第1話 俺が主人公!?
この世界には必ずと言っていいほど主人公がいる。
因みに主人公というのは、みんなのあこがれるヒーローのこと。例えば昔話の桃太郎、彼だって素晴らしいヒーローだ。特に理由もなくみんなを守る為だけに鬼を倒しに行く。よくある話だが、僕はいつだって彼にあこがれている。
そんな中、最近の主人公事情は大きく変わっている。
まず、やる気が見えない。さらには非日常を嫌って毎日同じ生活を求めている――は?ふざけるなよ?どんな設定だよ。主人公になりたくない奴が主人公ってなんだよ。主人公ってなれるものじゃなくてなるものだからね。
とにかく、今の時代は、やる気がなく、草食系、つまり『やれやれ系』主人公がこの時代で流行っている。
しかし、俺は変わらない。どんなに世界がやれやれしようとも、おれは桃太郎さんの気持ちを忘れない。
そう、俺が現代の桃太郎になってやるよ。
という妄想で、昨日は眠りに就いた。
いや、妄想なんかじゃない。これは、そう、夢だ。俺が主人公になるまでの物語になるんだ。
ふと、ベッドの時計を見ると、もう遅刻の時間、なんてことはなく普通に間に合う時間だ。
とくに早すぎることもなく、遅すぎることもなく起きる。それが俺のスタイル。
自分の部屋から出て、一階のリビングに向かう。リビングには、普通にお母さんとお父さんがいて、極め付けには兄貴までいる。なんの為かわからないけど、一応言っておくと、
俺に妹はいない。
「おはよう」
「おはよう、春馬。今日は、いつもより起きるのが11.8秒遅かったわね」
この人は俺のお母さんの、寿咲。時間にとても正確で毎日こんな調子だ。
「春馬、今日から新学期だろ? そんなにゆっくりしてていいのか?」
この厳しそうなのがお父さんの、寿鶯。いつも浴衣着てお茶を飲んでる。ってか一度もお父さんが働いている姿を見たことがない。大丈夫なのか。
「俺、お母さんの息子だぜ? 時間はばっちりだよ」
「ち、遅刻だ! わっ! 春馬おはよう」
この慌ただしいのが兄貴、寿椿。黒髪ロングヘアーがトレードマーク。髪が長い所為か女の子に見えなくもない。
「兄貴、大学生2年目になっても遅刻ばっかりじゃ恥ずかしいぞ」
「だってお母さんが起こしてくれなかったんだもん」
「春馬の言うとおりだ、そんなんじゃ到底社会人になぞなれんぞ」
「父さん、わかってるよ。」
兄貴は鞄を持ってめんどくさそうに家を出て行った。
「俺も、着替えて学校行かなきゃ」
俺は、独り言のように小さくつぶやいて、二階の自分の部屋に戻った。
「なんだ、これは……」
異変はすぐに気付いた。
あきらかにさっきまで部屋になかったモノがある。
っていうか桃だった。
俺の部屋の造りは至って普通だ。高校入学と同時に買ってもらった勉強机と本棚、後は一人用のベッドがあるだけだ。もちろん桃なんて置いたことなければ、置こうと思ったことすらない。しかしそのベッドの上にぽつんと、桃がひとつ置かれていた。
桃の大きさは丁度、超有名作の桃太郎に出てくる桃くらいの大きさだ。
「お父さん……呼んだほうがいいかな?」
どうするか迷っていると。
「こんにちはー!」
え?
今、どこからか、声が聞こえたような。
「こんにちはー!」
いや、声の出どころはすぐにわかった。でも、どうしても認めてしまいたくない。認めてしまったらなにか変わるような気がしている。
よし、お父さんを呼ぼう。この状況を16歳が一人で突破するのは厳しすぎる。
俺は、部屋からリビングに続く階段に向けて大きく叫ぼうとした。
「おとう……」
「待って下さい!!」
また、桃が喋った。今度は割と大きい声で。
「私をここから、出してくれませんかー?」
この桃、何言ってんだ?
「もしかして、桃の中に誰かいるのか?」
「はい!! この桃に触ってもらえると、出ることができるのですがー」
あやしすぎる。この桃に触れだと? 無理すぎる。が、興味が無いと言えば嘘になる。ってか超気になる。
とりあえず、触ってみるか。
俺は桃の前に行き、桃に手をかざした。
「ここで、いいんだよな?」
「はい! そこでオッケーでーす。」
やけに軽い口調で言う桃。
「……」
「さあ、遠慮なさらずに」
ええい! どうにでもなれ!
そう思って、俺の右手が桃に触れた瞬間、視界が光に包まれた。
…………
しばらくたって光が収まってきた。一番最初に目に映ったのは女の子だった――歳は俺と同じくらいで、ショートカットの元気な子ってイメージだ。しかし何より、
「かわいい……」
自然に口から洩れてしまうほどにかわいかった。
「えっ?かわいいですか?私が?」
女の子は照れながら下を向いてしまう。
いや、なんていうか、照れてる姿もかわいい。
いやいやいや、なにを考えてるんだ俺は。俺は見た目より中身、パンよりご飯派なんだぞ。
「それより、あの、て、手をどけてもらえませんかー?」
俺は、ふと自分の手を見てみた。
うん、まさかね、自分がこんなお約束をすると思ってなかったよ。
そう、ふれているのは、少女が出てきた桃。桃?
「いや、胸とか思ったんだけど、俺が触ってるの桃だよ?」
「桃は私の大事な……」
「えぇーー!! 桃って何? え? 大事なとこなの?」
「は、早くどけてくださーい」
「あっごめん!」
俺は素早く手をどけた。
「もう、私の桃に触るなんて変態ですー。」
「本当にごめ……ってかお前が触れって言ってきたんじゃないか!」
「そんなの、いいわけですー。セクハラする犯罪者でも、もっとましないいわけしますよーてっっきゃぁ、な、なに、するんですかー!!」
ベッドの上でクネクネしてる女の子。
「お前が俺を疑うから悪いんだよ」
「も、桃から、て、手を離してくださーい!」
少しの間だけやるつもりだったが、だんだん面白くなってきた。
「反省するまで、ずっとこうしてやる」
「もう、いい加減にしてくださーい!!」
女の子は俺から桃を奪い取るとすごい勢いで桃を完食してしまった。
「お前、自分の性感帯食えるの!?」
「これが乙女のパワーですよー」
乙女、恐るべしだな。
「そんなことより君って何者?」
「あなた最悪ですー。もう、嫌いですー。そんな変態な人に教えられません!」
今度こそ、完全に怒らしたみたいだな。この女の子が何者か気になるし。早めに機嫌直してもらわないと。
「ごめんね。君がかわいすぎて、ついうっかりね」
「ついうっかりで私の桃を触るなんて、変態のすることです! でも、かわいいって言われるのは、なんか、いいですー」
よし、この女の子、かわいいって言葉に弱いみたいだな。もうちょっと強く押してみるか。
「いやー、ほんとかわいくてね。かわいかったら何でもしちゃう、ってね。いやーかわいいかわいいなー」
「わ、私、かわ、かわいいですか?」
「うん、超かわいいね」
「私、漫画界ではそんなこと言われたことないから、て、照れますよー」
「漫画界?」
「そうですー、私は、あなたを主人公にするために漫画界から来たんですよー」
「え?えぇぇーー!?」
「って、あっー! 喋っちゃいましたー」
「いやいやいや、そんなことより漫画界って? 主人公って? まったくわけが分からないよ」
「もう、しょうがないですねー私が一から説明しますとですねー。まず、人間界と漫画界について説明します!」
「人間界? 漫画界?」
女の子は、どこからともなくフリップを出して俺に説明を始めた。
「まず、人間界とは、あなたたちが、住む世界のことを指しますー、次に、漫画界とは、私が住む世界のことですー」
「なんで、漫画界に住むお前がこっちの世界に来てるんだ?」
「その話は、いまからしますよー、」
女の子は、フリップを勢いよくめくる。
「漫画界では主人公選挙と言って、人間界の主人公率が漫画界の政治を決めます。なので、定期的に人間界の一人を主人公に決めて、違う党の主人公を倒すことによって、こちらの党の支持率を、あげる方法が使われてるんですよー」
「話が難しすぎて、よくわからないけど、要するに、お前の住む世界の人たちのために、俺が主人公に選ばれたってわけか?」
「まあ、大まかに言えばそんな感じですかねー」
「でも、なんで俺が主人公に選ばれたんだ?」
「それはですね、私たちの党は『熱血主人公党』なんですよー! それであなた、つまり春馬さんがこの世界の熱血主人公に選ばれたんです!」
主人公に選ばれた? 俺が?
「その話、本当か!?」
俺は、こらえきれない感情を、体で表すかのように、女の子の肩を揺さぶった。
「ほ~ん~と~で~す~よ~」
女の子は揺れながらそう答えた。
「本当なのか?」
今度は、俺の揺さぶりを止めて、女の子ははっきり答えた。
「そうですよー、あなたは今日から熱血主人公です!」