片思い。
陸と暮らし始めて二週間が経とうとしている。
相変わらず陸の作る食事はとても美味しくて少し太りそうなのが怖い。
もちろん陸と男女のカンケイはなく、姉弟以上友達未満という感じ。
そういうカンケイにならないのは願ってのコトだけど、私に女としての色気がないのか……と、疑問も沸かないコトもナイ。
それとはカンケイないが、私は片思いをしている。
その片思いの相手というのは、私が歯科衛生士として勤めている歯科医院の先生で、もちろん妻子持ち。
スラーとした細身に長身のイケメン、飯田タケル36才。
好きになって1年10ヶ月。遠く(ココロは)から眺める日々が延々と続く。
「アキちゃん。右下3番CRしておいて」
「はい」すれ違いに先生のいい香りを感じる。これが幸せ。
先生が座った後の椅子。先生の温もりを感じる。これも幸せ。
ココロは女子高校生並。
「はい、お口開けてくださいね」
この仕事選んで良かった。今はそう思う。
PM7:00.
「お疲れさま」
最後の患者さんを送り出して、今日一日の診療が終わる。
「お疲れ様です、先生」
「あっ、アキちゃん。ちょっと話があるんだけど」えっ、ちょっと話?こんな言葉にも微妙に幸せを
感じてしまう。
「はぁ……」(なんだろう?)
タケルはカルテを取り出し「この患者さんの……」と、患者さんのことを話し出す。
「あ、はい……」
そうだよね、そうだよね?
ーアキちゃん、実は僕……アキちゃんのコトが……。
ーせんせい〜実は、わたしも〜〜。
何てコト……ないか……。
ほんの一瞬の“ちょっと話”の淡い期待もいつものように何もナイまま消えていく。
「はい、分かりました」
「じゃぁ、お疲れさん!」タケルは話を終えニッコリ微笑むと、白衣を脱ぎながら部屋へ戻っていった。
「……お疲れ様です」
駅までの道。
いつものコトと、アキは気力無くとぼとぼと歩いていく。
「はぁ……」なんかため息がこぼれる。
幸せと感じるのは、ほんのあんな一時のコトだけ……。
確か陸は今晩バイトで夕食が作れない。
「あ、そうだ。今日は私が夕食作る日だった」
アキはコンビ二の前でふと立ち止まる。
「弁当買っていこ」
ヤキソバ弁当を2つ買ってアキはコンビ二を出た。
たまにこんなブルーな気分に落ちる。っていうかよく落ちる。
どうにもならない行き場のナイ気持ちがフラフラと泳いでる。
片思いなんてこんなもの。ましてや、相手が妻子持ちだときたから普通の片思いより苦しくなる。
「さー、帰りますかぁ」
アキは月を見つめテンション低く自分に言った。
でも、今は陸がいるからなんぼかはマシかもしれない。
陸が居れば前よりかは少しマシ。一人のウチに帰るんじゃないから、部屋の電気がついているから寂し
くない。『お帰り』の言葉が聞けるからマシ。
俯き、コンビニの買い物袋を前後に振りながら家路を歩く。
ガチャッ。
部屋は真っ暗。電気をつけて部屋を見回す。
「陸、陸いないの?」
当たり前だけどトイレにも、バスルームにもいない。
「なーんだ、まだ帰ってきてないんだ」
こうゆう日に限ってバイトで遅いなんて……。ツイてない。
でも、一人で夕食をとるのはイヤだから待ってよう。
いつものようにコートを脱ぎ、黒い長い髪の毛をほどき化粧を落とす。
PM8:58.
9時までのこの2分間。いつも陸とリモコンを取り合う勝負の時間。だけど、今日はブラウン管の中の
人の声だけが聞こえる。
久しぶりの一人でなぜか落ち着かない。
「ちょっと、外見てこようかな?」
アキはカーデガンをはおり、アパートの階段を寒そうに降りる。
「なんで〜?」
んんっ!?
アパートの少し離れた所ですごい大きな声がする。
「しー、声が大きいつーの」
「なんで?なんでアパート入れてくれんの?」
「だからぁ……」
あー、バカップルの痴話喧嘩か……。
「ったく、あんな大きな声でよくやるよな」アキはカップルを遠目に見た。
「あ……」
バカップルの男は陸だった。
「だからぁ、この間からネェちゃんと一緒に暮らしてるからムリなんだってぇ」
はぁ?誰がネェちゃんよ。
「なんのぉ?クラブの?」
「なんでそうなるんだよ」
陸の彼女らしき女は狂ったように怒っている。
あの子、よっぽど好きなんだなぁ陸のコト……。
いいなぁ、陸。あんなに愛されて……。
「だったら証明してよっ!」 なかなか部屋に上げてくれない陸に対し女の子は痺れをきらし泣き叫んだ。
「もぉっ!」
ガバッ!
半分苛立ったようすの陸は女の子を抱き寄せるとキスをした。
「んんっ」
長く濃厚なキス。TVドラマでしか見たことがナイ激しいキスを電灯の明かりで見る。
「……」
あのチャラチャラしてそうな陸からはとても想像ができない……大人のキス。
あ、チャラチャラしてるからできるのか?
「あ〜寒い。部屋に戻ろう……」アキは何も見なかったかのように身体をブルブルと震わせ部屋に戻り、コンビニの買い物袋からヤキソバを取り出し食べ始めた。
「んんっ」く、ぐるしいっ。一気に食べたからムセかえりそうになる。
ヤキソバになんてするんじゃなかった。
「陸っ、お茶っ」そうだ、陸は今ラブラブまったなだか。
まだよく知らない陸のコト……。
陸の為に買ってきたヤキソバを見つめる。
その晩、陸はアパートに帰って来なかった。