エージェント
「ん…?」
目が覚めると目の前には見慣れない真っ白な天井と天井から下がるカーテンが広がっていた。
「この…どこ?」
命は起き上がって周囲を見渡した。
「……病院?」
「命!」
その時ドアが開き、命を呼ぶ声がした。
その方向を見ると、ドアの側に立ち尽くした母親がいた。
「お母さん!」
「命!!」
ベッドから這い出ようとすると、母親は駆け寄って抱き締めた。
母親は泣いていた。
「…お母さん」
「良かった…良かった…」
母親はしばらく命を抱き締め続けた。
その間命は教室での出来事を思い出していた。
全て思い出した後、雛子や唯,紫姫,健一,淳,篤史の事が心配になった。
一応、唯の中にいた霊は追い出したし、白狐は倒した。
だがあれだけ間近でこの世のモノではないモノと対面し、命の力と白狐の妖力がぶつかった空間にいたのだ。
何らかの影響が出ていても不思議ではない。
母親が命から離れると、尋ねた。
「お母さん、あのね。
雛子たち皆は無事?」
すると母親は、
「大丈夫よ。命よりも早く目覚めて退院したわ」
「よかった」
母親の言葉を聞いて、命は安心していた。
なのでその時に母親の表情が険しくなった事に気付かなかった。
「命」
突然の低い母親の声、命は驚いて母親を見た。
「命、何かお母さんに話す事はない?」
「話す事…」
命の脳裏には学校に遅くまで残っていた事が浮かんだ。
「あ…。遅くまで学校で遊んでてごめ「違うわ!」
母親の声は更に低く、大きな声で命の言葉をかっ消した。
「!?」
命は驚いて母親の顔を見るしかできなかった。
「命…言ったわよね?
もう"何も"見えないって…」
――力の事…
母親の質問の意味が今わかった命。
だが答える事はできず、眉をひそめた。
「あれは…嘘だったの?」
母親の責めるような言葉に、命は口をつむぎ続けた。
「命っ!!」
そんな命に母親は怒鳴り付けた。
「言って!言いなさい!!」
「…」
母親が精神的に負荷がたまっている事は直ぐにわかった。
母親のいつもは清浄なオーラが、今は薄く汚れていた。
「…本当だよ。嘘じゃない」
命が本当の事を言えるはずがなかった。
「嘘よ!だって…だって!!」
母親はとうとう頭を抱えて泣き崩れた。
「お母さん!」
命は慌ててベッドから降りて母親に触ろうとした。
「触らないで!」
「!?」
母親の言葉に命の体は石のように固くなった。
「…お母さん?」
「そんな声で呼ばないで!」
母親は頭を押さえていた手で両耳を塞いだ。
その後も何度も母親を呼んだが、命が受け入れられる事はなかった。
「澤口さん!?」
そこへ看護婦がやって来て、床に泣き崩れる母親に駆け寄った。
「はぁはぁは…っ…は、はぁ」
母親は興奮状態で過呼吸を起こし、何かを話せる様子ではなかった。
「澤口さん、
落ち着いてください!」
看護婦は慌てずポケットからビニール袋を取り出し、母親に宛がった。
「お母さん…」
命は何も出来ず、ただそこに立つ事しかできなかった。
「澤口さん、大丈夫ですか?」
落ち着いてきた母親に看護婦は言葉をかけた。
「取り敢えずイスに座りましょう」
看護婦が病室内の椅子を出そうとすると母親は、
「廊下っに…た、しか…椅子が…あった……はず…」
看護婦は意味が通じた様で、
「…歩けますか?」
母親を連れて廊下に出ていった。
命が母親の姿を目で追いかけていると、入れ違いに黒いスーツの男が入ってきた。
ニィ……
――!?
その時母親を見た男の口元が笑った。
――何!?今笑った?
命は男を睨んだ。
たとえ受け入れられなかったとしても実の母親である人を
笑うこの男を良くは思わないだろう。
「こんにちは、澤口命さん」
男は怪しげな笑みを浮かべて命に近付いた。
「誰?」
「お母さんから聞いていないかい?…まぁ、あの様子じゃあ仕方ないか」
男の馬鹿にした様な態度に苛立ちが募る。
「何なの?」
命の声が低くなった。
男はサングラスを取り身形を整えると、怪しげな笑みを浮かべたまま挨拶を始めた。
「初めまして、私は鎖国島からやって来たエージェント。
角田と申します」
――さこくじま…
命は眉をひそめた。
それは二度と口にしないと母親と約束した言葉だ。
「…何しに来たの?」
「君を迎えに来た。供に行こう」
男は命に手を差し伸べるが、
パシンッ!
命は手を払いのけた。
「私はそんなとこには行かない」
「でもね…」
男もそれくらいでは引き下がらなかった。
「しつこい!帰って!」
命は男を避けて病室のドアのところまで行き、開けて支えた。
「帰って!」
すると男は溜め息を着き、サングラスをかけた。
「また来るね」
そう言い残して病室から出ていった。
――何なの?嫌な男!!
気味の悪いあんな男に好印象などもてるはずなかった。