粒コーンスープ。
どうしてあんな風に言ったんだろう?
眠れない……。
初めは、ほんと訳も分からず流されるままお酒の中に消えた約束だからしょうがないと思っていた。
2週間ぐらい陸と生活してイヤだなんて少しも感じなかった。
“可愛い弟”って感じ……。
タケル先生のコトの八つ当たりもあるかもしれないけど、なのにあんなに腹立たしいと思うなんて……。あんなに涙が出るなんて。
なぜだか得体の知れない何かが胸につっかかる……。
もう帰ってこないのかな?
また、朝、ひとりで粒コーンスープを飲むんだ。
ドスッ!
「いでっ……」
「陸っ!朝だよっ」
ううっ……。
「ひかるネェ……痛いよぉ……」
わき腹が痛い。
従姉のひかるのトコに泊まった陸。
朝から一蹴り、お見舞いされた。
「あたし、仕事なのぉ。自分でパン焼いて食べてよぉ」ひかるは仁王立ちになり髪を束ねながら言う。
「え〜」重たい体を起こす陸。
「あんたねっ、あんな夜遅くに来て、私、寝不足なんだからねっ!ったく化粧のノリめっちゃ悪いんだ
からっ」
陸はアキとけんかした後、しばらくファミレスで時間をつぶしたが、眠くなったのでひかるのアパート
を訪ねた。
それが深夜の2:00.
「粒コーンスープ飲みたいっ。ひかるネェ、作ってよ」
「はぁ?そんな物作れない!」
「マジィ?飲みたいよぉ」陸はまた布団の中にもぐりこんだ。
「陸、あんたもしかして……アキになんかしたの?」
「……」ひかるの問いかけに応答しない陸。
「言ってみ。ネェさんが聞いてやる」
陸は布団の中からそっと顔を出しひかるを見た。
「……」
「ほらっ、理由をお話」
ひかるは陸とアキのケンカの理由に期待しニヤリと笑う。
「言っとくけど、手は……出してないよ」
手は出していない。もちろんそれはパンチではない。
「ウソだぁ……でなきゃ、アキがあんたを追い出すわけがない」
「……」
ひかるは出勤時間も気にせず追求しだした。
「本当のコト言ってみ」
「か……」 陸は俯きボソッと呟く。
「は?」
「彼女……連れ込んだ……」
「は?」
期待とは360度違う予想外の言葉が陸から返ってきた。ひかるは呆れまた訊き返した。
「は、ん?」
「彼女をアパートの部屋にあげた」
ひかるは目がテンになり大きくため息をついた。
「は〜ぁ」
「……」
「あんた……ほんとうに……最中?」
ひかるは近くにあるクッションを陸の顔面めがけて投げた。
「でも、別にアキちゃんの部屋でナニしてたわけじゃないよ。ただ話してただけ」
「あんた……」陸の言葉にひかるはまたまた呆れ果てた。
「弁解の余地ナシ!まだ、アキに手を出した方がマシだったね」ひかるは仁王立ちのまま腕を組み、
陸に言い放った。
「どうしてよ?」
「あんた居候の身で……情けで置いてもらってるのに、なんてコトを……。あんた自分の部屋で同居人
に同じコトやられてごらん」
陸はアキが自分の部屋に男を連れ込んだコトを想像してみる。
「……」
…………言葉が出ない。
確かにイヤだ。ナニをしてないだろうが、してただろうが、イヤだ……。
「イヤだ」
「恋愛感情がなくてもイヤでしょ!?」
「ん、確かに……」素直に納得する陸。今さら納得。
「あー、人間借金苦でここまで落ちるかね。頭良くてもそんな事分かんないなんてね。とにかく今日は
勘弁してよっ!彼氏来るんだから……鍵はポストにね」ひかるは陸に鍵を渡し「もう1回、伯父さんに
謝って許してもらって仕送りしてもらいなよ」そう言うとひかるは仕事に向かった。
「……」
もう1度、アキちゃんに謝ろうか考える。
でも、なぜかアキが怒っていたコトがそのコトとは違うようにも思えてくる。
彼女を連れ込んだコトよりも、お姉さんって言ったコトよりも……やっぱりお酒の勢いの成り行き上、
流されるままアパートに居座る自分のコトをまだ納得がいかないんじゃないかと思う。
まぁ、終わったコトを考えてもしょうがないけど。
ああ、アキちゃんが毎朝作ってくれる粒コーンスープが飲みたい。
たった一晩なのになんかすごい長い時間会ってないような気がする。
(あー、アキちゃんになんて謝ろう……)
陸はひかるが投げつけたクッションを抱え布団の上に転がった。
* * *
粒コーンスープ、またいっぱい作りすぎた……。
陸が使ってたこの部屋の鍵はくまのキーホルダーがついている。
鍵はローボードの上に置かれたまま……。
こたつに座り、アキは粒コーンスープを飲みながらそれをずっと見つめている。
(陸、鍵置いて行っちゃったんだ)
<♪時間だよ、時間だよ>
いつものアラーム。
「さ、行こうかな」アキは飲みかけのスープをテーブルの上にそっと置くと部屋を出た。
タケル先生は相変わらず上機嫌。
二人目なのに何がそんなに嬉しいの?私の気持ちも知らないで……。アキはニコニコ患者に受け答えし
ているタケルを見つめた。
「知るわけないか……」
「はい?」アキがポツリと呟いた言葉に患者が訊き返した。
患者がいるコト忘れてた。
「あ、ごめんなさい。しばらく食事等はしないでくださいね」
もう、なんか仕事が手につかない。
ココロココニアラズ。状態。
今日の仕事もなんとか終わり、嬉しそうにそそくさ帰っていくタケル。
「お疲れ様」
私はひとりのウチ。
コンビニで、一応、(陸が帰っていてもいいように)2つ海苔弁当を買い、急いでウチに帰る。
コツ。
コツ。
コツ。コツンッ……アパートの階段を上り終えた所でアキは足を止めた。
「……」
(陸……)
玄関の前には顔を埋め体操座りをして寒そうに座っている陸がいた。
カチャッ。
アキはわざと気づかないフリをして玄関ドアの鍵を開ける。
「アキちゃん……」陸はそんなアキの名前を顔を埋めたまま蚊が鳴くような声でそっと呼ぶ。
「……ん?」アキは胸がギュっと苦しくなり涙が出そうになった。
今、きっと、声を発したら震えてる。きっと、声と一緒に涙も溢れてしまう。
「アキちゃ……ん」
アキはそっと振り返り、陸を見つめた。
顔を足に埋めたままの陸。
陸……。
「ん……な……に?」
「アキちゃん」
「ん?」
陸はゆっくりと顔を上げアキの顔を見た。鼻と頬をピンクにさせたアキの目から涙が零れる。
たった2週間しか一緒に暮らしてないのに、お互いのコトまだあんまりよく知らないのに、なぜだか分
からないけど……少しずつ、なくてはならないものだと感じてる。
「ごめん……」
なんて謝ろうかずっと考えた。……けど、この一言しかない。
「……」
言い訳なんて言わない。
「ほんとうに……ごめん……」
アキはそっと微笑み、陸に手を差し出すとコクンと頷いた。
「……おかえり、陸」
明るいテンポのいい物語りを書きたいのに
どうしてもくだってしまう…。