さよならダンボール・マシン
ダンボール箱型のタイムマシンを試してみた。
ダンボール箱の上と下は開けっ放しにして、頭からストンと足下に落とす。
するとあら不思議! 時間を飛び越えているという寸法だ。
「ばかばかしい。そんな方法で時を飛び越えてきたと申すか。ならもう一度それを試してみよ。何?だんぼおるが壊れてできぬか。語るに落ちたな。どうせ他国の忍びであろう。お前は打ち首じゃ!」
江戸時代の、どこかの城にタイムスリップした俺は、家老の激怒をかい、死刑にされることになった。
「待てい」
今まで黙って弁護士抜き裁判を聞いていた村上龍に似た殿様が口を開いた。
「こやつ、面白い嘘を抜かしよる。妙な服装をしてるところを見ると、まったく出鱈目ではないようにも思えるが……、よし、気に入った。お主、名は何と申す?」
「角川春彦です」
「よし春彦、貴様、わしの代わりをしろ。近々わしは参勤交代で江戸城に赴かねばならぬ。面倒くさい仕事じゃ。春彦にはそのあいだこの城の番をしてもらいたい。『定番』という役職じゃ」
こうして俺は今でいう中国地方に位置する城の留守番をすることになった。
数日が過ぎ、城内で一人のくノ一が捕獲された。
「まったく最近はくせ者が多いこと」
家老の愚痴をまたいで、俺は美貌のくノ一をまじまじと見た。変だぞ。なんでピンクの服着てんの?
「君はもしや、この時代の人ではないのでは?」
「よく分かりましたね。お察しの通り、私は未来のアキバから間違えて転送されてきたコスプレイヤーです。あの時代では凡庸なオタクの日々を送っていましたが、ここに来てからは生き延びるために生と死の境目をくぐり、修行の毎日。気がつくと忍者二級の免状を持つほどになっています」
その夜、俺はサオリという名のレイヤーと元の時代のことを語り明かした。
サオリは元の世界からいくつかのギミックを持ってきていた。ブラジャーとパンティと電動バイブである。
「サオリ、ちょっとそのバイブを貸してくれ!」
「あ、何すんのよ? ダメ!」
俺はサオリの手から奪ったバイブを分解し、中の部品を壊れたダンボール型の乗り物に組み込む。
「なおった! これで元の時代に帰れるぞ。サオリ、一緒に元の世界に帰ろう」
「イヤよ。私は帰らない」
「バカな。俺たちはこの時代にとっては異物なんだぞ。このまま居続けたら何が起こるかわからん。危険すぎる」
「私、忍者二級なのよ。人だってもう三人殺してる。向こうに戻ったらこの資格はどうなるの? わかる? 今の私にとってはこちらのほうがリアルなのよ」
サオリの思いは固いらしい。人を殺しているというのも物騒だが、向こうだって死刑制度や戦争によって殺人が合法化されている。中絶だって考えものだ。人が人を殺すのは普遍の行為として片付けておこう。サオリは天職としてくノ一を選んだ。それでいいじゃないか。
「さようならサオリ、いつかまた会おう」
ところが、俺は一人、元の世界に戻って、唖然とした。
サオリを置いてきたせいで、明らかに歴史が書き換えられていたのだ。
なんと江戸時代の各国の大名が次々と同一のくノ一によって暗殺されている。その時代はまさにくノ一暗殺時代と記録されていた。
くノ一という存在は江戸時代のスーパー職業として小説や映画で語り継がれていた。
俺はたまたまコミケ会場付近を車で走った。
赤、黄、ピンク、色とりどりのくノ一たちが楽しげに騒いでいるのが見て取れた。
「お前らの中の一人が闇の世から時代を切り開いただなんて……信じられないだろうな」