたんだよ。ありがとう。

誕生日は病室にいなくてごめんね。書置きとかしておけば良かったね。本当にごめん。お花ありがとう。凄く嬉しかった。最初は誰だろうって思ったけど、カードを見て直ぐに琴美ちゃんだって思ったんだ。だって、琴美ちゃんの字だったから。でも不安でつい電話をかけちゃった。迷惑だったかな。でも、僕は楽しかったよ。琴美ちゃんと星の話が出来て楽しかった。琴美ちゃんが、僕達の約束が果たせるように星に祈るって言ってくれて嬉しかった。ありがとう。僕もあの日から、ううん、本当はずっと前から、琴美ちゃんがピアニストになれますようにって祈っていたんだ。皆には秘密だからね。

 発表会はお祭りの日だったね。もしも違っていたら、僕の友達を紹介して一緒に回りたかったな。その日はその中の一人の誕生日だったんだよ。だから、友達が増えたら嬉しかったと思うな。そこだけ残念。琴美ちゃんの演奏。僕のところまで届いたよ。祭囃子にも負けてなかった。弾いていたのは、あの日と同じ曲だよね。夕暮れの中で聴こえて来て、きっと今日の星は綺麗なんだろうなって思った。その通りだったよ。やっぱり、琴美ちゃんは凄いね。

 琴美ちゃんとの思い出は他にも沢山ある。その一つ一つがとても大切で大好きな思い出。そんな素敵な時間を過ごせて楽しかった。ありがとう。

僕が今日、星を見に行けるのは琴美ちゃんのおかげだと思うんだ。毎日、僕のために祈ってくれたからだって思ってる。本当に、本当に、ありがとう。琴美ちゃんはとっても優しいね。だから、今度は僕が琴美ちゃんの夢が叶うまで願い続けるよ。琴美ちゃんは僕に沢山してくれたのに、僕はこれくらいしか返せない。ごめんね。

 琴美ちゃんはの僕に沢山の勇気をくれました。僕を救ってくれたのは、琴美ちゃんの優しさ。琴美ちゃんの奏でる音楽。琴美ちゃんがいてくれたから、今の僕があるのだと思う。ありがとう。僕に生きる希望を与えてくれてありがとう。

 僕はもうすぐで旅に出ます。行ったら一生戻ってくることが出来ない旅。でも、寂しくなんてないよ。僕はいつでも、何処にだっているよ。僕は空の一部になる。少し距離はあるし、触れることも出来ないけど、ちゃんと目に見えるところにいるから。だから、寂しいときは、辛いときは、空を見上げて。僕も一緒に泣くから。嬉しいときは、楽しいときは、僕も輝くから。琴美ちゃんは一人じゃないよ。僕がいるから。ちゃんと見守っているから。

 空は繋がっている。何処までも、何処までも繋がっている。終わりなんてない。日本にいなくても空は変わらないでしょ?だから、安心してね。

こんなにも長い文章を読んでくれて、本当にありがとう。

 最後になるけど、今まで本当にありがとう。

 優しい琴美ちゃんのことが大好きです。

 心に響く琴美ちゃんの音楽が大好きです。

 琴美ちゃんと友達になれて、出会えて本当に良かった。ありがとう。

 琴美ちゃんの夢が叶うことをいつまでも願っています。

 いつまでも応援しています。

 また、琴美ちゃんのピアノを聴かせてください。

 またね。

 雫より』

 何度も何度も読み返した。

 何度も何度も泣いた。

 ありがとう。ありがとう。

 何度も何度もそう呟いた。

 涙を袖で拭い、時計を見ると、丁度、二十三時を指していた。

 私は窓へと駆け寄った。

 見れなくたっていい。流星群にこだわりはしない。彼と最後の一瞬まで共有したい。

 でも、本当は流星群が見たい。

 勢いよく窓を開けた。

 「う、そ」

 そこには、いつもの空とは比べものにならないくらいの星達が輝いていた。

 夜空を駆ける流星群。瞬く星達。煌めく月。

 そのすべてが夢のようで、幻想的で、とても美しかった。

 「奇跡は起きるんだね」

 今ここで、見れないはずの空で星を見ることが出来た。だから、雨空くんたちも絶対に見れてる。根拠はないけどそう思う。繋がった空がそう言っている。

 約束を果たせたんだね。良かった。本当に良かった。

 再び涙が溢れてきた。

 そうだ。お願いごとをしなくちゃ。

 「雨空くんが幸せになれますように」



 その翌日、雨空くんが亡くなったと連絡が入った。そしてその二日後に告別式が行われた。

 参列者は学年全員だった。長期休暇で本島の方に行っていた人達も直ぐに戻ってきていた。それくらい、彼は人気者だった。誰からも愛されていた。誰しもが彼の死を惜しんだ。

 彼と仲の良かった彼らは以外にも涙を見せなかった。

 いや、以外ではない。他の人からすれば強がりに見えているのかもしれないが、私は違う。私は知っている。あの夜に何があったのかを。彼らがどんな思いだったのかを。彼らなりに求めた終わり方だったのだ。幼い頃の約束を果たす。なんて素敵な終わり方なのだろう。

 あの夜、私が願ったことは未来永劫であってほしい。彼がいつ幸せだと感じるかはわからない。もしかしたら、もう幸せかもしれない。そうなのだとしたら、その幸せが続いてほしいと思う。まだ幸せでないのなら、旅の途中でみつけてほしい。でも、彼のことだから「誰かの願いが叶ったときが幸せ」だなんていうのだろう。そうして、沢山の人が幸せになって、ようやく自分も幸せを感じるのだろう。それか、彼らと再会して再び星空を見ることが出来たときか。将又その両方か。

何にしたって、私は彼の幸せを願い続ける。

 だって、星に願えば叶うと知ってしまったから。

 私に順番が回ってきた。

 「またね」

 私達はまた出会える。



 懐かしい記憶が脳裏を駆け巡った。

 潮の香りを全身で感じながら、空を見上げた。そこには美しい青空が広がっていた。その広大な空をカモメが優雅に飛んでいる。

 あれから数年が経ち、私達は大人になった。

私は、今日この日をもって島から出ることになった。ピアニストとしての道を進むために。

 先日、島に観光に来た人が私のピアノを聴いて、絶賛してくれた。その人の知り合いに有名な音楽家がいるらしく連絡を取ってくれたのだ。勿論、実際にその人の前でも演奏したし、本人であることは確認済みだ。そして、またしても絶賛してくれた。彼は言った。

 「ここにいてはもったいない。君の演奏は生で聴いてこそ生きる。だから、私と一緒に来てほしい。今度、大きなコンクールがある。審査は初めから演奏によるものだ。君の素晴らしさが必ず伝わる」

 私に迷いはなく、二つ返事だった。

 あのとき、雨空くんに打ち明けていなかったら、音楽室での練習がなかったら、そもそも彼に出会っていなかったら、絶対になかった未来。

 この島に来て良かったと、改めて感じる。

 雨空雫は私のヒーローだ。

 それは今も昔も絶対に変わらない。この先の未来もだ。

 「琴美、そろそろ出港だ」

 「すぐに行きます」

 船に乗れば、ここにはしばらく帰って来れない。もしかしたら、一生帰って来れないかもしれない。それくらい大きな決断なのだ。

 この島とこの空とお別れするのはとても寂しい。

 だから私は空を見上げる。

 もう大丈夫だ。

 一本の花を手に持ち、胸に当てた。花の名前はヒャクニチソウ。

 「空まで届けるから」

 ヒャクニチソウにそっとキスを落として、海へと飛ばした。

 「行ってきます」



 ヒャクニチソウの花言葉は『亡き友をしのぶ』



 ~fin~

 この度は『星降る夜に、僕らの願い』を読んで頂き、誠にありがとうございます。作者の碧咲明葉です。

 このお話は今年の四月に完成した、私の二作目の長編小説です。つまり過去作品です。今まで載せなかったのは、純粋に載せるのを忘れていたからです。というか、載せるという考えすら頭になかったからです。ただバカなだけです。

 さて、皆様は《星》と聞いて何を思い浮かべますか?

 私は《道標》です。暗くて先の見えないとき、空に輝く一つの星が、きっと行き先を知らせてくれる。そう思い、この物語を書くことにしました。

 彼らは何度も彷徨いました。それでも先に進めたのは《友人》という星があったからです。手と手を取り合って共に歩んでくれる友人がいたから、ゴールまで辿りつけたのです。

 どうか、星をみつけてください。

 この物語が、貴方の星をみつける手助けになれば、作者としてはこの上ない喜びです。


 H28.7.13 碧咲明葉

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