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本当によろしいのですね? あなた今、国民すべてを敵にまわしましたよ

作者: 多賀はるみ
掲載日:2026/06/14

 法治国家として名高いザイール国。この国に住むものは皆、法律や条例、約束事を遵守することを誇りにしている。しかし、たった一人。今この瞬間に法治国家として名高いザイールの名を汚す男がいた。


「エリンダ! 今この時を持って、お前との婚約を破棄する!」


 一方的に婚約破棄を宣言したこの男は、ザイール王国のベルク王太子。彼はこの王族貴族が通う王立学園の卒業パーティーの場で、婚約者ではない令嬢を腕に巻き付かせてドヤ顔を披露している。


「婚約破棄、ですか?」


 婚約破棄を突きつけられたエリンダは、大国のシュヴァール帝国の第一皇女で、ベルクとの婚約が決まってから、ザイール国に留学生としてやってきた。そして、学園を卒業した後にベルクと結婚することになっていた。


 エリンダは帝国特有の黒髪黒目で、キツめの顔立ちをしていた。その顔をさらに冷たく、汚いものでも見るような目でベルクを見ながら「なぜ?」と、問いかける。


「当たり前だろう! お前は王妃に相応しくないからだ! お前は優しく清らかなこのシャルロットを私に愛されているからという醜い嫉妬から、散々虐めていたそうじゃないか! そんな卑劣なことをする女を王妃には迎えられない。よって、私はエリンダとの婚約破棄をして、このシャルロット嬢との婚約をここに宣言する!」


 ドヤァっと、またもやベルク王太子は宣言する。

 ここで名前が挙がったシャルロット嬢というのが、その腕に巻き付いている女のことか、と把握したエリンダ。

 シャルロットはいかにも申し訳なさそうに、眉をハの字にして目を潤ませている。


「も、申し訳ありません、エリンダ様。ですが、エリンダ様に虐められている私を慰めてくださったベルク様を私もいつしかお慕いするようになってしまったのです……どうか、ご自分の罪を認めて婚約破棄に同意してくださいませ」


 ふむ。このシャルロットとかいう女、とても器用だ。申し訳なさそうにしているのに、あふれ出る見下し感がすごい。

 


「ベルク王太子殿下、婚約破棄、本当によろしいのですか? この二百年、他国の者との婚姻が許可されていないザイール国にとって、私との結婚は悲願だったはず」



「はん! そんなことを言って、婚約破棄を免れようだなんて笑ってしまう! 他国との婚姻は確かにわが国にとって悲願だったが、それならシャルロットも隣国のイッターナ国からの留学生なのだから良いではないか」


 あら、あら。もしかして、ポンコツ王太子、私との婚姻の意味をまったく理解していないのかしら?

 イッターナ国なんて、私の母国、シュヴァール帝国からしてみたら吹けば飛ぶような国力ですのに。

 周りの貴族子女の方々のなかには、ベルク王太子のあまりの発言に、可哀想に失神しているものもいる。

 それもそうだろう、こいつ一人のせいで二百年の我慢がパァなのですもの。ザイール国はこの大陸の中で唯一、他国の者との結婚を許可されていない。それには、ある理由があるのだが……

 


「私達の婚約は国と国としての政略的なものでしてよ。王の裁可もなしに婚約破棄など、できませんわよ」


 私にだって、この国で過ごした親しい者たちがいる。その方達のために私はポンコツに最後の(なさ)けをかけてあげた。


「はははは! 王は周辺国に公務に行っているのはお前も知っているはずだ。私は父上に公務に行っている間、勉強のために全権を委任してほしいと頼んでいたんだ。だから、今、国の全権を担っているのは私だ。エリンダ、そんなに私と婚約破棄したくないのか。それなら、仕方がない。正妃はシャルロットでお前を側妃にしてやる。嬉しいだろ。だが、僕の愛はシャルロットのものだから、お前はただシャルロットがする正妃の仕事をやっていればいい!」


 鼻息荒く、ふすふす言っているこの男、本当にどうしてやろうかしら。誰がいつ、お前との結婚をしたいと言ったのかしら。本当なら帝国で唯一の姫として、蝶よ花よと、過ごすはずが泣く泣くこの国に来たというのに。

 それもこれも、古い盟約からですのに。はぁ……ここまできてしまったのなら、もういいわよね。


「では、この婚約破棄の宣言はザイール国として正式なもので、本当によろしいのですね?」


「そうd……「お待ちください!!」」


 バァーンと、扉を開けて縄を手足に巻きつけながら、ものすごい勢いで待ったをかける男が乱入してきた。


 やっとのご登場ね。と、思いはしたが手足に縄が巻きついているのをみると、もしかしたらポンコツ王太子にどこかに閉じ込められていたのかしら。

 この、縄を巻き付かせていきなり乱入してきた男は、エアロ・フォンターク侯爵子息。

 現宰相の息子で、優秀で温厚な性格なせいで、こんなポンコツ王太子の側近に命ぜられてしまった方。

 そういえば、殿下の側近でさっきまで見当たらなかったのはこの方だけなのよね。

 騎士団長の息子の脳筋護衛騎士のアラン様や、魔術師長の息子の元引きこもり魔術オタクのセルバン様は殿下の側、正しくはその隣にいるシャルロットから片時も離れていない。


「殿下、婚約破棄どうかどうかお待ちください」


「ふふ。エアロ様、お待ちくださいも何も、もう婚約破棄を宣言されたのよ。どうにもならないわ」


「エリンダ様、そんな……」


 エアロ様は、人って絶望するとこんな顔になってしまうのねって表情をされている。


「エアロ!! どうやって、物置小屋から出てきた! アランとセルバンに物置小屋から出てこられないようにしろと言ったのに! まったくお前は、また私の邪魔をしに来たのか」


 あら、やっぱりエアロ様はこのポンコツ達に閉じ込められていたのね。


「ベルク殿下、なぜ、なぜこのようなことを……」


 ポンコツ達のあまりのやらかし具合に、エアロ様は膝から崩れ落ち、泣きそうだわ。


「エアロ、貴様なぜ分からぬ。エリンダ様と結婚してしまっては、この国は帝国の属国になってしまうのだぞ。殿下の判断は正しい」


 脳筋のアラン様がそんな訳知り顔で言う隣で、魔術オタクのセルバン様もコクコクと頷いている。


「何をバカな! アラン、あなたいったい誰に唆されたのです? あなたがそんなこと考えるはずがない」


 確かに。脳筋で、基本的に考えることを放棄しているアラン様がそのようなこと考えるはずがない。


「ベルク殿下が教えてくださった! このままでは、帝国の属国になること。エリンダ様の独裁になってしまうかもしれないとな」


 まあ、確かに。このまま、ポンコツ王太子がポンコツのまま私と結婚すれば、この国の実質的な権力者は私になっていただろう。変なところで感がいいんだから。

 でも、私だってこのポンコツ達が誠実にこの国を治め、私のことを最大限に尊重するのなら、私はあくまで手助け程度の口出ししかするつもりはなかったのに。

 まったく、このポンコツ王太子ときたら……


「あぁ……終わった。この二百年、私たちの努力が……」


「はぁ、エアロ。確かにこの性悪女との結婚をなくしたが、そのかわりイッターナ国のシャルロットとの結婚するのだ。他国との婚姻に変わりないだろ」


 またしても、ドヤ顔を炸裂するポンコツ王太子。


「変わりないなんてそんな! あるに決まってるじゃないですか! むしろ、エリンダ様との婚約がなくなったせいで、他の国との婚約をしていた者たちも自動的に婚約が解消されたようなものです! つまり、ベルク殿下もシャルロット嬢との結婚は出来ませんよ!」


「そ、そんなことあるはずないだろ! はっ! まさか、これもその性悪女と帝国のせいか!」


 もしかして、もしかしなくてもこのポンコツ王太子。この国の成り立ちを分かっていないなんてことあるのかしら。そうじゃなければ、私との婚姻があってこその他国との婚姻が可能になるのに。


「ポンk……こほん、ベルク殿下。もしや、あなたはザイール国の成り立ちをご存知ないのでは?」


 いけない。あまりにもポンコツ、ポンコツと心の中で呼んでたせいで、とっさにポンコツ殿下と呼びそうになってしまったわ。と、ひとり反省会をしていたら、先ほどの私の発言を他国の者の私に「お前、自分の国のこと知らなさすぎだろ(笑)」みたいに受け取ってしまったみたいで「わ、私はこの国の王太子だぞ! もちろん知っているに決まっているだろ!」と、唾を巻き散らかしながら叫んでいる。

 やめてよ、私の顔にあなたの汚い唾がつきそうになったじゃない。扇を顔の前にさっと開いたおかげで、間一髪で避けられたからいいけど。


「では、ザイール国の成り立ちをお聞かせください」


「ふん。そんな簡単なこと、赤子でも知っている。この国は元々未開の地として有名な島だった。故に、どこの国にも属していなかったが、移り住んできた我らの祖先が、たまたま世界的に貴重な小輝石を見つけたことで、各国と取引を成立させるために国として認められたのが始まりだ」


 ふむ。半分正解、半分不正解といったところね。

 一番重要なところを分かっていないのね。

 

 確かに、小輝石が見つかったから、ただの島を国【仮】として認められた。

 そう【仮】にだ。

 小輝石は貴重なもの。そして、今の生活には欠かせないものだ。

 トイレを流したり、シャワーから出てくる水を温めたり、とにかく日常生活に欠かせない魔術具の原動力が小輝石なのだが、これがなかなか発掘できる国がない。

 現在、小輝石の流通の五割はこのザイール国原産だ。


「では、殿下。ザイール国は【仮】に認められた国だと分かっておりますか?」


「は? 仮だと?」


 心底、何を言っているか分からないといった表情だ。


「ええ、仮ですよ」


「そんなバカな事があるか! 我が国を侮辱するのか!」


「はあ、まさか本当にザイール国が仮国家だと知らなかったなんて……」


 そう言って、やれやれと首をふるエアロ様。


「エアロ!! どういうことだ! 我が国が仮国家だなんて」


 エアロ様は、チラとこちらを見て私が頷くとポンコツ王太子に説明を始めた。


「そもそも、なぜ私たちの祖先はこの未開の島に移り住んだと思っているのですか?」


「勇敢で、探究心があった者たちなのだろう。未開の島などよほどのことがない限り、移り住もうとは思わないだろうからな」


 うんうん、と自分の説明に納得しているポンコツ達。


「いいえ、違います。我らの祖先は近隣諸国で罪人となり、流刑地としてこの地に流された者たちなのです」


 そう説明されてあんぐりと口を開けるポンコツたち。そんなバカなと、周りを見渡してみても、深刻な顔で頷くザイール貴族達。


「そ、そんな、私たちが島流しにあうような罪人の末裔だ、と?」


「ええ」


 罪人の末裔と言われて、よほどショックを受けた様子。補足をいれてあげましょかね。


「少し、補足を入れますと罪人といっても、この地に流されてきた者達のほとんどは本来なら島流しにあうはずのない者達だったらしいですわ。窃盗や横領など、島流しにあうほどの重罪の者達ではなかった方々が、その時々の政争に負けたり、国にいられると都合が悪いからと周辺国の方々はこの地に島流しにしたのです。ちなみに、当時の帝国はこのような使われ方で周辺国がこの島を使っていたことを知らなかったようですわ。島流しにした周辺国の者達は、未開の地なのだから勝手に命を落としていると思っていたそうですが、島に流されてしまった者同士、協力し合って生きていたそうです」


「はい、そしてたまたま小輝石を発見したことを祖先が発表したことで、周辺国はなんとかして、この地を自分の国の領土として取り入れようとしました。今まで流刑地として、我関せずとしていた周辺国が我先にと、自国の民がいるのだからとこの地の所有権を主張しあったのです。ですが、我らの祖先はそんな都合のいいことを認めなかった。本来なら、島流しになる罪ではなかったのに、勝手に流刑地送りにしておいて、自国の民がいるからそこは我が国の領土だなんて、認められるはずがない」


「そ、それが本当だとして、なぜ流刑地の島が仮だとしても国として認められるのだ! やはり、出任せに決まっている」


「そこで帝国です。せっかく、あちこちであった戦争がなくなり、平穏に過ごしていたのに、この島を巡ってまた大きな争いになりそうだと感じた帝国は、どのような経緯で未開の島に人々が移り住み、小輝石が見つかったのか独自に調べました。そして、本来なら島流しにあうほどの罪人ではない彼らに同情し、この島を他国の領土とはせず、島流しにあった者達の国として認めようとしました。しかし、それでは近隣諸国が黙っていません。島流しにあうほどの罪ではなくとも、罪人は罪人。だから、二百年。二百年、この地に住む人々が罪を犯さず、誠実に過ごしていれば正式な国として認めるのはどうかと、それまではあくまで仮の国家として扱う事で認めさせたのです」


「そういうことですわ」


 一通り、エアロ様が説明してくださって、ポンコツ達はただ、はくはくと口を開けたり閉じたりしている。

 

「仮の国家なのですから、もちろん他国との婚姻も叶いません」


 この大陸では、他国の者との結婚はある種のステータスとなっている。どの国のどんな立場の者と結婚出来るかで、その国の国力が分かるというもの。

 ザイール国は、仮の国家だったため、この二百年そのステータスをとにかく欲しかった事だろう。

 それに、小輝石の取引も仮の国家では信用が足りないとかで足元をみられたりもしていた。


「はっ! では、なぜ私はこの女との婚約がなったのだ?」


 はぁ……。やっぱりそこも分かっていないのですね。

 エアロ様も、何もかも分かっていないポンコツ達に頭が痛いようで、一度空を見上げてしまった。


「先ほど申し上げた二百年が今年の秋に迎えるのです。当時、二百年後に仮の国家から正式な国家になったとしても当初は侮られるだろうと心配した当時の帝国が、ザイール国の後ろ盾としてその時の帝国の皇女を嫁がせようと約束してくださったのです。それがエリンダ様なのですよ。それをあなた様は……」


 やっと私の重要性に気づいたのかしら。ポンコツ達はおかおが真っ青。シャルロット様はどうにかして、この場を離れようとしているけれど、ポンコツに手を握られていて逃げられそうにない。

 さて、この後はどうしようかしらと考えていたら、ポンコツは、はっ! と、何か気づいたようで話し始めた。


「今年の秋で二百年を迎え、やっと国として認められることは分かった。それに、エリンダ。そなたがザイール国のために嫁ぐ予定だったことも仕方がないことも分かったから、そなたを改めて正妃として迎えよう。だが、シャルロットを側妃とすることを認めよ」


 どうして、こんな騒動を起こしておいてまだ自分が王太子の地位にいれると思うのかしら? ポンコツの頭の中はいったい何が詰まっているの?

 私はにっこり笑って現実を教えてあげた。


「ベルク様、私はあなたの妻にはなりません。帝国に帰りますわ」


「はぁ、まったく正妃にしてやるというのに嫉妬などしおって。仕方がない、そなたとは白の結婚のつもりだったが子は一人は産ませてやろう。だから、機嫌を直せ」


 なんて、気持ち悪いことを言い始めて、私の腕に鳥肌が。ぞわっ。

 そして、私が殿下と呼ばなかったことに気づかなかったのかしら。これほどのことをしでかして、もはや彼は王族ではいられないだろう。


「はぁ、ベルク様。先ほどのエアロ様のご説明をお聞きしていたはずですよ。二百年、罪を犯さず誠実に過ごしていれば正式に国として認める、と。あなたは私に冤罪をなすりつけ、不貞を行った。つまり、ザイール国はまた仮の国家に後戻りなのです。しかも二百年のうちにまたザイール国の人が罪を犯したり不誠実だった場合は、また二百年延長されるのですよ」


 はっ? なっ?! とうるさいポンコツ達。


「ですから言ったではないですか。本当によろしいのですね? と。ふふ、あなたたち4人のせいでザイール国はまた二百年、仮国家として近隣諸国から足元をみられ、今年他国の者たちと結婚する予定だった者たちは、婚約解消に追い込まれたのです。あなたがたは国民すべてを敵に回したのですよ」


 先ほどの比ではないほど真っ青を通り越して、真っ白になるポンコツ達は本当にやっと、自分達のしでかしたことを認識したようだわ。

 ヘナヘナと崩れ落ちるベルク様に、ガクガクと震えるアラン様。セルバン様はすんすん泣いている。シャルロット様は「私は関係ない! 騙されたのよ! 罪人の末裔なんて知らなかった! ただ小輝石を母国にたくさん融通してもらおうと思っただけ!」と、騒がしい。

 それを聞いて、ベルク様はあまりのショックに卒倒してしまった。










 卒業パーティーが、散々なことになり、ザイール国の人々はこの二百年の努力をポンコツ達のせいで不意にされ激怒。

 国王が騒ぎを聞いて慌てて戻った時には、ポンコツ達は処刑済み。

 ザイール国王【仮】には、この騒動の元凶達は処刑済みなのだからなんとか今年、正式な国として認められないかと足掻いていたが決まりは決まりだ。

 正式な国として認められたいなら、また二百年ザイール国の人々には、頑張ってもらわなければならない。

 まったく、この国王【仮】もやっと正式な国として認められる、帝国の皇女の私が嫁いでくると浮かれすぎたのだ。そのせいで、ベルクを甘やかし、ポンコツになり、この騒動となったことを認識しているのかしら。

 

 私は早々にザイール国を出て、シュヴァール帝国に戻った。

 ザイール国で親しかったものや、優秀な者たちを連れて。

 ザイール国民は他国の者との婚姻は認められないが、受け入れる側の国が認めれば国を移動することは可能なのだ。今まで、元罪人の仮国家だったためザイール国民は移住することは難しかったが、私の一言で一部の者たちだけ帝国に一緒に来てもらった。


 優秀な者たちを欠き、やっと正式な国になるという希望があとすんでのところで悲願が叶わなかったザイール国はきっと荒れるだろう。

 これから先、仮国家から脱出できないのではないかしら。


 だから言いましたのにね。



「本当によろしいのですね?」と。 





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