霊力
ある日の夕日―……
とある乗客の少ない電車に
一人の少女とその母親が並んで座っていた。
「ねぇ、お母さん」
少女は電車に揺られながら
隣に座る母を見上げた。
「ん、なぁに?」
母親は少女を愛しそうに見下ろした。
ギュ…
少女は母親の服を握りしめて言った。
「お外に人がいるね…」
少女は電車の窓の外、
一点をただずっと見つめていた。
「え…?」
母親は少女の視線の先を見るが、外の景色が流れていくだけだった。
「誰もいないわよ」
「ううん、いるよ」
少女は視線を逸らす事無く、
一点を見つめ続けた。
母親はもう一度視線の先を見たが何もない。
車内には疎らに人が座っているが、視線の先に人が座っている訳ではなかった。
すると少女は続けた。
「ずっとこっちを見てるの…」
瞬きすらしない少女の姿に、
母親は気味悪がった。
すると少女は可愛らしい声で
1人で話し始めた。
「おじさん、何してるの?」
母親は周囲を見るが辺りに少女と話している人はいなかった。
「…忘れ物したの?どこに?」
少し間を開けると
少女は母親を見上げた。
「お母さん。
おじさん次の駅のコインロッカーに忘れ物しててね、
それを駅員さんに届けてほしいんだって。カギはかかってないって。
行っちゃダメ?」
「…」
母親は言葉を発する事ができなかった。
よくわからないが、娘は何か得体の知れない者と会話しているのだ。
「ねぇ、ダメェ?」
少女は母親が反対していると思ったのか、ねだり始めた。
「…わかったわ。
行ってみましょう・・・」
母親は半信半疑に聞き入れた。
そして次の駅で2人は下車した。
母親は少女に引かれて
コインロッカーの前まで来ていた。
「何を忘れたのかわかる?」
母親は少女に尋ねた。
「うん。茶色いお財布…」
少女は9つあるロッカーの中、迷わずある1つのロッカーを選んで開けた。
すると中には
茶色の財布があった―…。
少女の言った通りだった。
「…」
母親はいよいよ少女を怪しんだ。
しかし少女は気付いていない様子で、財布を両手で取り出した。
「駅員さんに届けてくるね」
少女は笑顔で駅員のいる事務室に向かった。
そして戻ってくると、
何もない場所を見つめて少女は言った。
「渡してきたよ」
そして間が空き、
「バイバイ」
と少女は手を振りながら言った。
その先に人はいない。
「おじさんがいるの?」
母親は恐る恐る尋ねた。
「うん。けど消えちゃった…」
少女は残念そうに
どこか悲しそうな表情で言った。
数日後…
その日は休日で、
家には母親・少女・父親がいた。
母親は台所で朝食の後片付けを行っていた。
父親は居間で新聞を広げていた。
そして少女はそんな父親の足の上にチョコンと座っていた。
父親が読む新聞を無邪気な笑顔で見上げているのだ。
しかし父親が新聞を捲ったあるページを見た瞬間少女は無表情になった。
そして呟いた。
「あ、おじさんだ…」
「知ってる人?」
父親は反応を示した記事を見て、少女に尋ねた。
「うん」と少女は頷いた。
「あのねぇ、
この前忘れ物を届けたの」
「え…」
母親の手が止まった。
そして水を流したまま、
少女の声に耳をすませた。
「偉いなぁ!」
父親はそう言って少女を撫でた。
しばらくすると、
付けっぱなしのTVから
教育TVのオープニングが流れ始めた。
「あっ!」
少女はその音が聞こえてくると、慌ててTVの前に走っていった。
少女はTVの前で、楽しそうに音楽に合わせて踊り出した。
それを見ながら父親は声のトーンを下げて言った。
「かわいそうに、このおじさんはもう死んでるんだよ」
「!?」
母親は顔から血の気が引き、
青くなった。
その時ふと少女に視線を向けた。
すると少女の呟きが聞こえてしまった。
―うん、知ってる…
母親は背筋が凍る思いで固まった。
父親は聞こえなかった様で、
何事もなく新聞を捲った。
これは始まりでしかなかった。