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三日目の朝、白のミルカとマリーの回想

豊穣祭3日目も快晴だけれど、まだ夜が明けたばかりの空は色が薄い。

というよりも、これではまだ夜と朝の境目だ。

(さすがに早すぎね)

どれだけ緊張しているのだろう。自分に苦笑いして、マリーはもう少しゴロゴロしていようと、ベッドに戻った。


テーブルの上は、今は白いミルカの花。

ルセルとミルカを何となく一緒にしたくなくて、ルセルは居間に飾ってある。

トーニのくれた大切な思い出、感情。それも全部持って、今日、ウィルと会う。


白いミルカは、マリーが好きな花だ。白い花弁は、中央に寄るとわずかに色を赤く染める。

蕾はだから、薄紅色をしていて、可愛い。果実も赤く甘い、大好物だ。

覚えている。はじめてくれたお土産は、ミルカの実。

マリーは持て余した時間で14歳のウィルを思い出した。


『これ、お世話になりますって、母さんが』

レオンが王都に行って、ウィルはすぐに行動した。

自分もレオンを追いかける。それには、今から勉強しないと間に合わない。先生、俺を鍛えてくれ。

ライハルトとウィルはその後二人だけで話をしていた。そして、ウィルの猛勉強が始まった。

勉強を教える初日、マリーが母と二人で庭のハーブを摘んでいると、後ろから籠を持ったウィルが近寄ってきた。

ななめがけのカバンに、母親に差し出す小花模様の布がかかった手提げ籠。花柄が似合わない。

『まあ、ララさんたら。あら、パイ!婦人会でも大評判なのよ、ララさんのミンスパイ』

さっそく夕飯にいただくわ、と母が立ち去った。でも、ウィルはまだそこに立っていた。

『あのね、お父さんが、いつもはダメだけど、時々なら一緒に勉強していいって』

マリーは単純に、ウィルといる時間が増えることが嬉しかった。

『そうか。でも子供は外で遊ぶもんだぜ』

泥ついてる、と鼻をこすられる。子供じゃないもん、と膨れるのはいつものこと。

『ここに来てもレオンがいないって、不思議だな。ああ、悪い。でも、マリーがいるもん、だろ?』

いたずらっぽく笑う。一瞬前の寂しさが、飛んで消えた。

そうやって、ウィルはマリーを救ってくれる。いつも。そして、ずっとそうだった。

『そんな言い方してない!』

ポカッと叩いた手はカバンにぶつかって、ころりと赤いものが落ちた。

『あ、やべ。潰れてないか?』

拾い上げたのはマリーの手にちょうど収まる大きさの、ミルカの実。

『わあ、真っ赤だ!いいにおーい』

甘いけど爽やかで、かじるとサクッとして、果汁が口いっぱいに広がる。マリーの大好物。

『ほら、まだあるぞ。もいだばっかだから上手いぞ。土産』

カバンから2つ。マリーの手に載せられた全部で3つ。

この時は何の疑問もなく、レオン、ウィル、マリーで3つ、と思ったのだ。だから1つ、返した。

『兄さん損したね。こんなに美味しそうなのに。いないんだから、兄さんの分は半分こでいいよね?』

は?と驚いたウィルはすぐに笑って、マリーの頭をぐしゃぐしゃにする。

『ああ、いいぞ』 

『勉強終わったら一緒に食べようね!』

『待てるのかよ。いつもすぐ食っちまうだろ』

『もー。騎士様はレディにそんな言い方しないよ!』

結局待てなくて、勉強しているところに「休憩でーす」と押しかけたのも懐かしい。

それから、ウィルは土産だと言っては、多分、道すがらに生えている色んなものを持ってきた。

今なら分かる。マリーの様子を見てくれていた。茎と根だけ持ってきて何か当てさせたり、割ると断面が光る石を見せたり。寂しくないように。マリーが笑えるように。

レオンは父のような兄だ。でも、ウィルは友人のような兄だった。


勉強はウィルが16歳で無事に試験に受かるまで続いた。

周りの声はマリーにも届いた。「あいつ、確かにすげえよ。でも、レオンは別格だったろう。本気なのが無謀だよな」とその声に、学校の帰り道、マリーはすぐ後ろの二人を振り返ってしまった。「あ、レオンの妹だぜ」と耳打ち。分かっている。口さがない噂は、取り合わないのが一番。隣にはニーナもいる。でも。

『同じ努力ができない人に、言ってほしくないです。ウィル兄さんが兄さんに敵わないのは、勉強だけだもの!』

『マリーだめよ。行こう』

成人間近の少年に、10歳の少女が噛みついてどうなるというのか。それに、後でウィルが知ったら、きっと心配する。それぐらいはマリーにも分かる。

『生意気言ってすみませんでした。ウィル兄さんには言わないで下さい。じゃ』

ニーナに引っ張られて離れた。

『マリーったら。ヒヤヒヤさせないでよ。それに、謝る必要ないのに』

『ううん。八つ当たりもあるから』

『八つ当たり?』

マリーはずっと不安定になっていた。心底受かってほしい。でも、それはウィルがいなくなるということ。また取り残されるのだ。自分はちゃんと、喜べる?あの人たちみたいに、ひがむ気持ちがないか?

『受かってほしいけど、行ってほしくない』

ああ、とニーナは頷いた。ニーナは家が商売をしているからか、やたらに大人びた考えをする10歳だった。

『本当に、マリーはウィル兄さんが大好きね。マリーにこんなに思われてて、信頼されてて、試験ぐらい受からなかったら余程の無能よ。だから大丈夫よ。マリーがどう思っても』

心配いらないわ、と、マリーが気がつかなかった不安を掬いあげるのだ。

『ね、マリー。すごいわね。騎士になりたい人はいるけど、本当になろうとするのは全然違うことだわ。あの姿を見て、自分はどうだろうって思わない人はいないと思う。今度は、マリーの番ね。もう決まってる?私、応援するわよ!』

『ううん。まだなの。まだ、何も決まってない』

これは自分の問題なのだと、気付く。ウィルが受かるかどうかではなかった。自分が定まっていればウィルがどうでも、ちゃんと受け止められる。

マリーは思わずニーナに抱きついた。

『ニーナはすごいわ!ありがとう。私ニーナがいてくれて良かった』

『私もマリーが大好きよ。ウィル兄さんなんかに負けないつもり』

あれがあって、マリーはウィルが受かったら精一杯喜んで、盛大に送り出せると思えた。

離れるのは当たり前だ。レオンやウィルは、自分の道を選んだだけ。マリーはこれから。ならば、マリーも追いつこう。例え進む場所が違っても、胸を張って歩きだせる。

『よかったね!絶対、ウィル兄さんならできるって思ってた!すごいね。私、自分が頑張ったんじゃないのに、こんなに嬉しいもん。すごいすごい!』

受かった、とあれは自分でも信じてない顔で、ウィルは報告に来てくれた。

ライハルトも母も、マリーも全力で喜んだ。

『マリー大げさだな。でも、ありがとう。マリーが信じてくれたから、やれたんだ』

頭をぐしゃぐしゃにされる。その力強さと温かさを感じ、これがもうなくなるのだ、と実感したあたりで強がりも限界だった。

『わ、わたし、ニーナと約束があって、ちょっと出てくるね』

走る。あっという間に、見覚えのある木にたどり着く。

あの日は、そこにウィルがいた。木刀をふるっていた。レオンの旅立ちに、一緒に泣いた。

(もう、今は、一人)

ウィル兄さん、と呟いて、失敗した。だって応えがないことが、こんなに辛い。涙がこぼれた。

今は泣こうと思った。泣き切ってしまえば、また笑える。あれだけの努力をしたウィルの旅立ちを、泣いて台無しになどしたくない。心配させたくない。優しい人だから。

木に両手をついて、涙のこぼれる目をあてた。

『嬉しいんだ、嬉しいことなんだから』

泣くのはおかしいよマリー。寂しいのは仕方ない。それよりも、喜ばしいことなんだから。

その時だ。

『マリー』

背中にかかる声は、ウィルのもの。何で、と思ったそばから、やっぱり、とも思う。

『俺、さ。…行っちゃ嫌だって言われないの、ちょっと、寂しいぜ』

何でそういう言い方をするのか、とマリーは復活した涙に八つ当たり気味に思う。

決まってるじゃないか。おいてきぼりは、嫌だ。離れてしまうのは。

『やだよ。…嫌だようっ』

言わせるなんて、ひどい。両手を握りしめて嗚咽をこらえるマリーに、ウィルはとどめを刺した。

『来いよ。こっちだろ、泣くのは』

ひどい!

全てお見通しと言わんばかり。マリーの努力を無駄にする。それがこんなに嬉しいのが悔しい。

顔を見せたくなくて、手で隠したままウィルの胸に、頭突きした。

『バカマリー。俺の前で我慢するな。俺だって、寂しいよ』

頭をぐしゃぐしゃにされる。ぎゅうっと抱きついた。たった2年で、広く逞しくなった体はびくともしない。

『ごめんね。嬉しいことなのに。離れるの、寂しいよ。一緒にいたいけど、私にはまだ何もないから』

背中をぽんぽんと叩いてくれるのは、今も昔も変わらない。

『離れても、変わらないだろ?レオンがそうじゃないか。俺も同じだ。ずっと一緒だよ。マリーは、俺とレオンが守るから。俺も頑張るから、マリーも頑張れ。お前が俺を応援してくれたみたいに、俺も応援するからさ。ありがとな。お前のおかげだと思ってるよ。毎回、いいところで休憩ですってお菓子持ってきてくれてな』

『ひ、ひどい!』

にらむと、ぶは、と笑われた。

『すげー顔』

『ひ、ひどすぎる!』

今度は本気で怒った。あーあー、こすんなよ、と袖口で顔を拭われる。

『冗談だって。大丈夫だ、マリー。だから、あんまり泣くな。マリーが能天気に笑ってないと調子でないよ』

こういう時のウィルは本当に優しい目をしてマリーを見つめるから、マリーは笑顔で怒っているフリをするしかなくなるのだ。

『能天気じゃなくて、お日様みたいって言うの!』

『はいはい。落ち着いたら帰るぞ』

そしていつも通り。それが嬉しくて、切ない。

ずっと一緒に過ごした。寂しさを楽しさに変えてくれる人。その背中が目標をくれる人。頼っていいよと安心感をくれる人。一番そばにいて、一番好きな人。

胸にしがみついて思う。大好き。ずるい。私ばっかり、こんなに好きだ。

どうしようもない年齢と距離。きっとマリーの暗い気持ちもこもった好意など想像もしていない。

離れたくない。誰かに、入られたくないのに。

きっと叶わないと、どこかで絶望的に感じていた。


(私はあの時から、少しは成長しているのかしら)

抱く想いは、少しも変わらないというのに。年はとった。自分の道もそれなりに定めて頑張ってきたつもりだ。でも、その分、レオンもウィルも先に進んでいた。

騎士になった。ますます忙しく、二人はしなやかで凛々しい若者になった。なぜだか騎士に選ばれる人間は見栄えが良い。レオンもウィルも、多分マリーが想像している以上にモテる。

放っておかれないのが逆に疲れる、と言うくらいだ。

『女ってのは恐いね。何考えてるのか分からん』

『ここにいるのも一応女性ですけど?』

『だってマリーは妹みたいなもんだろ。俺を知ってるしさ。こう、キレイな女性なのはいいんだけど、会話も気取ってないといけなくて、気を使うのがだんだん面倒になってきてな』

まだ、大丈夫、誰も入ってきてない、と薄暗い喜びを覚える自分が嫌だ。

『妹みたい、なのには、騎士のお面は通用しないもんね?兄みたい、なウィル兄さん。はいお茶』

ライハルトと手合わせした後のお茶はぬるめでたっぷり、ちょっとだけ甘くしてある。

ウィルは一気飲みして、ああ、これだよ、と満足そうに笑う。それがどれだけ嬉しいか。

『ここに来て、先生と稽古して、マリーの顔見るのが一番の骨休めなんだよ。ホッとする』

次の日があるから、ウィルはいつも日帰り。馬を思いっきり走らせるのも息抜き、というけど、距離を考えれば、それだけでもないだろう。

一度もウィルは、マリーを心配していると言ったことがない。面倒みてやっているとも言わない。

自然に側にいて、自然に心まで守ってくれる。

昔から誰より騎士らしいと思うのは、マリーのひいき目だろうか。

『もっと近ければ差し入れにいくのにな。カッコつけてるウィル兄さん見てみたい』

『おう、見たら惚れるぜ? なんてな』

『そんな上面に興味ございませんの、本物のレディは』

だってもう惚れてるもん、バカ、と胸中で呟くほかなかった。


騎士の礼装姿は一度、見たことがある。レオンとウィルの任命式に王都に行った時。

青のラインが入った真っ白な詰襟の上下に、真っ青なマント。留め具と飾り紐は銀。剣帯も黒い革に燻銀で意匠が施してあって、白い手袋で捧げ持つ姿は物語に出てくる騎士そのものだった。

遠くから見るだけだったが、16人がそろい、女王が立つ姿に誰もが夢を見たように浮かされた。

ちょっと恥ずかしそうに、でも誇らしげに立つ二人はとても格好良くてドキドキした。そして、自分のいる場所とのあまりの違いに苦しくなる。

『あれは汚すって!ヒヤヒヤして飯もまともに食えなかった』

『確かにな。普段は青い服だけど、どっちも窮屈なんだ。襟が苦しくって参る』

式の後の食事では普段通りで拍子抜けしたものだけれど、動作は洗練されていて人目を惹いた。

マリーは知る由もない騎士の生活ぶりでも、女性が放っておかないことだけは確信した。

ただ、それ以上に多忙で、知り合った騎士たちとの交流の方が刺激的だったようで、今まで二人ともに決まった恋人の噂は立たなかった。


もう4年がたった。いつそんな話が出てもおかしくない。そして、マリー自身も。

昨日のトーニを思う。たった一日で、たくさんのことを教えてくれた。

(叶わないと知っているのに、想いをぶつける勇気を教わった。恋の相手として認めてくれた。女性としての自信をくれた。トーニの気持ちが嫌じゃなかったように、私の想いもきっとウィル兄さんを少し困らせるだけだって実感が持てた。そして、私もきっとトーニのように、告白した後に起きることを受け止めて、ウィル兄さんの居場所を守れるって、信じよう)

ちゃんと区切りをつければ、あんな風に泣いて困らせることもなく、別の人生を歩みながら、きっと新しい関係が築ける、はず。

ちょっとだけ離れてて、とお願いするつもりだ。

トーニにこれも教わったと思う。気持ちが揺れ動く間は、会わない方がいい。

ちょうど良かったのだろう、転属は。

整理がついたら手紙を書くから、それまで待っていてと言おう。

私は会わないけど、いつでもこの家は、お父さんはあなたを待っているって。

(もう一人前のレディなんだから。失恋くらいが何よ。マリー、甘えたがりの妹はもう卒業!)


太陽が明るく室内を照らし出す。もういいだろう。

「よし、今日も一日、頑張ろう!」

勢いよくマリーは起き上った。


朝から気合いを入れ続けて「ちょっと落ち着きなさい」と母親にたしなめられたマリーをよそに、夕暮れ時、ウィルが来たのは予定の時間を大幅にずれ込んでからだった。




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