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星降る夜に、僕らの願い  作者: 碧咲明葉
4/7

第三話 夕暮れのノクターン

 1



 一番古い記憶と言えば、五人で初めて遊んだあの日。三歳のとき。その日から僕達はずっと一緒にいた。島に学校が高校以外一つしかないからと言うのもあるかもしれないけれど、毎日のように顔を合わせ、話をするのは、きっと彼らだけ。他にも友達はいるけれど、やっぱり彼らといるときの方が楽しい。それは今も昔も変わらない。この先もきっと変わらない。

 一番思い出に残っている記憶は、皆で星を見た日。小学三年生のとき。あの景色は、昨日のことのように憶えている。勿論、約束のことも。あの場所は夕くんが昼間にみつけて、夜にこっそり抜け出して星を見たんだ。とても大切な思い出。

 一番悲しかった記憶は、皆の笑顔が消えた日。

 一番嬉しかった記憶は、皆に笑顔が戻った日。

 一番楽しかった記憶は、十七歳の誕生日。

 一番辛い記憶は、皆と一緒に生きていけないと知った日々。



 小学五年生の春。僕は頻繁に腹痛を起こすようになった。最初は市販薬でも何とかなった。でも、段々効かなくなっていった。成長期にはよくあることだって聞いた。だから気にかけなかった。皆の前では、ただの腹痛だし、心配をかけたくなかったから何も言わなかった。どんな時でも笑って誤魔化した。

 しばらくすると、それすらも難しくなるときが増えた。流石に何かおかしいと思い、島で一番大きな総合病院に行った。慢性胃炎だと診断された。薬をもらった。成長期だからじゃないのかと少しだけ落ち込んだ。

 高校一年の春。薬が効かなくなった。それどころか、酷くなっていく一方だった。食事を摂れば気分が悪くなった。必然と体重も減った。病院に行った。

 胃癌だと発覚した。

 よくあるケースらしい。慢性胃炎から胃癌になるのは。難しいことはわからなかったが、癌だということだけはわかった。

 僕は治療をしないと言った。誰にも迷惑をかけたくなかったから。治療費なんてバカにならない。そんなお金なんて何処にもない。あるのだとしても、僕のためではなく、もっと多くの誰かを助けるために使ってほしい。それに、皆に気を使ってもらいたくなかった。

 今思えば、なんてバカな選択をしたのだろうと思う。でも、同時に僕の選択は間違っていなかったと思っている。



 翌日は普通に学校に行った。まだ着慣れない新しい制服はとても輝いて見えた。女子はセーラー服で、男子はブレザー。皆とてもよく似合っていた。僕は背も低いから中学生みたいだねってよく言われた。それでも、楽しかったから良かった。

 クラスは僕だけが離れてしまった。都合が良かった。心配をかけることもない。でも、教室にだって彼らと同じくらい大切な友達だっている。

 「雨空くん、おはよう」

 「雫、おはよー」

 「はよー」

 「うん。おはよう」

 心が痛かった。いつ癌が進行するかもわからない。いつ倒れてしまうかもわからない。その選択をしたのは紛れもなく僕だ。仕方がないことなんだ。

 何度も何度も泣いた。何で僕なのだろう。僕が何をしたのだろう。何で僕は彼らと生きていけないのだろう。そう遠くない未来で僕は確実に死ぬ。それっていつだろう。後どれくらいの時間を彼らと過ごせるのだろう。考えたってわからない。

 人間は死んだらどうなるのだろう。僕は何処に行くのだろう。僕という個体は、魂は、どうなるの。幽霊にでもなれば、皆の傍にいられるのかな。幽霊でなくとも、僕が僕としていられるのなら、それはそれでいいのかもしれない。全部推測だからわからないのだけど。

 どれだけ泣いても、どれだけ笑っても、時間は止まることを知らない。その時間を取り戻すことは出来ない。なら、泣くよりは笑っている方がずっと良い。ずっと幸せだ。皆との思い出を増やしていこう。僕の人生は僕のモノだ。道を切り開くのも僕だ。針山かもしれない、茨の道かもしれない。でも、僕は死ぬまで僕でいたい。



 2



 再び訪れた春。このとき、既に癌は『進行胃癌』という状態になっていた。こうなってしまうと進行する速度があがるらしい。文章や言葉で説明されてもピンとこない。そのうち、身をもってわかることだ。無理に考えなくったって良い。

 四月二十日。夕くんが何の前触れもなく言った。

 「なあ、今年の夏休みどうする?」

 皆、困惑していた。夕くんは少し抜けたところがあるけど、まさかGWを飛ばして夏休みのことを話し出すほどだとは思わなかった。それに、夏まで僕が生きている保証はない。でも、笑うって決めたのだから、病気のことは差し引いて話を続けた。

 「今年は、皆で島の外に泊まりに行きたいんだ!だから、早めに決めておきたくて」

 「いや、幾ら何でも早すぎるだろ!」

 「ナイスツッコミ」

 お笑い芸人のようなやり取りをする三人。月子ちゃんが少し呆れたような顔でみつめている。でも楽しそうだ。

 「良いんじゃない。来年はきっと遊べないだろうし」

 今年は進路選択をしなければいけない。どんな選択でも、僕達が今のように過ごせる時間は僅かになったしまう。だから、そう言ったのだと思う。もっとも、進路選択があろうとなかろうと、僕は後一年以上も生きていられないだろうから、どちらにしろ最後の夏になるのだけど。そんなことは口が裂けても言えない。だから、行けるかもしれないという希望的観測を乗せることにした。

 「楽しみだね」

 そのすぐ後に月子ちゃんが補修の話を出したので、太陽くんと夕くんが死にそうな顔をしたので、月子ちゃんが付きっ切りで勉強を教えることになった。これで安心かな。

 ようやく訪れたテストの日。僕はあまり体調が良くなかった。それでも、皆の為に頑張った。けれど、中間テスト三日目。テスト終わりに熱を出した。太陽くんにおぶられて家まで帰った。昔は背丈や体格もあまり変わらなかったのに、今はこんなにも違う。大きくて温かい背中。その背中で、きっと皆を守ってくれる。そう思った。

 癌は転移するときに熱が出るらしい。ネットで見ただけだから本当かどうかはわからない。僕は本当だと思う。熱を出すことが増えて来ていたし、今回に限っては四日も続いたのだからそう思いたくもなる。

 その翌日は学校に行けた。テストが全部一気に返ってきたから、少しショックが強かった。欠点はなかったけれど、今までで一番悪い成績だった。人生最後のテストになるんじゃないかと思っていたから、成績が下がってしまって残念だ。太陽くんと夕くんは頑張ったのだけど一歩及ばなかったみたい。とても悔しがっていた。それと同時に期末への意気込みを感じられた。頑張ってほしいな。

 次の日、また熱が出たので学校を休んだ。起き上がるのも困難だったので、そのまま寝ることにした。時々目が覚めたりしたけど、やはり起き上がれなかったのでまた寝た。ちゃんと目が覚めたのは夕方だった。そろそろ大丈夫かと思い、体を起こし立ち上がった。けど直ぐに景色が歪んだ。何で僕は倒れているのだろう。立ち上がったはずなのに。おかしいな。身体を動かそうとするも、鉛のように重くてピクリともしない。再び強烈な眠気に襲われて、僕はそのまま眠りについた。

 次に僕が目を覚ましたのは一週間後のことだった。

 一番初めに目に映ったのは、月子ちゃんのお母さんの香苗さんだった。でも、そこに月子ちゃんはいなかった。先にお母さんだけ来たらしく、もうすぐ着くそうだ。香苗さんは直ぐに月子ちゃんに電話をかけた。月子ちゃん伝いで、皆来てくれるらしい。香苗さんは「邪魔すると悪いから」といって病室から出ていった。

 次に病室に来たのは月子ちゃん達ではなくて、担当医の牧野さんだった。険しい顔で僕をみつめている。なんとなく言いたいことはわかった。

 「雫くん。目が覚めたばかりで申し訳ないのだけど聞いてもらえるかい?」

 「気を使わなくていいですよ。大方の予想はついていますので。覚悟なんて、治療を選ばなかった時点で出来ているはずですから」

 「わかった。単刀直入で言う。癌が全身に転移しているのがわかった。もって後三ヶ月だよ。自分の好きなようにしなさい」

 「はい」

 牧野さんは悲しそうな顔をして出ていった。

 ついに来てしまった。僕の死へのカウントダウンが。三ヶ月ということは、丁度夏が終わる頃か。夏は迎えることが出来るけど、島の外へは行けそうにないな。残念だな。行きたかった。生きたかった。もっと長く。そしたら、皆と島の外に行けたのに。何でこのタイミングで。何処まで僕は運がないのだろう。せめて、最後の思い出としてこれくらいは叶えたかったのに。何で。

 自然と垂れてくる涙。

 病室の扉が開き、そこには皆がいた。

 「ごめんね」

 その言葉しか出て来なかった。



 僕が目を覚ましてから、皆は毎日のようにお見舞いに来てくれた。特に太陽くんは本当に毎日来てくれた。それがとても嬉しかった。その日学校であったこと、行き帰りであったこと、いろいろな話をしてくれた。僕も一緒に体験したような気持ちになれた。でも、時々皆が暗い顔をする。一週間が経った日に太陽くんに聞いてみた。

 「ねえ、どうして毎日お見舞いに来てくれるの?」

 「雫といたいから」

 声が僅かに震えていた。彼の手を見ると、左手で右手の甲を触っていた。これは太陽くんの癖。小さな時からずっと変わらない、嘘を吐くときの癖だ。

 「嘘。太陽くん、嘘を吐くときに手の甲を触るでしょ?今、触っている」

 僕がそういうと素早く手を隠した。より一層表情が曇っていく。そうか。もう知っているんだね。

 「そっか。聞いちゃったんだね。大丈夫。僕も知っているから」

 窓の外には、梅雨入り目前にも拘らず澄んだ空が広がっている。

 「僕が、後三ヶ月も生きられないからでしょ?」

 自分でも驚くほど簡単に出て来た言葉。乾いた言葉。枯れてしまう前に水をあげないといけない。心に落ちた雨音。雨は痩せた土地を潤す。きっと誰の心も同じだ。

 ごめんねと謝れば大雨になった。その範囲はどんどんと広がっていく。

 蒼空太陽くん。夜空月子ちゃん。茜空夕くん。雪空冬花ちゃん。僕の為に涙を流してくれている。温かい言葉をかけてくれる。傍にいてくれる。こんなにも嬉しいことはない。優しくて頼りになる自慢の友達。大好きな人達。

 沢山泣いた後、そのまま眠りについた皆の顔を眺める。赤く腫れるまで泣き明かした目。それを見ていると、また涙が零れてしまった。皆、知っていた。だから、毎日のように来てくれた。僕との時間を過ごす為に。僕が死んだ後の時間を埋めるために。僕がここにいることを証明するために。僕の居場所を伝えるために。もう一人で悩まなくていいんだ。そう思った途端に安心したからか眠くなってきた。

 「おやすみ」

 僕も同じように眠りについた。

 目が覚めたのは二十一時になる少し前だった。僕が最後だったらしく、今、太陽くんと冬花ちゃんが飲み物を買いに行ってくれてるらしい。月子ちゃんの携帯に冬花ちゃんからメールが届いていたとのこと。

 数分もしないうちに扉が開かれた。帰ってきたのは太陽くんだけだった。

 「冬花ちゃんは一緒じゃないの?」

 「あ、な、何かトイレ行ってくるってよ。後、母さんが連絡しとくから泊まっていけって」

 明らかに様子がおかしかった。それに、手を見るとやはりあの癖が出ていた。意識をしても改善されない。寧ろ、意識をしているときの方が癖が出る。なんて皮肉なのだろう。頭に過ったのは、一番起きて欲しくないこと。

 「これ、リンゴジュース」

 「ありがとう」

 表情が暗く見えるのは外が暗いから?ねえ、どうして?どうして笑ってくれないの?悲しいよ。辛いよ。苦しいよ。

 後から帰ってきた冬花ちゃんの目が寝る前よりも赤くなっている気がするのは単なる錯覚?

 わからないよ。僕はどうすればいいのだろう?



 翌日の九時頃。雨が降ってきた。いよいよ本格的に梅雨入りとなりそうだ。雨はほんの数分足らずで土砂降りになった。学校にちゃんと傘を持って行ったかな。濡れて風邪をひいたりしなければいいけど。ちゃんといつもみたいに話せているかな。

 急に扉が開かれた。そこに立っていたのはびしょ濡れの太陽くんだった。様々な疑問が頭に浮かんだけれど、まずは風邪をひかないようにちゃんと拭かなければいけない。手を擦り剥いているから、きっと転んだんだ。膝も怪我をしているかもしれない。手当てもしないと。もしもの為にと、自分の救急セットを持っていて良かった。

 タオルを頭からかけている彼。傷もそこまで酷くなかった。ぽつぽつと彼は語りだした。

 冬花ちゃんと喧嘩をしてしまったこと。それを何とかしようとしてくれた月子ちゃんとも喧嘩をしてしまったこと。悩みがあったこと。

 僕は何て言ったらいいのかわからなかった。そうなのだろうとは思っていた。一番起きて欲しくないことだったから。僕は、口が動くままに自分の気持ちを伝えた。太陽くんは昨日のように泣いた。本当に泣き虫になっちゃったのかな。でも病室を出ていった彼の顔はとてもすっきりしたような顔をしていた。力になれたのなら良かった。

 今、僕に出来るのはこれくらいしかないから。次に来たときには、笑っていて欲しいな。

 その願いが叶ったのは六月十二日、僕の誕生日だった。いきなり車いすに乗せられたかと思えば、小児科の方に連れて行かれた。辿り着いたのは小ホール。太陽くんと夕くんが扉を開けると、部屋中星で埋め尽くされていた。中には月子ちゃんと冬花ちゃんもいた。

 「せーの」

 「誕生日おめでとう、雫!」

 サプライズだった。いつの間に準備をしたのだろう。そう言えば、昨日は珍しく太陽くんが来なかった。他の皆も入れ違いや先に帰ったりしていた。これの準備をするためだったんだね。全然気が付かなかったよ。

 「実はまだあるんだよ」

 そう言うと冬花ちゃんは手で僕の目を覆った。微かに聞こえる何かを運ぶ音。その音は僕の前で止まった。夕くんがカウントダウンを始める。

 「3、2、1、オープン!」

 解放された瞳が映したのは、蝋燭の立ったケーキだった。とても嬉しかった。毎年、誕生日は皆に祝ってもらっていたけど、ケーキを囲んでの誕生日会なんていつぶりだろう。小さい頃に戻れたみたいでとても嬉しかった。

 すぐ傍で夕くんと冬花ちゃんが小競り合いをしている。それを無視して月子ちゃんが僕に話しかけた。太陽くんは少し難しい顔をしたけど、すぐに優しい笑みを浮かべた。

 「大体ね、私の方が誕生日後だから。夕の方がジジイだから」

 「ジジイは敬うものじゃないんですかー」

 「そんなジジイを敬うわけないでしょ!」

 「お前らいい加減にしろ」

 「喧嘩はダメだよ!」

 「全く。雫の誕生日なのよ」

 「わ、悪かったよ」

 「ごめんね」

 皆ほぼ同時に吹き出した。いつもの時間。よくこうやって笑いあった。小競り合いも、仲介も、歯止めも、少しの毒も、全部僕達だからこそ笑いあえる。ずっと見たかった笑顔。やっぱり、皆は笑っていなくちゃ。皆の笑顔が僕は一番好きなのだから。

 「ちゃんと笑えたね」

 「何か言ったか?」

 「ううん。何も」

 呟いた言葉はその場に落ちた。それでいい。

 「これ、皆からの誕生日プレゼント。太陽と冬花が選んでくれたのよ」

 「ありがとう!」

 早速開けてみると、中身は星座に関する神話の本だった。前々から欲しいなと思っていたから本当に嬉しかった。大事に読もう。そして憶えて話してみよう。聞いてくれるかな。

 面会時間終了が迫り、片付けを終えてから病室に戻った。入ったとき仄かな香りが漂ってきた。その正体はお花だった。一緒に添えられているメッセージカードにはお祝いの言葉が綴られていた。この字を書く子を僕は知っている。去年同じクラスだった子だ。冬花ちゃんに心当たりを聞かれたけど、夕くんの声に掻き消されてしまった。今思えば、不用意に口に出さなくて済んで良かったのかもしれない。もしも違っていたら失礼だからね。でも、僕はあの子だと思ってちゃんと言葉にした。

 「ありがとう」

 騒がしくなった部屋では誰の耳にも届かなかった。



 3



 時間的には夕方だというのに、まだ空は明るい。そろそろ皆が来るような気がして、読んでいた日記を閉じた。小さな頃から書き続けてきた日記。そこには沢山の思い出が詰まっている。文字だけなのに不思議とそのときの感情や、見た景色など様々なことが思い出せる。日記を書いていて本当に良かった。

 日記を引き出しに直したとき、丁度、皆が来た。

 「お待たせ」

 「全然待ってないよ。月子ちゃんも冬花ちゃんも浴衣、凄く似合ってるよ!」

 「そうかしら」

 「ありがとう」

 夜のような深い紺色の浴衣と、雪のように白い浴衣。どちらも彼女達の名前に沿っていて、尚且つ似合っている。普段と違って、長い髪を結っている月子ちゃんも髪飾りを付けている冬花ちゃんも可愛らしい。

 「じゃあ、行くか!」

 七月二十五日。今日は夏祭り。

 「そうだ。太陽くん、誕生日おめでとう」

 そして、太陽くんの誕生日。だから、一人一つずつ屋台の中から選んでもらおうということになった。誕生日プレゼントなのだから、もう少し豪華なものにしたかったのだけど、太陽くんが遠慮した結果こうなった。渡すことが大事なわけではない。そこに気持ちがあれば充分なんだ。これも一種の形ということ。

 院内でも聴こえていた祭囃子は、外に出るとより一層聴こえてきた。僕のように入院している人達も楽しめるようにと、比較的近くで行われているからだ。一番初めにこの祭りを考えた人は、きっと素敵な人なのだと思う。

 「じゃあ、順番に太陽と二人で回って。一周して来たら交代ね」

 何だか肝試しに行くような回り方だな。それはそれで楽しそうで良い。事前にくじ引きで決めた順番は、冬花ちゃん、月子ちゃん、夕くん、僕。僕が帰ってきたら、最後に皆で一周してから病院に戻るという予定になっている。帰ってくるのを待っている間は、近くのベンチに座っておくことになった。

 「なあ、太陽が何を持って帰ってくるか予想しようぜ」

 「面倒くさい」

 バッサリと切られてしまった夕くん。ちょっと、可哀想。楽しいと思うけどな、予想大会。やろうやろうとごねる彼に呆れたのか、単純にやりたくなったのか、月子ちゃんも参加することになった。

 「私、フランクフルト」

 「俺はだな。うーん、唐揚げだな」

 「じゃあ、ポテトフライで」

 この中に正解はあるのか否か。こうやって考え出すと早く帰って来ないかなと思ってしまう。夕くんが変なこと言うからだよ。

 数分後、帰ってきた彼が手に持っていたのはフランクフルト。つまり、月子ちゃんが正解だ。やっぱり、月子ちゃんは凄いな。

 「はずれたかー」

 「お前、しょうもないことするなよ」

 「良いじゃん。暇なんだしよー」

 「しりとりでもやってろ」

 太陽くんの一言で、月子ちゃんが行っている間はずっとしりとりをしていた。そしたら、帰ってきた二人に呆れられた。太陽くんが言ったからそうしたのに。夕くんと二人で拗ねたら、月子ちゃんが飴玉をくれた。射的の残念賞らしい。ということは、二人で射的をやってきたということになる。僕の番までやりたいこと、食べたいもの残ってるかな。

 次に帰って来たとき、二人の手には焼き鳥が握られていた。こういうところで食べる焼き鳥って美味しいよね。冬花ちゃんにはジジ臭いって言われていたけどね。

 そしてようやく僕の番になった。

 「行くか」

 「うん」

 車椅子を押してもらい、祭りの中を進んで行く。僕の車椅子を押してくれるのは、いつも太陽くんだ。何故だか誰にも譲ろうとしない。彼のことだから、単純に押したいからとかではなくて、もっと優しい理由なんだろうな。きっとそうに違いない。今日はそんな優しい彼の誕生日。一生に一度の十七歳の誕生日。沢山、感謝の気持ちを伝えよう。沢山、大好きを伝えよう。そして、また新しい思い出を作ろう。いつの日か、日記で今日のことを読んだときに楽しかったと言えるようなそんな日にしよう。

 例え、読むのが僕でなかったとしてもね。

 「太陽くん、何がいい?」

 「雫は何がいいんだよ」

 「僕じゃなくて、今日の主役は太陽くんでしょ!」

 「そう言われてもだな」

 何かいいものはないだろうか。きょろきょろと辺りを見渡す。食べ物系は微妙だし、射的はさっきやったみたいだし。どうしようかな。

 「あ」

 「何かみつけたの?」

 「うん。あれ」

 彼が指さす方にあるのはくじ引き。くじ引きと言っても、よくあるゲームとかのではなくてフリーマーケットみたいな感じのモノ。使わなくなったものや、封を切られることなく家に置いてあるものを、安く販売している。その形式がくじなのだ。景品は生活用具やらが多い。加湿器のような電化製品まで置いてある。何て太っ腹なのだろう。

 「使えそうなものが多いし、運試しということで」

 「了解しました」

 店主さんに二回分のお金を払う。そのうちの一回は僕の分だ。何となく僕も運試しをしようかと思ったからだ。

 「あ、タオルセットだ」

 太陽くんが当てたのは、何かの席でもらったような未開封のタオルセット。確かに、こういうのは開けずに閉まっておいてしまう。

 「雫は?」

 引いた紙を開けてみると『ラジオ』と書いてあった。大当たりと言って良いだろう。

 「良かったな」

 「うん!」

 これがあれば日中、太陽くんたちが来るまでの時間が潰せる。運が良かった。

 皆のいる場所に戻ると、夕くんに強請られたが流石にあげなかった。当然だけど、冬花ちゃんに怒られていた。その後、予定通り皆で回った。夕くんは食べ物ばかり買って、また冬花ちゃんに怒られていた。それが何だかおかしくて笑ってしまうと、今度は僕が夕くんに怒られた。恥ずかしかったのかな。珍しい。

 空が夕暮れに染まり始めた頃、何処からか祭囃子に混ざってピアノの音が聴こえてきた。夜を連想させるようなその曲は素敵だった。その音を聴きながら、僕達は病室へ戻った。

 「じゃあ、私達は帰るわね」

 「うん。バイバイ」

 僕を送り届けた後、皆はすぐに帰っていった。もう少しいて欲しかったけど、僕の身体に障るといけないからと言って帰ってしまった。もしかしたら気付かれたのかもしれない。

 皆が来るまで読んでいた日記を開いた。これは数日前のもの。

 『最近、何だか食欲がわかない。前よりもずっと。後一ヶ月も経てば死ぬからかな。皆にはなるべく気付かれないようにしないと。でも、やっぱり言った方が良いのかな。どうだろう。わからないよ。どっちにしたっていつかはバレてしまう。それでも、食事が摂れなくなってきただなんて、どうしても言い辛い。もう皆と何かを食べれないだなんて、悲しい。でも、それは仕方がないことなんだよね。嫌だな』

 さっき、僕は食べ物を全く買わなかった。完全に食事が喉を通らなくなってしまった。だから、食べ物なんて買えない。僕は見ることしか出来ない。

 他にも、身体のあちこちが動かしにくくなってきた。日記もいつまで書けるかわからない。既に衰えてしまった足なんて、明日には動かないかもしれない。今、絶え間なく動いているこの心臓も、一ヶ月足らずで動かなくなる。もしかしたらもっと早く、それこそ明日止まるかもしれない。そんなの嫌だ。少しずつ、少しずつ、出来ないことが増えていく。意識がない状態でそのまま目を覚ますことなく死ぬのかもしれない。皆の顔を見ることなく死ぬのが一番嫌だ。

 何処からかまた、先程のピアノが聴こえてきた。外を眺めると、星が見え始めていた。やはり、この曲は夜を思わせる。なんて言う曲だったけな。とても心が落ち着く。ずっと聴いていたくなる。僕の願いが通じたのか、ピアノはしばらく鳴り続いた。

 演奏が終わったとき、僕は小さく拍手をした。外からは依然と祭囃子が聴こえるが、それだけだと物悲しくなってきたので、先程当てたラジオをつけることにした。幸運にも充電式だったので、コンセントに挿し込んで電源を入れた。

 『――――――なんでも、八月の中旬辺りに北の空でペルセウス座流星群がたくさん見れるそうですよ!―――――――』



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