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小さなマリーと二人の兄

エラスの発展は、長い間戦をしなかった豊かさと、それを基盤にした教育が支えている。

子供は皆、一様に5歳から10歳まで地域の学校に通い、興味や才能に合わせて、その後の進路を選び取っていく。子供が働かなくてもいい貴重な豊かさ。それを支えてきたのが女王と騎士だと、実際他の子供たちと一緒に学んでみて初めて、父親が「ヴァルマ卿」とあらゆる人々に敬われている理由が分かったのだ。

土を耕し武芸の私塾を開き、時折訪れる立派な身なりをした人と居なくなっては、たくさんのお土産と一緒に帰ってくる父。5歳のマリーには逆に「なんでお父さんはリナちゃんのお父さんよりずっと年上なの?」と不満を与えもした。

イイトシだから、たくさん仕事があって、他の父親のように遊んでくれないのか、と。

お膝に乗ってするお話が大好きだったから。

「父さんは僕達のために頑張ってるんだよ。マリー、父さんがいない時は、僕を呼ぶんだ」

11歳になっていたハインレオンは、この頃から一度もマリーと喧嘩をしたことがない。

7歳。女王と騎士の偉大さを嫌になるほど学ぶと逆に不思議に思った。「弱くなってないのに、なんで騎士を辞めちゃったの?」と。

その証拠に、毎朝、武芸の稽古をしに来る輩の賑やかさでマリーは寝坊できないのだ。自分と同い年くらいの子供から、大人まで。その誰より、父親は強かった。

兄も物心ついてから毎朝そこに加わっている。

ある日の朝。歳が近いからか、よく兄と組む活発そうな子が父親を呼び止めた場面に、出くわした。

「し、師匠!」

父親は苦笑いする。

「師匠はやめてくれ。そんなに偉くないんだから」

「あ、すいません、先生!あの、聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「お、俺、先生みたいな騎士になりたくって、でもまだレオンにも勝てないんですけど、でも…」

覚悟して父親を見上げた瞳はとてもまっすぐで、強い眼差しはマリーにもわかる。

「何で先生、騎士をやめちゃったんですか?俺の兄さんも先生と一緒に騎士がしたかったから、凄く落ち込んでたんだ」

(あのお兄さん、同じこと考えてる!)

ガサ、と音を立てたから、マリーがいると分かったのだろう。

一瞥して確認した父親は、一呼吸の後、その少年の頭をくしゃりと撫でた。

「君にも、何より守りたい家族が出来たら、わかるよ」

私の手はそんなに大きくなかったからね、と父親はマリーにも微笑んでいて。少年はぱっと頬を赤くして大きくハイ、と頷いて。

あの眼差しをマリーに向ける。

それがヴィルヘルム、ウィルとの出会いだった。


ウィルはレオンに勝てなかった。その事が、二人を近づかせて、必然的にマリーも仲良くなった。

いいや。男兄弟で育ったウィルは兄より乱暴な印象で、はじめはちょっと恐かった。

マリー8歳の時だ。レオンは14歳。

「僕も…父さんみたいな、騎士を目指したい」

静かに、でも揺るがない熱意で、高等学校で学問の才能も開花させていた兄が、飛び級して王都の王立学校に行くと決めた。

騎士を目指すには、武芸だけではなく、国の枢軸たる英知と人望に叶う人柄、あらゆる力を周囲に示さなければならず、筆頭騎士が管轄する王立学校騎士科を卒業する必要があるのだ。王立学校は、高等学校長の推薦がなければ、16歳になって選抜試験に合格しない限り入れない。

いくら小さな国とはいえ、家から王都は3日かかる。王立学校は2年から5年の範囲で卒業を試される。

熱心な兄のことだ。最低限の帰省以外は一途に卒業を目指すことが幼いマリーにすら確信できた。

母も、父の目にも涙があったけれど、反対しないから。

行っちゃイヤだ!

言えなくて悲しくて、マリーは逃げ出すしかなかった。


家の外には人がいて、マリーはどうにか我慢してひたすらに歩いていたのに、その時も、ウィルに先を越されたのだった。

「…ちくしょ、…チクショウ!まだ勝ってないのに!」

町外れ、ひたすらに木刀を振るい、時々顔を拭いている。

泣いてるの?

勢いもそのままに近づいたから、遠くても気がついたのだろう。ギクリとしばし向こうを向いて顔を拭ってから、ウィルはマリーに「お前、どうしたんだ、こんなとこまで」と言葉を投げた。

兄さんが、行っちゃう。

途端に思い出して、我慢していたものが、ぼろっと溢れてしまった。

「う、うぇっ…」

「マリー!」数歩の距離を慌ててウィルが駆け寄ってくる。

「お前、聞いたのか?…そうか」

声が出ず俯いたマリーの頭を、そっと撫でてくれた。

同じ気持ちでいてくれる。それが分かって、マリーは盛大にしゃくりあげた。

「お父さんもお母さんも、寂しいけど、嬉しいって、言うから…兄さんも名誉なことって、喜んでるからっ…!」

「我慢したんだな…偉いぞ」

最後まで言わないのに、何で分かるの?

驚いて顔をあげたら「俺も同じだからな」真っ赤な目をした顔が照れたように笑った。

見たら、もう我慢できなくて、胸にしがみついて号泣した。

「わ、ま、マリー?!」

汗臭くて、父親みたいに大きくないけれど、温かい。

しばらくして、そろりと肩に手を回して、頭をぽんぽんと撫でてくれる優しさは、マリーを充分慰めてくれる。

「そろそろ、大丈夫か?あんまり遅いと、心配させるぞ」

ちょっと恐いけど、兄よりもぶっきらぼうな、温かさ。

「うん、ありがとう、ウィル兄さん」

ぐしゃぐしゃの顔で笑顔をつくり、頭一つ大きいから、背伸びして頬にキスすると「わああっ」と真っ赤になって飛び退るのが面白かった。

「今時、恥ずかしがる人がいる…」

「う、うるさいな、行くぞ!」

引いてくれる手は剣だこだらけだったけど。

マリーは、この手が大好きだと、思った。


「兄さん、行ってらっしゃい!」

その時が来て、真っ赤な目と鼻をしていたけれど、マリーはちゃんと笑顔になれた。

「マリー、父さんと母さんをよろしくな」

だから兄さんが嬉しそうに頷いてくれた。良かった。

それもこれも、すっかり兄の相棒になったウィルのおかげだった。号泣してから、何くれとなくマリーを気にかけてくれたし、マリーもすっかり懐いていた。

「お前がいない間に、先生について強くなってやるから、お前も稽古サボるなよ!」

「勿論だ!ウィル、マリーを頼む」

「ああ」

しばしの別れにがっちりと独特の握手を交わす二人は、やがてそのまま成長し、女王の交代に伴う全騎士の再編という時代の流れも後押ししたのか、見事20歳の若さで相次いで騎士になった。



今は、太陽に輝く麦穂のごとき黄金の髪と、黄金に映える晴天を宿した瞳持つと讃えられる女王『豊穣節の君』即位から6年。

マリー18歳、二人の騎士は24歳になっていた。


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