エージェントⅡ
あれから数日、命の容態は十分に回復していた。
だが母親が病室に顔を出す事はなく、精神的には悪化する一方だった。
そんな中、命は入院中の楽しみを見つけていた。
「こんにちは、命ちゃん♪」
彼女、新菜との会話が唯一の他人とのコミュニケーションだ。
「こんにちは、新菜!」
新菜はいつもスッと壁を通り抜けて現れる。
最初こそは声を上げて驚いたモノだったが、人間の適応力は優れている。
"慣れ"とは恐ろしいものだ。
…まぁつまり、
新菜も"霊"だ。
命にしか見えない、特別な友達だ。
「聞いて聞いて!今日ね、外科医のイケメン先生がねっっ!」
基本的に新菜が一方的に話し、命が聞き手に回る形だ。
新菜は成仏できない類の霊だが、命が祓おうと思えば祓える。
それをしないのは、例え霊でも構わないから1人になりたくないのだ。
「…それでね、そのあと…」
コンコン…
新菜が更に話を始めようとした時、病室のドアがノックされた。
「ちぇ」
新菜は話を切り上げ、壁へと消えていった。
「また後でね」
と命が言うと、
「うん、もちろん!」
と壁から新菜の声だけが返ってきた。
ガラガラ…
そこへドアが開き、スーツの男が3人尋ねてきた。
1人は前にも来た角田という男だった。
鎖国島からやって来たエージェントだ。
「…もう来ないでと言ったはずですが?」
命の声は限りなく低かった。
「連れないことを言うものではありませんよ」
狐目の男が言った。
「迷惑です。本当にもう2度と来ないで」
命は3人から顔を背けた。
「…あなたの家族、どうなっても知りませんよ?」
「…どういう事?」
命は狐目の男を睨み付けた。
「あなたの返答次第では、御家族の社会から孤立も考えなくてはならない。
もしくは抹殺か…」
狐目の男の目が少し開き、鋭い眼光を命に向けた。
「っ…」
命が人間に背筋が凍える思いをさせられたのは初めてだった。
「いや。家族だけとは言わず、友人たちにも何らかの対処を…」
もう1人の男がそう言うと、命は3人に更なる敵意を抱いた。
「詰まるところ、君が鎖国島に来てさえすれば、我々は君の周囲の人間には干渉しないということだよ」
と角田はまとめた。
「…そんな事、させない!」
命は握り拳を作った。
「君は我々の事を全く理解していないようだね。どうなっても、知らないよ?」
と細目が言うと、
「理解する必要なんてない!
私がさせない!!」
命は立ち上がった。
「我々が本気を出せば、
人だって殺せるんだよ」
と言って細目は笑った。
命は眉をひそめた。
「…お帰りください。
もう2度と来ないで!!」
そして勢いよく病室の扉を指差した。
「…君ねぇ、」
3人に帰る様子は一向に無かった。
「しつこい!」
命の我慢も限界に達していた。
「そうはいかないのさ!」
もう1人の男が命の腕を掴んだ。
「っ!」
気持ち悪さで身体中に鳥肌がたった。
「一緒に来てもらおうか!」
プツーン…
男の強引さに、命の何かが切れた。
「帰れって言ってるでしょ!?」
そう叫ぶと床から白い煙を纏った霊が現れ、命の腕を掴んだ男を吹き飛ばした。
「ぅわぁっ!」
ドォン!!
「グハッ!」
男はドアを突き破って廊下まで吹き飛んだ。
「!」
残りの角田と細目は身の危険を感じ、思わず一歩下がった。
「さっきの言葉、
そのまま返すわ!」
命は細目に指を差した。
「私が本気を出せば人だって殺せる!行け、霊たち!」
命が命令すると霊は2手に分かれて2人に向かった。
「っ!」
2人は病室の隅まで離れたが、病室から出ようとはしなかった。
「さっさと出ていけ!」
霊が細目を捕えた。
「うわっ!」
細目は首や手足を締め付けられた。
「っ…」
「!」
角田は細目を助けようとするが、見えるのは白い煙のみ。
霊が見えなくては助けようがない。
そもそも見えたところで助けれる訳がない。
「!」
命にこの男たちへの手加減の文字など浮かびもしなかった。
「ま、待て!」
と角田は叫んだ。
すると命は角田に表面上のみの笑顔を向けた。
「帰ってくれる?」
「…ああ」
そう答えるしかなかった。
その返事を聞くと、命は細目を解放した。
「グハッ!ハッハッハッ…」
首を締め付けられていたので、必死で酸素を取り込む細目。
「行くぞ!」
角田がそう言うと細目はフラフラと立ち上がり、角田に続いて病室から出ていった。
「大丈夫か?」
角田は廊下で伸びる男の手を肩に回しておぶる様に帰っていった。
「はぁ…。
もいいいよ、ありがとう」
男たちが見えなくなると命は一息つき、霊たちを霊界へ返した。
「何だ何だ?」
「一体何が…」
「今、人が…」
廊下では騒ぎ声が聞こえてきた。
まぁ、男がドアを突き破って廊下に倒れていたのだ。
騒ぐのは当たり前だろう。
彼らは恐る恐る命の病室を覗いた。
「…」
命は目を背け、ベッドに戻った。
「化物…」
口々にそう言う声が聞こえてきた。
「っ!」
命は拳を握る力を強めた。
「痛…」
痛みを感じ、握っていた掌を見ると、爪が食い込んでいて血が出ていた。
いつの間にか食い込むまで力を強めていたのだ。
「…痛い」
命はボソッと呟き、握るのを止めた。




