借金取立人と偏見
四角かったり丸かったりする柱がごちゃっとひとまとめになったような、不思議な形の高層ビルの側面には、大きな大きなディスプレイがたくさん付いていた。
画面の中では、目がキラキラ大きい美少女たちが歌って踊り、探偵が豪華客船の客室を調べ、魔法の杖から伸びるピンク色の光が冴えない青年に当たっている。
別のビルのディスプレイでは別のアニメーションが放映されていて。
嘘みたいに青い空と、ごく普通の繁華街に挟まれたそれは、とっても賑やかで、とっても不思議な感じがした。
グランデとバッソが大通りにあるカフェの窓際の席でコーヒーと紅茶を飲んでいると、隣に座る羊の男性と猫の女性が話している声が聞こえた。
「なあなあ知ってるか? この間捕まった通り魔の犯人、ニュースオタクだったんだってよ! 家に番組関連の本とかメッチャあったって!」
「えええ!? それホント? うわキモッ! やっぱニュースオタクは犯罪者予備軍だねー」
「ホントホント。何て言うか、頭カチカチ? 一つの事しか見れないって言うか、それが逆に歪んでる感じだよなあ~」
「ね~。あーやだやだそう言うヒト。関わりたくな~い! ……あっ! そんなことより、この間見たいって言ってたアニメ、借りておいたよ。ゆーたんが出てるやつ!」
「おっ。マジで? サンキュー!」
「ふっふ~ん、任せなさい! その代わり、『キラトネント』の原作とDVD貸して~! 二期始まったから、一期と原作全部見る~!」
「それが目的かよ! まあ良いけど!」
立ち上がった男女はまだきゃいきゃいと楽しそうに話しながら店を出ていった。
グランデとバッソは顔を見合わせ、それからコーヒーと紅茶をすする。
「色々だねえ」
「……」
バッソが頷いた。
その後しばらくのんびりして、グランデとバッソは店を出た。
繁華街から少し外れるとすぐに住宅街になって、所々に立っている地域の掲示板には、警察官の格好をしたファンタジーアニメのキャラクターが不審者の警戒を呼びかける張り紙がしてある。
二人は住宅街を進み、やがて、そこそこ大きな一軒家の前に立った。
チャイムを押してしばらく待つと、どことなく西洋風の玄関扉がガチャッと開いた。
細い隙間からにゅっと顔を出したのは、丸眼鏡を掛けた狼。
「こんにちは、中央銀行です」
「ああ、君らか。入りなよ」
そう言った狼が大きく玄関扉を開ける。
「おじゃまします」
「……」
軽く会釈をしながら、二人は中に入った。
「……」
「はい。確かに」
受け取った現金と、サインの書かれた書類を見て、グランデとバッソは一つ頷いた。
それから、目の前のローテーブルに置かれたものを見る。
「ライオネルさんがコーヒーと紅茶を出してくれるなんて、思いませんでした」
「……」
グランデが言うと、バッソもこくっと頷いた。
狼のライオネルが苦笑する。
「なかなか言うねえ」
「良いことでもあったんですか」
「まあね」
そう言って、ライオネルは近くにあったパソコンを操作する。
「ファンから、色々メッセージが届いたんだ。昨日の夜、書いた小説が原作のアニメの二期が始まってね。賛否両論だが、励みにもなるよ」
「なるほど」
「……」
グランデもバッソも頷いた。
二人はライオネルの書く小説のことは良く知らないが、自分が書いたキャラクターが動き、しゃべり、映像という形を取ることと、それを見た人たちから反響がある喜びは、何となく分かる。
グランデは、首を傾げてライオネルを見た。
「聞いてもいいですか」
「何かな?」
「この街は、楽しいですか?」
言うと、ライオネルは目をぱちぱちと瞬かせてから、
「楽しいね」
と言った。
「そうですか」
「うん」
頷いて、座っている椅子にぐぐっともたれる。
「僕の実家は、こういう趣味にすごく五月蝿くてね。というか、その地域自体が、こういうものを嫌悪する所だった。何が何でも、一番偉いのはニュース! 何が何でもニュース! アニメやマンガなんて低俗でクソ! みたいな。
でも、僕はアニメもマンガも、ライトノベルも好きでね。あの場所が息苦しくてたまらなくて、家出同然で飛び出したのさ」
ライオネルは、椅子の上でうーんと伸びをした。
そして、何か思い出したのか、クツクツと笑う。
「今じゃ、家族で一番稼いでるよ、僕。人脈も豊富だし、たくさんいる兄弟の中で一番最初に結婚したのも僕。……おっと、世間じゃ結婚と偉さは別に関係なかったね。不躾だった、忘れてくれ」
「構いませんよ」
グランデがそう言うと、ライオネルは笑ってありがとうと言った。
それから、マグカップの中身を一口飲んで、
「一応保身のために言っておくとね、僕は別にニュースが嫌いなんじゃなくて、他の価値観や意見を受け入れない、頭の悪い連中が嫌いなのさ。
自分の意見とそれに同調する人たちが正しくて、後は悪だってわめき散らしたり、電波使って特定の層にチクチク嫌み言うとか、それこそ低俗でクソだと思わない?」
「……自虐」
「コレは手厳しい!」
バッソの言葉に、ぴしゃりと額を打って、ライオネルは実に楽しそうに笑う。
しかし、その笑いとはたと止めて、今度は何か考えるように、顎に手を当てた。
「そうだ……次はアニメマンガ至上国家とニュース至上国家の全面戦争の話とかどうだろう。映像投影や編集技術の競い合いの冷戦と、技術は全然関係ない戦車と機関銃、血で血を洗う戦い、どっちが受けるかなあ?」
近くにあったメモ帳とペンを手に取って、ライオネルは子供のように、うーんと、とか、えーっと、とか唸りながら、あれこれ書き付けていく。
それを見ながら、グランデが言った。
「聞いていいですか?」
「何かな?」
「それはどちらが勝ちますか?」
その問いに、ライオネルは数度瞬きをした後、にやっと怪しげに笑った。
椅子の肘掛けに、頬杖をついて。
「聞いてもいいかな」
「質問に質問で返しますか」
「無粋な問には無粋な答えを返すものだよ」
「なるほど」
どうぞ、とグランデが言うと、ライオネルはにっこりと笑った。
「どっちが勝つと思う?」
その問いに、バッソは少し首を傾げて考えた後、
「本が出たら買います」
「おっ。嬉しいねえ~」
くるりと、ライオネルが持っているペンを回した。
「さて、生放送でみんなにこの案聞いてもらおうっと」
「楽しそうですね」
「ん? 興味あるんなら出てみる?」
「結構です」
「ちぇっ」
楽しそうに、ライオネルが言う。
「じゃあ、我々はお暇します」
「そう、じゃあ、またいつか」
「予定があるんですか?」
「うーん……。次にお金が入ったら、美味しいコーヒーと紅茶を用意しておくよ」
「招待お待ちしてます」
「……」
コクコクと頷くバッソとグランデを見て、作家の狼は、また楽しそうに笑った。
ライオネルの家を出て、二人は駅のある繁華街へ向かう。
「駅前の大きな本屋さんに寄ってみようか」
「……」
バッソが一つ頷いた。
大通りの喧噪が近付いている。
「……画集も」
「そうだね。見ようね」
上を向くと見える、大きなビルとディスプレイ。
銃を抱えた少年少女が、テレビ局へと駆けていく。
嘘みたいに青い空に上る太陽は、まだ高い。