悪霊
「有紀!……あっ…」
有紀が眠る病室に辿り着いた命。
ドアを開けると、そこには母親もいた。
命は動揺したものの、息を整えて、ゆっくりと、少しずつ病室に入った。
母親は駆けつけた命を初めは驚いて見たが、すぐに視線をベッドに眠る有紀に戻した。
「…ゆ、有紀…大丈夫なの?」
命は恐る恐る尋ねた。
「…」
しかし母親は黙ったまま、有紀を見つめ続けた。
「ねえ…」
と再度命が尋ねようとすると、
「わ…わからない……」
と母親は震えた声で話した。
「検査、したんだよね?」
と尋ねる命。
「…検査したけど…体のどこも悪くないって。昏睡の原因…不明だって…」
母の頬に涙が伝う。
「いつ意識が戻るのか…わからないって…もしかしたら…」
その言葉で最悪の場合を考えてしまった命の顔から、血の気がいっきに退いた。
母親は有紀の小さな手を握り締め、涙を流して懇願した。
「あぁ…神様…有紀を…有紀を。有紀を帰してください」
「…」
命はそんな母親の弱った背中を見て、
「…お母さん」
と呟いた。
小さく見える母親の背中。
目の前で眠る娘に何の手立ても成す術もない。
母親に突き付けられる"無力"だという現実。
命は母親とは反対側の有紀の側に立って、有紀を見た。
有紀は小さく寝息をたてていた。
まるで安らかに眠る、眠り姫の様に…
ゾワッ…
「…!」
一瞬、命は寒気を感じた。
「な…に?」
この感じはまるで―…。
有紀にそっと手を伸ばし、額に触れた。
ゾワッ!
「!?」
先程よりも強く感じた。
――妖気を
「…命?」
命の様子の異変に気付いた母親は、命を見た。
「…ううん、何でもない」
命は有紀から手を離し、引っ込めた。
「…自分の病室に…もどるね」
そして命は、直ぐ様逃げるように有紀のいた病室を出ていった。
母親はその様子を不振に思ったが、止めはしなかった。
ガラガラ!
病室に戻った命は勢いよくドアを閉めた。
「命ちゃん、どうしたのよ急に…」
新菜は直ぐに尋ねてきた。
「…」
「命ちゃん?」
返事をしない命の顔を、新菜は覗いた。
「…どうしよ…」
顔が真っ青の命。
「どうしたの、命ちゃん?」
心配する新菜。
命の体は微かに震えていた。
「あの妖気…あの妖力……。間違いなく…あれはっ…」
命は崩れるように床に座り込んだ。
「あれは……狐だ!」
吐き捨てる様に言った。
「狐?この前話してた…コックリさん?」
命は無言で頷いた。
「でもそれは学校で…有紀ちゃんがいないところでやってたんでしょ?なら関係ないんじゃ…」
と新菜が言うと、命は、
「もしかしたら、人伝いに狐の怨念が取り憑いたのかも。あ、でも有紀は元々霊媒体質だから引寄せた可能性もある…」
「じゃあ有紀ちゃんこれからどうなるの?」
「狐を追い出さない限り目覚めない。それに狐が有紀の力で回復してるなら、有紀は長く持たない…」
「え!じゃあどうするの!?」
慌てて新菜は尋ねた。
「…祓うしかない」
と重々しく話す命。
「簡単な事じゃないのよね?」
と尋ねる新菜に命は頷く。
「何か手伝える事はないの?」
と新菜は尋ねるが命は首を横に振った。
「ありがと、新菜…。
でもね、私はまだまだ未熟だから。側にいたら一緒に祓ってしまうかもしれないの」
そうでなくても、狐はしぶとい。
全力で抵抗してくるはずだ。
教室での戦いが病室で行われる。
ただの霊魂の新菜は邪魔にしかならないのだ。
「…わかった」
新菜は寂しそうに頷いた。
「ごめん、でも…気持ちは嬉しいよ。ありがとう」
命の笑顔に心が痛む新菜であったが、理解できないバカではない。
「頑張って…」
そう、言うことしかできなかった。
「ありがとう、新菜が応援してくれると心強いよ!」
と命は言って、ベッドに潜った。
廊下で命と新菜の会話(命の声のみ)を、エージェントが聞いていたとは知らずに…




