恐るべし天丼
過日、ある和食屋さんにて天丼との仁義なき一騎打ちに挑んだ。
敵の名は「おどろきてんこ盛り天丼(仮名)」。これがまた、とんでもない猛者なのである。もし完食できたら、店の出入口付近に名前を書いた紙が張り出されるというおまけつきなのだ。
実際、三十人ほどの完食者の氏名がしっかりと掲示してある。
その中には女性の名前もあるではないか。
食欲が火だとすれば、店頭に氏名が掲示されるという名誉は石油もしくはガソリンである。私は体内で燃え盛る危険な炎にあおられ、店内に突入した。
ほどなく、オーダーした「おどろきてんこ盛り天丼(仮名)」が運ばれてきた。箸をかまえて臨戦態勢に入っていた私も、その姿に絶句する。
名前の通り、あらゆる天ぷらの種が一堂に集結している。
中央に陣取るのは二本の海老天。その周囲をがっちりと固めるのが、白身魚・いか・ピーマン・なす・しいたけ・さつまいも・かぼちゃなどの面々だ。その他にも、複数の天ぷらが身をひそめているような気配を感じる。
つまり、この丼は天ぷらの小宇宙と化しているのであった。
普通の天丼を「平面」と例えるなら、この「おどろきてんこ盛り天丼(仮名)」は「3D」だといえる。立体化した丼として、食べる者の視覚をこれでもかとばかりに挑発するのだ。
丼の蓋は初めから外してあり、お盆の隅に置いてある。
早い話、3D天丼であるがゆえに蓋が閉められないようだ。
私は大きく箸を振りかぶり、卓上の小宇宙に挑んだ。
天ぷらはさくさくと香ばしく、甘辛いたれの風味も申し分ない。
私は過酷な断食から解放された後の第一食並みの勢いで、ごんごんと食べていった。
丼物を食べる場合、私は基本的に「垂直下降派」である。
まずは丼地層の表層にある具材を少し食べ、空いたスペースの下の米飯地層を食べ……という具合に、垂直方向へ食べ進めるのだ。
しかし今回は、表層である天ぷら層のボリュームがすさまじく、なかなか米飯地層までたどり着けない。ひたすら天ぷら層と戦い、嗅覚&味覚は油まみれとなった。
しかも。
海老やら白身魚やらを制覇し、野菜軍との死闘を終えてみると、さらなる試練が待ち受けていた。
米飯地層の中にラスボスがうずくまっていたのだ。
それは野菜のかき揚げ。厚さは二センチほど、大きさは掌より一回り小さいくらいのやつだ。春菊・玉ねぎ・人参などの野菜がぎっちりと衣で固められ、これまでの具材よりも一段とボリュームがあるのは疑いようがない。
「これをクリアせねば店頭に名前が張り出されない……」
私は名誉と達成感を自分の目の前にちらつかせ、ラスボス及び残っている米飯地層とがっぷり四つに組んだ。
しかし。
終盤に来ての重量級攻撃は、胃にも心にもかなりのダメージとなった。
ついに。
一見すると穏健&ヘルシーそうでいて、実は底知れぬ敵意と殺意を秘めていた野菜かき揚げと、少々の米飯地層を残し、私は白旗を上げて撤退したのであった。
これまでに完食者として名を連ねた猛者たちを、私は心から尊敬してやまない。
今度は、丸一日ほど断食した後に再挑戦しよう。