【前編】 羊さんの話
※この小説には、かなりいい加減なエセ大阪弁が出てきます。苦手な方はご注意ください。
『えー皆さん、おはようございます。毎度お馴染みDJシープと……』
『スペシャルイケメンDJティガーさんやでー』
『ちょっとティガー、これ音声しか流れないんだからイケメンとか相手に伝わらないよ』
『いいやん、こんなんはなぁ、雰囲気だけ伝わればいいんや。フ・ン・イ・キ』
『顔の作りなんてどうやったって音声じゃ伝わらないと思うけどなぁ』
『まぁまぁ! それよりシープちゃん! さっさと今日の予報をしてやらんと、弱っちい奴がポロっと逝ってまうで!』
『おおっとそうでしたー! えー、では今日の危険予報でーす。えー本日はー、大喰らい谷の西は全体的に平和でしょう。しかし底なし沼付近と月下四天境界と天都郡では血の雨が降るでしょう。お出かけの際は武器の携帯にご注意下さい。以上、危険予報ラジオでしたー』
万年薄暗い魔界に、元気いっぱいの少女の声が響き渡る。だがその声に対して訝しむ者は、誰一人としていない。
「今日もシープちゃんは元気だねぇ」
「ティガーも相変わらずだなぁ」
「今日は月下四天境界まで買い出し行こうと思ってたけどやめとくかぁ」
「彼女誘って大喰らい谷にデートでも行くかな」
「死ねリア充が」
魔界の町の一角、様々な店が軒を連ねる大通りでは、そんな会話がそこかしこで交わされていた。会話をするのは、牛の頭をした大男や、鳥の足を持つ小柄な男、はたまた腕が6本ある緑色の肌をした化物など、人間とはかけ離れた容姿の者達が楽しそうに声が伝えた情報を話し合っていた。
誰も、声が伝えた情報を疑いもしない。誰もが、DJシープが言うのならばその通りなのだろうと彼女の声を受け入れていた。
魔界では、すでにDJシープとDJティガーが運営する『危険予報ラジオ』が一般まで浸透している証であった。
「おつかれさまー」
「はい、おつかれさん」
そんな会話が交わされたのは、危険予報ラジオが終了してすぐの時だった。そこには薄ぼんやりと光る球体が浮かび、その真下にはゆっくりと明滅する魔法陣が浮かび上がっていた。
球体の前には二つの影があった。一つは小さく、まるで子どものようにか細い影である。反対に、もう一つは大きく、その巨躯にはしなやかな筋肉が備わっているのが見て取れた。
「灯つけるよ?」
小さい影がそう言うと、薄暗かった空間に光が灯った。灯に照らし出されたその空間は、様々な機材が置かれたトレーラーのような空間だった。床には配線の代わりに魔力が這い、機材に接続されていた。
灯りをつけた影は、小さな少女だった。年頃は17、8くらい。黒い癖っ毛を短く切っている。あまり手入れをしていないのだろう。髪はあっちこっちにハネてまるで鳥の巣のような様体だ。その髪の合間からのぞき見えるのは、螺旋にうねった小さな角。羊を思い出させるそれは、少女をまるで黒羊のような姿に見えさせた。
もう一つの巨躯の影は、まるで猫のような男だった。外見は至って普通の人間の姿だ。少女のような角もなければ、先ほどの町の大通りにいた魔物たちのような特徴も持たない。ありふれた人間の姿であった。しかし、その目は常に細められ、まるで日向にいる猫を思わせた。髪はまるで炎を宿したかのような真紅である。上背があるくせに、その動きは俊敏で、ますます猫を彷彿とさせた。
「さてさて、今日のストレイの予報は当たるかねぇ?」
「まぁそりゃ100%だとは言わないけど、多分当たるんじゃないかなぁ。今までもとりあえずは当たってきたし」
ストレイと呼ばれた少女はそう言うと、横に置いてあった水瓶から水をすくい飲んだ。
「ナミルも飲む?」
「いや、ええわ。ありがとさん」
ナミルと呼ばれた男はそのままその場に寝転がり寝る準備を始める。
「もう寝るの? まだ朝だよ?」
「朝だから寝るんやで。これはれっきとした二度寝や」
呆れた声を出すストレイにそう言うと、ナミルはそのまま眠ってしまった。
硬い床の上でよく眠れるものだとストレイは呆れながらも、眠るナミルに布団をソっとかけてやった。
眠るナミルを眺めながら、ストレイは過去に想いを馳せていた。
そもそもストレイはこことは違う世界――日本で大学生活を送る、ごく普通の人間だった。異世界の存在など気づきもせず、ただ毎日を勉学とバイトに費やしていた。そんなストレイが魔界にやってくる切っ掛けとなったのは、ある日の交通事故だった。
その日もバイトに行くために、ストレイは道を歩いていた。歩道と車道が区分けされたその道に、ストレイは危険があるなどこれっぽっちも思っていなかった。そんな心の油断をつくように、それは背後から猛スピードで突っ込んできた。
それがいったい何であったのかは、最早ストレイにも分からない。何かがすごいスピードで突っ込んできて、車道と歩道を分けるガードレールすら巻き込んで、ストレイにぶつかってきたのだ。ストレイは考える。おそらくあれは、トラックか何かだったのだろうと。だが、それに目を向けることすらできず、前世のストレイは命を絶たれてしまったのである。痛みがあったのかすら覚えていない。ただ一生の内で最も大きな衝撃を小さな体に受けたことだけは覚えている。
その感覚の記憶に、怖気を感じることは最早ない。何度も何度も繰り返し思い出す内に、もう何も感じなくなってしまった。怒りを感じることすらなくなってしまった。
今世の自分の状況を嘆くこともしなくなった。そんな暇があれば一秒でも早く逃げなければ、今世のストレイの命も消えてしまうからである。
今世のストレイは、弱かった。この魔界において、弱いことは死ぬことと同義である。弱い者は強い者に殺されても文句は言えない。そもそも死んでしまえば何も言えなくなってしまう。弱い者に残された行動は、ただ『逃げること』である。
危険を感じたら、すぐさまそこから逃げる。魔界では弱いと死んでも仕方ないとされるが、だからと言って別に差別や弾圧をされるわけではない。わざわざ強い魔物が弱い魔物を追い掛け回すこともない。弱い魔物の死因はほぼ『巻き込まれ死』なのである。
魔物は己の強さに誇りを持っている。それ故に、その強さをしばしば見せつけたがる。その見せつけ方が『喧嘩』と呼ばれるものである。魔物は対した理由もなく喧嘩をする。戦う理由があればすぐさまファイティングポーズを取る。そして、弱い魔物はそんな喧嘩に巻き込まれて死んでしまうのである。
ストレイは弱い。この魔界の中でも五本の指に入るレベルで弱い。おそらく、そこらの魔物にちょっとぶん殴られただけで死んでしまうだろう。だが、そんな彼女が今なお死んでいないのは、彼女の特殊な能力によるところが大きかった。
ストレイには、危険を予測する『危険予知能力』が備わっていた。それは、彼女がこの魔界で生き残るための唯一の命綱とも言うべき能力であった。
彼女は未来予知のようにこれから起きる出来事をビジョンやイメージで見るわけではない。危険なことが起きるのがどこら辺なのかを直感で言い当てることができるのだ。彼女はこの能力のおかげで今日まで生き延びることができた。
そんな彼女がもう一人のDJナミルと出会ったのは、そんな逃走人生の最中であった。
ある日ストレイは、食料を調達するために街に立ち寄らなければならなくなった。しかし、立ち寄らねばならない街はストレイが危険を予測した街であった。本来であれば、その街を諦め違う街に向かうか、また日を改めるかするべきであったが、その時の彼女はもう一週間何も食べていない飢餓状態であった。逃走を繰り返し、魔界中を彷徨ったストレイにとって、その街に入らないことは餓死することを意味していた。
ストレイは危険を承知の上で、街に入るしかなかった。そして案の定、彼女は魔物の喧嘩に巻き込まれた。
予測していただけに、彼女は冷静に買い集めた食料を手に街の中を遁走した。その時、ストレイは薄暗い路地の中で倒れ伏す男の姿を見つけた。
いつもならそんなものには目もくれず、ストレイは逃げるはずだった。だが、その場で足を止めてしまったのは彼の姿を見たからであろう。ストレイの目は、しっかりと男の姿を捉えていた。かつて、彼女が生きていた世界の人々と変わらない、人間の姿を。
「やー、ほんま助かったわぁ。恩にきるでネェちゃん」
「や、まぁ、別に……」
軽いエセ大阪弁で話す男はナミルと名乗った。ナミルは、改めて見てもやはり魔物らしい特徴がなく、外見は人間そのものであった。勢いで助けてしまったが、ストレイはこの状況に困惑していた。
弱い自分が死なないように、彼女は様々な自衛をしていた。危険予測だけではなく、彼女はできるだけ魔物と関わりを断つことで、己の身を守ってきた。そんな彼女が、外見は人の姿をしているとは言え、他の魔物を助けたのは初めてのことであった。
「謙遜なんかしないでええんやで。ワイの姿見ればわかると思うけど、ワイ、メチャクチャ弱いねん。やからあん時ストレイに助けてもらわなかったら多分死んどったわ」
軽い口調で言っているが、ナミルの言葉は当たっているとストレイは思った。魔物の強さは、その姿を見ればわかる。人の姿に近ければ近い程弱く、人の姿から離れれば離れる程に強い。人の体に角しかないストレイは、まさに弱さの象徴とも言うべき姿である。
しかし、ナミルはその上をいく。人間とまったく変わらぬ姿。それは、魔物としては最弱であるということを意味する。
自分よりも弱い存在。そんなものに、初めて遭遇したストレイは困惑と共に後暗い喜びも感じていた。
『自分が一番弱いわけではなかった。自分よりも下がいた』
その考えが、どれほど下衆であるかは、ストレイ自身もわかっていた。しかし、振り払っても振り払ってもその考えは心の奥底から溢れてきた。その喜びが心にジワジワと染み渡ると、ストレイの口からある提案が飛び出てきた。
「……もしよければ……一緒に来る? 私もまぁ見ての通り弱小魔物なんだけど、今まで生きてこれたのには理由があってさ、実は危険を予測することが出来るんだ。さすがに他の魔物から守ってあげることはできないけど、危険から遠ざけてあげることはできる。どうかな?」
話すうちに興奮してきたのか、ストレイは最後にはまるで早口のような速さで言い切った。その瞳には期待と不安が混ぜ合わさり、ナミルのことをジッと見つめていた。
対するナミルは、まるでその言葉を予想していたかのように平然としている。『泰然』という言葉そのもののようなその姿に、ストレイは引っかかりを覚えた。
魔界最弱の魔物が、こんなにも余裕綽々でいられるだろうか。
そもそもこんなに明るい性格でいられるだろうか。
ナミルの姿は今まで死の恐怖を感じ続けながら生きてきた者の姿には見えない。それどころか、すべてを平伏せさせ、すべての頂点に立ち続けた者のような余裕すら感じられた。
「ほんまかー? そら嬉しいわぁ。これからよろしく頼むでストレイ」
糸のような目をさらに細め、ナミルは笑った。その笑みに、何故かストレイは背筋が凍った。自分はとんでもないことをしたのではないか。そんな気がしてならなかった。
ナミルとの共同生活は、大した問題もなく過ぎていった。ナミルは今まで最弱なりに上手く生きてきたらしく、買い出しの際安全に行ける裏道などを熟知しているようだった。食料の買い出しはナミルに任されることとなり、ストレイが喧嘩に巻き込まれることはほとんどなくなった。
そうなると、ストレイがすることは、ほぼなくなってくる。毎朝危険予測をし、そこに近づかないように気をつける。ナミルが買ってきた食料を食べる。それだけが繰り返される毎日に、ストレイは遂に限界がきた。
「暇だ……」
「ええことやで」
「良くない……」
グダグダと文句を垂れ流しながら食事をするのも、最近ではいつものことになりつつある。ストレイは文句を言いながら、何かすることはないかと考え続けていた。
ナミルとの生活は当初、ストレイにとっては自尊心を保つと共に、庇護欲を満たしてくれるものだった。魔界最弱であるナミルを、自分が危険から守っているという自負を、ストレイは感じていた。
しかし、日が経つにつれ、その感情はどんどん感じられなくなっていった。そもそも今まで一人で生きてきたナミルに対して、守ってやっているという感覚を感じ続けるのは無茶なことであった。
しかし、守ってやっている感を感じなくなった今でも、ストレイはナミルと離れるという選択肢はなかった。これ程長期間、誰かと一緒にいたことのないストレイにとってナミルは孤独を癒す唯一となっていたのである。
自分よりも弱い存在であるというのも大きい。自分よりも強い魔物など、いつ殺されるかわかったものではないが、ナミルならば殺される心配はない。安心して一緒にいられる存在は、ナミル以外この魔界には存在しないだろう。
ナミルに安寧を見出したストレイは、刺激のない毎日をどうするべきか考えていた。そしてある時、ふと思い出した。
この世界には、ストレイやナミル以外にも、弱い魔物は存在するという事実に。
「ねぇナミル」
「なんやストレイ」
ある日、いつものように食事を終えた時、ストレイはナミルにある提案をした。それは――
「危険予測ラジオ? 『らじお』ってなんやねん」
「ラジオって言うのはね、離れた不特定多数に声だけで情報を伝える情報媒体のことだよ。私の危険予測って弱い魔物にとってはすごい貴重な情報でしょ? だからその情報を皆に伝えれば、少しでも弱い魔物も死なずに済むんじゃないかなって」
ストレイがまだ日本で女子大生をやっていた頃、彼女はラジオを聴くのが趣味だった。色々な情報を聞いたり、DJが話す言葉を聞いたりして楽しんでいた。そして、災害時にはラジオから様々な情報を聞き、それを他の人にも伝えたりした。
彼女はそれらの経験を思い出し、自分の能力を自分たちだけではなく、他の弱い魔物のためにも使おうと考えたのである。
彼女の危険予測は、生まれたばかりの弱い魔物だけではなく、今現在逃げ続けている魔物のためにもなるはずだと思ったのである。
「いい考えでしょ?」
ナミルにニッコリと笑いかけてみると、彼は珍しく険しい顔をして押し黙っていた。
「ど……どうしたのナミル? なんか怒ってる?」
「……なんでそないな事するんや? 他の魔物のことなんか心配しなくてもええやろ。他の奴は他の奴でちゃんと自分の力で生きとるんやで」
今まで聞いたことがないほど低い声で、ナミルは唸るように言った。ナミルの髪が風もないのに揺らめき、まるで炎のように見えた。ストレイはそんなナミルの様子に困惑しながらも、言葉を続けた。
「だ、だって、私することなくて暇すぎて死にそうだし……それに私の能力が誰かのためになるなら、頑張ろうって気になるし……ダメかな?」
首を傾げながら尋ねると、ナミルは言葉にならない唸りをあげながら頭を抱えてしまった。
「……どーしてもやるって言うんやな?」
「どーしてもやるよ!」
ナミルの口から出た言葉に、ストレイは食い気味に答えた。
それからのナミルの行動は早かった。どこから調達してきたのか、魔界のすべての街に設置してある魔法石に繋げることができる魔導球を持ってきてくれた。そして他の様々な機材を一つの浮遊船の船内に設置してくれた。おかげで、どこに言ってもラジオの放送を行えるようになった。
ナミルは今回のラジオを始める際に三つの条件を出した。まず一つ目、ナミルも一緒にラジオに出ること。二つ目、ラジオでは本名を名乗らないこと。三つ目、自分たちが今現在いるところをラジオで明かさないことである。
これらの条件は、すべて自分たちの安全のためであるとわかった。
危険予測なんて便利な能力を他の魔物に知られたらどう悪用されるかわかったものではない。ナミルはそれを心配していたのだろう。
ラジオの1回目は、緊張のあまり噛んでしまった。魔物たちは「なんだあれ?」と顔を見合わせた。
2回目のラジオは、噛みはしなかったが書いてあった原稿をそのまま棒口調で読み上げた。魔物たちは「なんかよくわからんかった」とスルーした。
3回目ではやっとナミルと掛け合いらしい会話ができるようになった。魔物たちの中には「ちょっと面白かった」と言ってくれる者が出始めた。
4回、5回と回数を重ねる毎に、ストレイは上達していった。そして魔物たちも受け入れてくれていった。
そうして魔界の中で『危険予報ラジオ』は浸透していった。
「……イ、ストレイ、おい、起きんかいストレイ」
グラグラと体を揺すられ、ストレイはハッと目を覚ました。
ナミルの二度寝に呆れたくせに、ストレイもしっかりと寝てしまったらしい。ほんの少し気まずさを感じながら、ストレイは垂れていた涎を急いで拭った。
「な、何? ナミル?」
「はー……気持ち良さそーにグースカ寝てるとこ悪いんやけどなぁ、そろそろ場所移動するで」
「あ、うん。そうだね……て、グースカ寝てたのはナミルも同じでしょ!」
ストレイ達はラジオの放送が終わった後、場所の特定を防ぐためしばらくしたら移動する。しかし、二度寝をしてしまう辺り、そこまで重要ではないのかもしれない。
「次はどの辺りに行く?」
「せやなぁ、まぁ今度は九頭竜の谷辺りにでも行くか」
「九頭竜の谷って言うと美味しい九頭饅頭が有名だよね」
涎を垂らさんばかりのストレイに、呆れたような顔をしながらナミルは浮遊船の舵をとるのであった。




