帰宅
学校が終わった命たちは、
4人で帰り道を歩いていた。
「ねぇ、本当に忍び込むの?」
雛子は恐る恐る朝の会話を振り返した。
「当たり前でしょ。
ね、しずちゃん!」
唯は紫姫に話を振ると、
「うん!」
紫姫は目を輝かせて頷いた。
「何時に学校?」
紫姫は唯に尋ねた。
「んーと…9時に裏門ね!
モチ、親には内緒だからね!」
唯は人差し指を立てて言った。
「わかってるよ♪」
楽しそうに話を進める2人に、
「えー、止めときなよ!」
雛子は目に涙を溜めながら言った。
だが、唯に聞くつもりはなかった。
「雛ちゃんは来ないんだから、関係ないじゃん!
私たちの勝手でしょ?」
「はうぅぅ…命ちゃん〜」
雛子は命に助けを求める視線を送った。
「…唯ちゃん、本当に危ないよ。それでも行くの?」
「命ちゃんにも関係ないじゃん!しず行こう!!」
唯はアッカンベをして走り出した。
「じゃあねー!」
と紫姫は唯の後を走りながら命たちに手を振り、帰ってしまった。
「2人は絶対に行っちゃうよぅ…。どうしよぅ?」
雛子は命を見た。
「…まぁ、仕方ないよ」
命がそう言うと、
雛子は落ち込んだ。
2人を止められなかった事に。
「…雛子はちゃんと止めようとしたよ。友達にいけないことを注意できて凄い事なんだよ」
命はそう言って、雛子の頭を撫でた。
すると雛子は顔を上げて、命の腕に抱きついた。
「雛子?」
「…ありがとぅ」
雛子はとても聞き取れない様な小さな声で囁いた。
「…雛子は甘えん坊だね」
命は雛子の腕を組んだ。
それから雛子と別れ、
命は一人で家に帰宅していた。
「ん?」
角を曲がり家が見えてくると、家の前に黒い車が二台停車していた。
不審に思い、足を止めた。
二台の黒い車の運転席には
黒いスーツにサングラスをかけた、まるでSPの様な格好の男が座っていた。
どちらの男も立ち止まる命を見ていた。
「…」
命は足早に車の横を通り抜け、家の中に入った。
「ただいま…」
命が玄関に入るといつもなら聞こえてくる母の声は無く、換わりに黒い革靴が4人分綺麗に並べられていた。
不思議に思いながらも命は靴を脱ぎリビングに向かった。
リビングの扉を開けようとすると、中から母の低い声が聞こえた。
「…とにかく、うちの子をそんな所には預けられません!」
珍しく怒鳴りにも近い興奮した声に、命は一瞬固まった。
「しかし、奥様!」
「こちらに一千万円用意しております」
命は気になり中を覗いた。
リビングには車に乗っていた男と同じ服装を着ている男が4人いて、テーブルに2人着き、その後ろに2人立っていた。
黒スーツの4人は母と何やら真剣な話をしていた。
そしてテーブルの上には銀のスーツケース5つ置かれていた。
「お持ち帰り下さい。あの子を売るような真似はできません!」
母は目の前に置かれたスーツケースを断固として受け取らなかった。
「…命っ!」
その時母と目が合った。
「…ただいま。
何のお話してるの?」
「二階に行ってなさい」
「でも…」
「いいから、行ってなさい!」
母は鬼の様な形相できつく言い放った。
「…はい」
命は男たちに会釈して、二階に上がった。
二階の自室に戻っても母の声は聞こえてきた。
「もうお帰り下さい!」
命がイスに座って聞いていると、
「あ、お姉タン。おかえり」
有紀が命の部屋に入ってきた。
「有紀、あの人たち誰かわかる?」
「んー?」
有紀は頭を傾げた。
「わからないよね…」
命は3歳児には難しい質問だったと思い、有紀の頭を撫でた。
「…あ!あのねぇ、
"さこくじま"っていってたよ」
「さこくじま?」
「うん!」
有紀は思い出して凄いでしょ?とでも言っている様なキラキラと輝いた目で命を見た。
「ありがと、有紀」
命から礼を言われると、
有紀は満足したのか満面の笑顔で部屋から出ていった。
有紀を見送ると"さこくじま"という言葉について考えた。
「何だろう、"さこくじま"って…?」
考えたものの、結局は解らずじまいに終わった。
それから命は何時間か学校の宿題をしたりゲームをしたりと自室で過ごしていたが、夕食の時間になったので一階に降りた。
スーツの男たちはもう居なくて、真っ暗なリビングに母は一人俯いていた。
「お母さん?」
命が母に近づくと、
母は顔を上げて真顔で尋ねた。
「命、本当に何も見えないのよね?」
「え…」
母は更に詰め寄って命の両腕を掴んだ。
「もぅ…死んだ人、見えないのよね?」
腕を掴む力が強くなり、
痛みに命の顔は歪んだ。
「ねぇ…命…?」
「…うん」
命は戸惑いながらも頷いた。
すると母はすがり付くように命を抱き締めた。
「よかった…よかった…」
母の声は震えていた。
「もぅ…何も…見えないよ…」
命はそっと母の背中に手を回した。
「よかった…」
母のその声に、命は立ち尽くした。
数分後には母はいつもの母に戻り、命を放した。
「さてと、夕御飯を作らないとね!」
母はキッチンへ向かった。
命はそんな母の背中に話し掛けた。
「ねぇ、"さこくじま"って何?」
すると母は固まり、持っていたグラスが手からすり抜けた。
―――ガッシャ―ン!
「お母さん!?」
命は驚いてキッチンへ入った。
床には割れたガラスが散らばっていた。
「来ちゃダメ!」
母は直ぐに我に返って散らばったガラスの処理を始めた。
「…お母さん?」
すると母は床を見つめながら低い声で言った。
「命、その言葉は二度と口にしないで…」
「何で?」
「何でも!わかった!?」
母は怒鳴った。
「…ん。わかった」
命がそう言うと母は大きく息をついて作業を再開した。
その後いつもの明るい声に戻って、
「命、ご飯できるまでテレビでも見ていなさい?」
「はぁい」
やけに優しい声の母に、命は逆らえなかった。