日常
それから月日は流れ、
少女は10歳になった。
少女は物心が着いてくると、
次第に不思議な事は言わなくなったので、もう見えなくなったのだと母親は安心していた。
「命、早く学校に行かないと遅刻するわよ!」
母親は時間になっても
中々部屋から出てこないので、
少女の部屋の前まで来ていた。
「今行くっ!」
中から少女の声が聞こえてきた。
「…何してるの、命?」
ガチャ…
母親はドアノブを回した。
「ひゃあっ!!」
突然ドアが開いたので
少女は慌てて何かを掴み、
体の後ろに隠した。
「何してるの?」
母親は不審に思い、再び尋ねた。
「な、何でもないよ…」
少女はひきつった笑みを作った。
「…そう?
じゃあ早く降りてきなさい!」
母親はそう言って、
ドアを開け放ったまま部屋を出ていった。
母親が階段を降りきったのを
耳を澄ませて確認すると、
少女は手に掴んでいたモノを放した。
「もぅ、ビックリしたなぁ…」
少女は何も無いところを見て言った。
…いいや、少女には見えていると言い直そう。
そこにはティッシュ箱程のサイズで、透明の様な白がかった煙の様なモノがプカプカと浮いていた。
『ミャー』とそのモノは鳴いた。
「あなた、猫ね。
掴んじゃってごめんね。
成仏してね…」
少女が猫を撫でていると、
猫は空気に溶けていく様に消えていった。
「…ふぅ」と少女が一息ついていると、
「おねータン、なにしてるの?」と大きな声がドアの方からかけられた。
「うわっ!?」
ドアの方を見て、少女は声をあげて驚いた。
そこには3歳になる妹が、
じっと少女を見て立っていた。
この時普通の人(見えない人)なら、ただ妹が立っているとしか認識しないが、少女には妹の頭の上に沢山のカエルが跳ねているのが見えていた。
「んー?」
少女にじっと見られた妹は
頭を傾げた。
「はぁ…」と少女はため息をつくと、ランドセルを背負って
妹の頭を軽く叩いて部屋から出た。
頭を叩いた事により沢山のカエルは徐霊され、消えていった。
妹は何も無かったかの様に
(実際には気付いてないのだから当然だが)姉である少女の後をついて行った。
「早く食べちゃいなさい!」
下に降りると母親は朝食を急かした。
「うん…」と少女は言って、
ランドセルを玄関に置いて
朝食を食べ始めた。
そして食べ終えると
少女は学校に登校した。
少女の母親はもう見えていないと信じているが、実際には見えていた。
それは少女が見えていない様に生活をしている為であったからだ。
少女の名前は
澤口 命。
10歳。長女。
妹は有紀。3歳。
有紀には、見えないが霊的なモノを引寄せる体質がある様で、
命はよく有紀に憑いたモノを祓っている。
命には、生まれた時から人には見えないモノが見えていた。
最初は見えるだけだったのが
いつからか話せる様になり、
今では触ったり祓う事もできる。
年々その力は大きくなっている様だった。
祓える事がわかった頃は見えたモノ全てを祓っていたが、
その数は限度を超え、
命の体力にも関係するとわかると大したことのない時には祓わなくなった。
道ではさ迷う人間やペットの動物の霊があちこちにいるが、
命は見えないフリをして
通りすぎるのだった。