馬鹿な親友と、それを許せなかった俺の話
俺には凄い爽やかな友達が居る。
バスケ部で、エースって言われるくらい動ける癖に、他の皆が汗だくになってる時にもタオル一拭きでさっぱりしちゃう、そんな奴。
頭もそこそこよくて、勉強くらいしかとりえの無い俺ともよく駄弁る。
まぁ、話が合わないって訳じゃないからいいんだけど。
あいつ、高部透は無類の犬好き。
だけどあいつはお袋さんが犬アレルギーで家で犬を飼えない。
で、幼馴染で大型犬飼ってる俺になにくれとなく犬と遊ばせてくれって頼んでくるんだ。
俺もまぁ、一人で犬の散歩っていうのも暇だしさ。
透の都合がつけば放課後一緒に散歩するわけだよ。
その時も俺が「あ、ども」くらいで済ませる挨拶を透は「こんばんは!」とか言うわけ。
な?爽やか感溢れるだろ。
しかも俺の身長がが169の所、あいつ180ぴったりあるから、余計目立つ。
顔も地味系の俺と違って、ちょっと彫りは深めだけどイケメンの部類だ。
で、そんなでこぼこな俺達は犬の散歩中にさ。
「なぁ秀。ボギー最近なんか元気ないな」
「最近っていうか、まぁ段々散歩の距離は短くなるよな」
「な、なんだよ。寂しくないのか秀は」
「……寂しいけどさ、ボギーは俺が5歳の頃から家に居るんだから。仕方ないんだよ」
「……そっか。ボギー何歳だっけ」
「12。犬としては長老レベルだろ」
「だなー。俺と秀もでかくなるわけだよ」
なんて具合の話しててさ。
俺にはソレが凄く大切だった。
俺と透とボギーの三人の時間。
小学校の頃はほぼ毎日で、中学になって透が部活に入ると、段々感覚が空き始めて……高校二年、一番部活が忙しいこの年、その頻度は更に下がってる。
散歩の時間はそんな、大切な時間だったんだ。
でもやっぱり、俺と透じゃ違うみたいで。
部活が一応の落ち着きを見せる秋の終わりごろ、あいつには彼女が出来た。
紹介してもらったけど、俺の言えた柄じゃないけどあんまりぱっとしない印象の女の子だった。
井波さんっていったかな、印象はぱっとしないけど、親しみやすい性格してるし、話してみるところころ笑う可愛い子だった。
こりゃ掘り出しものじゃんって透をつついてやったら、照れくさそうに鼻を掻いてた。
それからの俺とボギーは二人の散歩が更に増えた。
透は本当にたまにしかこなくなって、来ても井波さんの話ばっかりで。
なんかわかんないけど、俺ソレがなんか、辛くて。
表面上は「二人で喫茶店とか洒落てんな!」とか笑ってたけど、内心そんな話したくなかった。
幼馴染が嬉しそうなのに、それが嫌な自分が訳わかんない上に、三人での散歩の後透はさっさと家に帰る様になったしさ、どうすればいいんだろって感じ。
前は透の奴、ボギーと散々じゃれあってから帰ってたのに、と寂しくもなったけど。
今はそれがありがたくて、井波さんの話をされて辛い気持ちをボギーに語った。
我ながら暗いと思うけど、こんな事他の学校の透経由の友達にはいえないし。
両親にだっていえない。
だって、親友に彼女の話をされて辛いなんて、明らかにおかしいし。
なんだか人に言っちゃいけない気がした。
そんな鬱々とした状況を冬になるまで続けたら、二学期の期末で俺の成績はちょっと下がってた。
先生や親にはちょっと調子が悪かったと言っておいた。
調子が悪かったのは本当だし。
勉強しようとしても透と井波さんがデートしてるんじゃないかと思うとさ、集中できなくなるんだよね。
でもこれは俺の問題だから、調子が良くなかったっていうのは嘘にならないよな。
でも勉強の事は良いんだ。来年取り戻せばいいんだから。
ただ、クリスマスの日、なぜか透が井波さんではなく俺のところに来た。
それも頬に赤い痕を付けて。
どうしたのか聞くと、透は井波さんと別れたと言った。
当然そんな事を言われたら気になるから、理由を聞いたんだ。
そしたら透の奴。
「やっぱ、ダメだった」
なんて、最初からこうなることがわかってたような事いうんだ。
どういう事なのかそりゃ問い詰めたさ。
そしたら透の奴、俺の肩を掴んで言うんだ。
「……お前の替わりだったんだよ」
「は?」
思わず僕は顔をしかめて透を睨んでしまった。
「お前に似てるから、お前の替わりになるかと思って井波と付き合ったんだよ、俺は!」
透が吐き出した言葉の意味を脳が拒絶した。
こいつ、今なんていった?
「俺達、男同士だろ。だから井波と付き合って諦められればそれでって思ってさ……」
自分に都合の言い言葉を吐く透に、俺は切れた。
初めて親友だと思ってた奴に、腹の底からどす黒い怒りがこみ上げた。
「ざっけんなよ透テメェ!井波が、井波がどんな思いしたか解っていってんのか!?あんな、あんな嬉しそうにお前の横で笑ってた井波を、なんともおもわねえのかよ!!」
「……井波には悪いけど、あいつじゃダメなんだ」
「ダメなんだじゃねぇ!酔ってんのかお前!お前、人の心弄んで捨てたんだぞ!」
「……ごめん」
「謝る相手も俺じゃねえだろうが!!ふざけんな!マジざけんな!そんな風に失望させないでくれよ!そんな風に落ちぶれんなよ!なんで、お前は俺の好きなお前で居てくれなかったんだよ!!」
叫んでから、思わず自分の口を手で覆う。
透は、堪えられないって感じで薄く笑みを浮かべた。
そして俺の肩を揺すりながら俺の言葉を催促した。
「なぁ秀。お前今言ったよな。俺のこと好きだって。なぁ」
「……ああ、言った」
「秀!」
顔面をだらしなく崩して抱きつこうとする透に、俺は全力で抗った。
透は理解できないって顔で、俺としばらくもみ合った後口を開いた。
「なんでだよ、なんで抵抗するんだよ秀。抱きしめるくらい良いだろ?お前、俺が好きだって……」
「言ったよ!でもちゃんと言ったろうが!好きなお前で居てくれなかったんだって!」
「あ……」
「俺は、俺の好きな透はそんな風に人の心を弄ぶ奴じゃ無かった!俺の好きな透は、色んな奴に優しくて、真っ直ぐで……馬鹿野郎!」
「し、秀。俺、俺……」
「出てけよ。俺はもう、お前の顔見てたく無いんだ。これ以上見てたらきっと、殴っちまう……」
「秀っ、あのなっ」
「……!」
まだ何か言おうとする透を俺は部屋から押し出す。
しばらくドアは叩かれてたけど、押さえつけてたら何時の間にか音は止んでて、透の気配も無くなった。
俺はただ、なんだかわかんないけど悔しくて、自分のせいで大事な親友が人として最低な人間になっていた事に涙した。
クリスマスだってのに、バカみたいに泣いた。
でも多分、井波の奴も泣いてたに違いない。
もしかしたら透も。
結局の所、井波以外の馬鹿な男二人が悪いって事なんだろう。
俺はもっと早く自分にとって透は友達以上だと自覚してればよかったし。
透は自覚してるなら俺に告白すればよかったんだ。
そうすれば無駄に傷ついたりしないで済んだ。
でも、もう遅い。
透は井波を傷つけて、俺は透を傷つけた。
あの夜から何度か透から携帯に着信があったけど、俺は着信拒否に設定した。
自分の都合だけで女の子を天国から地獄に突き落としたあいつの声を聞きたくなかったから。
俺は逃げたんだ。
年明けの新学期、いつも一緒に行く新年のお参りをボギーと二人でこなした俺に、さすがに愛想が尽きたのか透は話しかけてこなかった。
あるいは俺が気づかないうちに近づくなって空気を出してたのかもしれない。
俺と透の共通の友達はどうしたんだって聞いてきたけど、俺は適当にちょっと気まずい事があって、と誤魔化した。
そうやって過ごしてる間に、いつの間にか太く堅く繋がっていたはずの透と俺の友情はくもの糸みたいにぷつんと切れちまったみたいだ。
後悔はあった、でもあいつの井波さんへの行為がどうしても許せなかったんだ。
いつの間にかしていた恋よりも大きく、人間として許せなかった。
だから俺と透の話はそこで終わった。
あのクリスマスからずっと、ボギーとの散歩は二人ぼっちが続いている。
多分もう、三人になることはないだろう。
あばよ、初恋だったかもしれない幼馴染。