ごめんと言おう。
肌を刺すような冷たい空気。
コートもバックも何も持たずにウチを飛び出した。
どれだけ走ったのかな?。
なんか最悪な事になっちゃった…。
どうしたらいいんだろう?。
喧嘩はよくするけど、あんな最悪な喧嘩は初めて…。
陸、どうしただろう…。
「はーい。」
カチャッ。
「ちすっ!。」
ドアを開けたひかるはアキの全身を見た。
薄着の服、真っ赤な鼻と頬にくちゃくちゃの髪。
「ど、どうしたのアキ?。」
「あははっ。」
苦笑い。
「…何、陸と派手にやったの(けんか)?。」
「あははっ…ぐすんっ。」
苦笑いが、泣き笑いに変わってく。
あー、これはタダ事ではないな。
ひかるはそう思う。
「まぁ、入りな、今、ココア入れるよ。」
「うん、ありがとう。」
久しぶりに来たひかるのアパート。
走ったから足がジンジンして少しかゆい。
「はいよっ、熱いからきよつけて。」
「うん、ありがと。」
かじかんだ手、カップの中でクルクル回る暖かいココア。
ひかるが入れてくれたココアが妙に熱く、少し苦くも感じる。
「…で、どうしたの?。」
アキはカップをコタツの上に置き、そっと窓の外を見る。
「なんか、お互いにキモチが強いって言うか…。」
「ん?。」
「上手く言えないんだけど…。嫉妬?、が強すぎて…。」
「へっ、嫉妬って誰が誰に嫉妬すんの?。」
「陸は私の前不倫してた相手に…私は、陸のお嫁さんになる人に…。」
「…陸の嫁さんになる人?。あー、なのの事かぁ…アキ会ったの?。」
「ひかる知ってたんだ?。」
「うーん、正月になんかそんな事言ってたような…。」
「…。」
「あの子のお父さん去年死んだんだ。今、榊原酒造あの子の兄さんがやってるんだけどヤバイらしくて…。」
「…。」
アキはコタツに座り、またココアを一口飲む。
「伯父さんが勝手に決めてる事だよ、アキ。」
それは、分かってるつもり。
「うん。」
「陸が前の男に嫉妬するぐらいあんたの事が好きなら、アキ、あんた陸の事信じてあげるべきなんじゃないのかな?。」
「う、ん…。」
「今日はウチ泊まっていって、明日きちんと仲直りしな。」
「そうだね、ありがとう。」
「さっ、布団出すから手伝って。」
ひかるはそう言うと押し入れから布団を出した。
「うん。」
「この布団、彼氏の布団なんだけどいつもベットで一緒に寝てて使ってないから気にしないで寝て。」
ひかると同じカバーの色違い。
「ひかるは彼氏と付き合って何年だっけ?。」
「そっち持って、あんたんちに陸連れて行った時ぐらいかな?。」
「あー、彼氏ができたからウチに連れてきたんだ。」
ひかるはニヤリと笑い
「そう、まさかこうなるとは思わなかったけど…。」
「ほんと、人は分からないね。」
枕を見つめ、しみじみと言うアキ。
「ところで、あんた達寝たの?。」
アキは淋しそうな顔で首を振る。
「なんだ、あいつ…。」
呆れた顔のひかる。
「ひかる…。」
「ん?。」
「私ね、赤ちゃん堕ろしてるんだ。」
「はっ!?だ…いつ?。」
ひかるはアキが口にした言葉に驚く。
「去年の4月頃に先生の赤ちゃん堕ろしたの。」
「アキ…。」
「その後遺症かな?、精神的にだけど…そういうフインキになると身体が震えて…。」
「…。」
アキの目から溢れ出す涙。
「きっと、陸気づいてるんだよね?、私が震えてるの…。」
「アキ。」
「だから、自分に責任持てるまで私の事抱かないって…。」
「…。」
「ひっく、ひかる、私ほんとにバカだよね?。」
「そんな事ないよ…アキ。」
「私…。」
「アキ。」
何回も信じる、信じてる、繰り返すうちに信じたい…不安へと変わる。
不安へと変わると、自分の気持ちを…抱えきれないほどの相手への気持ちが自分を押し潰す。
恋は必ずもいつも幸せではない事。
相手を想えば想うほど…両想いになればなるほど苦しくなる。
私はそう感じる…。
手遅れにならないうちに謝ろう…。
苦しくても、やっぱり私は陸の手を離したくない。
『ごめんね。』と謝ろう。