表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

再会まで

今回もボリュームが多くてすみません。

寒さもなりを潜め、萌黄色の若葉が山野を染める。

ふわりと風に舞う香りは、新年を知らせるイルシェラブルーメが咲いた便り。

「誕生節」の名の通り、温もりに目覚めた命が一斉に芽吹く新しい年、新しい季節が来た。


陛下の花と呼ばれるイルシェラブルーメは不思議な花だ。

人里では唯一王宮にしか咲かない。一つの家を覆うほど大きく育つ樹木は、鈴なりに小さな小さな白い花をつける。太陽光で虹色に輝く不思議な花は、毎年決まって誕生節が始まるころに一斉に花開き、人々に季節を知らせてくれる。満開の様子も、雪のように空を舞う姿もそれは幻想的で美しく、芳香は心が洗われるように華やかで清々しい。

窓の外には陽だまりの街並み。その心地よさにすこしだけ身を任せ、再び続きをしたためる。


    『ここまでが、今回の意見の集約です。別添もご一読のほど。

 

     以下、ご依頼のあった、姫と騎士の顛末となります。

     関係者からの聴取と多少主観が混じりますこと、申し添えます。


                                    

* * *



マリーの豊穣祭は、予定通りに終わったと言える。

泣けるだけ泣いて気持ちに隙間ができてみると、ウィルには申し訳ないと思うが、やはり何度考え直しても、自分はそれをするだろうと確信が持てた。後悔は、しない。

もし聞かれたら、着替えにかかった不自然な長さは「余韻に浸っていた」ことにしようと決めて、室内着に着替えて台所の隣にある浴室に向かう。暗かったせいか、声をかけた両親には何も聞かれず、夜を過ごせた。

マリーは、自分が泣いていたのと同じだけの時間、ウィルが四つ辻を離れなかったことを知らない。

落した物を拾い上げ、ウィルは家ではなく、領事館へ帰って行った。


翌朝、自分でも驚くほど普段通りに目覚めたマリーは、台所で母親に会う。

「これ、だめじゃない。こんなところにそのまま置いて」

母親の手にある、コップにさしたミルカの束。

途端に溢れ出す記憶や思いを必死に封じ込め、マリーは「いけない。部屋に持っていくね」と笑ったつもりだった。笑えたと思う。でも、母親は見逃さなかった。優しい眼差しに、労わる声色。

「気持ちは、伝えられた?」

「…うん」今度はちゃんと笑ったのに、滲んだ涙が一粒落ちた。

「頑張ったじゃない。さすが私の娘」

マリーより小さな母は、ライハルトの押しかけ(そして居すわり粘り勝ちした)女房だ。

ぎゅっと一度マリーを抱きしめてから、ミルカのコップをマリーに渡した。

それは衝撃の一言だった。

「で、ウィルの返事は?」

ミルカを落としそうになった。マリーはもちろん、聞いていなかった。

母親は苦笑い。

「…それはちょっと、残念ね」

心配し、朝一番で駆けつけてくれたニーナにも同じことを言われた。

同日。

隣領の領事館の裏手では、二人の騎士が稽古をつけていた。

新米騎士のユールは、得意の武器をのぞいて、まだ一度もウィルに勝てない。それが悔しくて、誰よりも早く領事館に来て稽古をするのが日課になっていた。

それなのに、既に男が一人、井戸で顔を洗っている。

「昨日、出かけたんじゃなかったんすか」

帰って来てから仕事したっていうのかどこまで無茶するんだこのオッサンは!という心の声が届いたのか、振り返ったウィルは同じく朝の挨拶を飛ばして答えた。

「ちゃんと寝たぞ。心配いらないよ。それより、やるか?」

願ってもない。「お願いします」と迷わず準備を始めるユールは、井戸の上に置かれたコップに気付いた。白い花が3つ浮かんでいる。

そういうのは決して見逃さないユールだ。ただ、稽古をつけてもらいながら、追求するのはしばらく無理そうだ、と目をつぶることにした。


さらに翌日。

マリーはニーナと、アナスン劇団の見送りに出向いた。マリーの家とは反対の街外れから、主街道が王都へ伸びていく。劇団の事務所が王都にあるのだ。

「こんなに楽しい仕事は久しぶりだった。達成感と、二人のお嬢さんとの素敵な出会い。それが何よりの報酬さ」

前後合わせて五日間の拘束にも関わらず、当初の一公演分と必要経費のみで良いというアナスン団長は、いつでもどこでも麗しいオジサマだった。

「ちょっと真面目な話をするとね。今回の成功で得られた新しいアイデアと計り知れない宣伝効果を思えば、企画料、事務手数料、ウェスベック殿が負担した衣装代もこちらが負担して、完全にアナスン劇団の演出、としたい位なんだ。でも、そんなのは二流の芸術家がやること。私たちはもっと素晴らしい関係を築こうじゃないか。ね?」

ね、は明るい日差しの中でも眩しかった。

「もしまた面白い企画が浮かんだらアナスンおじ様に送りますわ」

ニーナは父親の代行として、細かい収支報告などを改めて劇団に提出するそうだ。

「最終日のこと、ありがとうございました。おかげで楽しい時間が過ごせました。どうしても直接お礼を言いたくて。お会いできてよかったです。団員の皆さんにも、本当に感謝しています」

マリーの言葉に、団長はウットリ眺めたくなる笑顔で頷いた。

「それも、お礼を言いたいのはこちらです。あの身のこなし、隙のなさ、見事の一言。実際見せていただける機会を得られたことも、どんな報酬にも勝る」

「は」

「本当に素敵だったわあ。どれほど踊って下さいとお誘いしたかったか!」

「あれは相当鍛えないと難しいかな。でも、真似なら得意だしね」

「俺もこいつも、団長もかな。見てるのバレた時の一瞬の殺気!本物ってすごいな」

「お前たちが無遠慮にマリー嬢に見とれたからだろう。大切な姫君をお守りされている時に命知らずなことをする」

「あの鋭さが、また素敵なのよねぇ」

マリーが驚いているうちに、フローラ、ヘンリーとエドガーも加わって話が勝手に進んでしまう。

「えーと、つまり、皆さんは」

「この道の者としては当然の技能でね。あの方も来てすぐに警戒を緩めていらしたから、分かります。心から楽しまれたご様子に、少しでも我々がお力添えできたなら重畳」

全て見られていたらしい。確かに報酬は上乗せしなくていい、とマリーは思ってしまった。

「いつでも我々はあなた方の求めに馳せ参じましょう。お互いの道が幸い多くありますように!」

最後までアナスン劇団一同はノリノリでキラキラのままだった。

マリーとニーナが見送り一つに体力消耗した、同時刻。

ユールは領事と新体制についての検討を重ねていた。人事は繊細な課題だけに、ある程度の素案が固まるまでは二人のみでと、機密性の高い部屋に来た。

ドアを閉めるのを待って、書類を片手に、真剣な眼差しで中年領事が切り出す。

「私、見ちゃったんですよ、フェイザー卿の窓際のコップ。急に、白光節まで集中するからって当面の送別会全部断った原因はあれだと思うんです。豊穣祭の彼女といよいよ身を固めるんでしょうかね」

ユールは表情を変えないようしばし考える振りをした。

それは今から話し合う人事に関係する外部に漏らせない機密事項なんだな?よし分かった俺は優秀だからな領事と今後の友好的関係を築く戦略的意味合いも込めて期待に応えて見せようじゃないかどんなにバカバカしくても!

「どうでしょうね?若輩の私には何とも羨ましい話だな。それとなく探ってみますから、フェイザー卿に感づかれないように、他の皆さんには報告するまで動かないよう徹底してもらえます?」

今日もウィルと朝稽古をしたユールには、皆につつかれては、いくらアレな彼でも耐え難かろうと察しがついた。俺に感謝しろよオッサン、とユールはにっこり笑って三者共に益の多い提案を行い、即時に人事の内容に話を切り替えた。



豊穣節の後は、寒さの厳しい白光節がやってくる。

その次の誕生節まで、冷たい風と氷雪に耐え忍びつつ、白銀の世界を楽しむ季節。

街で白光節に向けての防寒対策が始まる頃、マリーを訪ねて来たニーナは、ずっと言い出しにくくて、と寒さだけではなく真っ赤な顔をしながら、マリーに自分の結婚が決まったことを報告した。

「わあ!ニーナ!おめでとう、彼でしょう?すごいわ、説得が叶ったのね!」

思いっきりニーナに抱きつき、マリーは喜んだ。

「ありがと! 当然あっちがウチに婿入りよ。マリーにも数え切れないくらい迷惑かけたわね」

街の人間なら知らない人はいない。ウェスベック商会最大のライバル、リュセック商会の双子の息子の一人がニーナの恋人だ。かつて彼とニーナは、寄ると触ると喧嘩をする仲だった。立志式のあった年の豊穣祭だ。それぞれ踊りに来た相手を放り出して壮絶な喧嘩を展開、公衆の面前で「あれは芝居か」と言わせた気合いの入ったキスと抱擁、愛の告白劇を繰り広げた。二人とも見栄えが良いので野次馬は拍手喝采、お互いの親は「嫁に出せ」「婿に来い」と後継問題で喧々諤々。ニーナと彼はそこから二年越しで今の幸せをつかみ取ったのだ。

マリーには、ニーナの恥じらいつつも嬉しそうな姿は自分のことのように喜ばしい。

「私のしたことなんてアリバイ作りとデート場所を提供したくらいじゃないの。日付はいつ?私はどんなお手伝いをさせてもらえるの?」

豊穣祭から今日までも、ニーナがどれだけマリーを気にかけ、支えてくれたことだろう。その大事な友人の結婚。マリーはどんなことでもするつもりでいた。

マリーが泣いたのは、あの二日間だけだった。ウィルから直接気持ちを聞きそびれてしまったことが悔やまれるが、マリーが伝えたいことは全部言えたのだ。両親に知られたのも今となっては良かったと思う。

ライハルトも言った。

「お互い、落ち着く時間がいるだろう。焦らないで自分と向き合ってみるといい」

今、マリーは日常の一つ一つに自分を問いかけながら、穏やかに過ごしている。



フェイザー卿の窓際のコップから全ての花が消え、白光節一日目から始まる王宮勤務まで、あと10日ばかりとなった頃。

夜も更けた領事館では、ほとんどの引き継ぎを終えた二人の騎士が、王宮に報告する内容の最終確認をしていた。移動日を考えれば時間が迫っている。そして、白光節の5日間の王宮任務から領地にもどれば、騎士の交替式を行い、正式な転属となるのだ。今は最終調整、ユールにとってはウィルと毎日顔を突き合わせる最後の時間となっていた。

ウィルとユールは毎朝の稽古を続け、ユールは肉薄しつつも、その一重の差がどうしても縮まらない事実が悔しくもあり楽しくもなっていた。稽古の噂は広がり、今では警邏や一般の志願者も加わって大層賑やかだ。ユールは彼らとあっという間に馴染んだ。ウィルがいなくなっても稽古は続くだろう。

ウィルは家にほとんど帰らない。荷物の整理が終わって、家に帰っても何もないからだ、と言った。

滞っていた書類整理は、期日を前にして見事に片が付いた。

「フェイザー卿、こっちは問題ないようです。残りは」

領事はじめ、あちこちからの「花の真相は」の声を巧みな情報操作で見事封じ切ったユールは、同じく見事に一切を悟らせないウィルの机に近寄った。

「ああ、大丈夫。これだけ見てサインして終わり。帰っていいぞ」

朝から晩まで、寝る以外の一切の時間を稽古と仕事と雑用だけで費やして相当の時間が過ぎたのに、たった一つを除いて、顔色一つ変えない男。たしかに騎士は皆一筋縄ではいかない奴らだ、とユールは自分の視野が狭かったことを認め、ウィル先輩、と呼びかけた。公私はきっちり分ける主義だから。

…主義なのに。

「終わったら、飲み、付き合ってもらえませんか。話があるんで」

ウィルは手を止めてユールを見あげ、ニヤッと笑う。

「珍しいな。お前あんなに酒弱いのに」

「う、うるさいな! 強い弱いじゃなく飲みたい時があるだろうが!」

声かけなきゃ良かったか、そもそも柄じゃないのに、と後悔しつつも、ユールはわきまえている。

「…そうだな、付き合いたいけど、他の誘い断ってるからなあ。ここじゃできない話か?」

心配そうに言う。これは本当に心配されている顔だと、もうユールには分かる。

だから、ドン、と机に拳をぶつけて、キレて、差し上げた。

「あんただろう、話があんのは!」

ウィルは素直に驚いているから、また腹が立つ。

「俺が分からないはずないだろう、豊穣祭からこっち、何やってんだよ。あんたの怪物級の体力には呆れ果てるが、朝から晩まで、働きづめで休もうともしない。考えたくないからか。ミルカの花を」

ウィルの顔から表情が消える。やっとこれだ、とユールは呆れる。

「ずっとお面張り付けたような顔しやがって。その顔で陛下に謁見するつもりか、許さねえぞ。それになあ、俺は知ってる。あんたが唯一反応すること。自覚ないだろ?」

視線が揺れた。もうひと押し。時間を置いて言ってやる。

「あんた、誰の手紙を待ってる?」

ウィルの目が大きく開き、苦痛が現れ、ユールが見たい顔になった。

「探すだろう、机に配達された中から。ここ何日かは、配達人が来る時間に席離れるようになったな?そのくせ、戻ってくれば一番に見る。見て、止まる。その時間だけ本当の顔をする」

ウィルは肘をついた片手で顔を押さえた。やっと、やっとだ。

ユールは、肩の荷が下りた気分で、残りの恥ずかしい台詞をさっさと言い切った。

「俺はあんたにまだ勝てない。経験も知識も何も足りてない。すぐに追い抜いてやるつもりはあるが、頼りない自覚はある。でもなあ、俺は騎士だ。部下じゃねぇ、あんたの同僚なんだ! 気を遣う必要ないだろう? ちょっとは、頼れよ。…って、おい、何笑ってんだオッサン!」

顔を伏せたまま肩を震わせたと思ったら、ウィルは我慢できないとばかりに声をあげて笑い始めた。

「わ、悪い、まさか、そんなに心配されてたと、思わなくて」

笑いが止まらなくて、の涙目だ。体を折り曲げて笑う。

「ばっ、心配なんかだれがするか! ここの公私混同も甚だしい領事やら参事やらに頼まれただけだ!」

ユールは本気で後悔した。命の危険が迫っても、こいつだけは助けない。今決めた。

疲れた帰ろう、と体の向きを変えかけたユールの腕をウィルががっちり掴んだ。

笑っていた。あの豊穣祭の前の、ウィルの顔で。

「悪かった。俺が悪い。そうだな、騎士水入らずで飲もう。思えば花を贈れって言ってくれたのもお前だ。最初からお前に頼ってたのに。ユール、見捨てないで、俺の話を聞いてくれ。いいか?」

ちらりと見た顔が、確かに参っているようだったので、ユールはここは優秀な俺が折れてやるべきだ、と頷いた。

「先輩の奢りで、よろしく」

それは確かに新しい一歩になったものの、王宮に向かうその日まで、連日盛大な送別会が再開し続けた。付き合わされ続けたユールが、壮絶な吐き気と闘いながら、その時折れた自分を心の底から後悔するまであと少し。



白光節の初日を迎えた。朝と夜は暖炉の火が恋しい。

マリーは、すっかり元通りかそれ以上に忙しく、充実した生活を送っていた。豊穣祭での働きを執行部に認められ、ライハルトの請け負う相談事のうち、街に関するものはマリーが一人で対応することが増えてきた。

婦人会のバザーも当然のように誘われた。正直に言えば、こき使われた。次はいっそ仕切ろうと思う。

青年会にも企画の進め方や文書作成のコツなど相談をうけるようになった。やたらと持ち上げてくれるので居心地が悪いのはニーナにだけ相談した。

どこでも、知っている人は豊穣祭がいかに盛り上がったかを嬉しそうに語ってくれる。

その報告をアナスン劇団に送っているニーナは、誕生節の、イルシェラブルーメが咲く頃に結婚宣誓式を行うと決めた。綺麗なニーナが、陛下の花で飾られたドレスを着れば、どれだけ美しい花嫁になるだろうとマリーは想像に胸を膨らませる。式の司会進行一切をマリーが担うことになった。

「宣誓式」と省略するそれは、外国と違って宗教をもたないエラスならではの結婚披露会だ。

着飾った二人が関係者の前にて婚姻したことを報告し、夫婦となる誓いを宣誓してもらう。参加者の署名が入った式の証明を持って領事館に届け出ると、住民登録台帳が変更される。昔は署名数が多いほど名誉なこととされたらしいが、今は事務処理上の都合で所定用紙に収まる人数だけ書き入れる。

宣誓した後の会は、お酒も入って大騒ぎになることは言うまでもない。

ニーナと自分を比べて気持ちが沈むかと思えば、全くそうはならなかった。単純に嬉しくて、どんな進行にするか張り切って計画していることが不思議だ。

一方、何かがある度にウィルを思い、心で話しかけてしまう自分も自覚する。

(ウィル兄さん、今日は王宮の日ね。兄さんと会ったかしら。何か、話しているかしら)

すぐにでも会いたい、会って声が聞きたいと願う度、まだ手紙は出せないと諦める。

あと何年待てばいい。それを考える時だけは、ぎゅっと掴まれたように胸が痛かった。


この日、ウィルとレオンは王宮で顔を合わせていたが、二人で話せたのは数日後だ。

マリーがウィルの転属で泣いた時以来になる。

謁見や王宮内での任務についての雑事をこなすのに、五日間はあっという間に過ぎていく。

そのうちの一晩をようやく空けて、二人は王都から馬ですぐのレオンの家で過ごしていた。

「さすが陛下だな。ユールがだいぶ打ち解けたじゃないか。特にお前に」

レオンは用意しておいた蒸留酒を二瓶、開けた。本や計算式を書き散らかした大量の紙、ウィルには想像もつかない機材であふれかえった狭い部屋だ。手がふさがっているので肘でざっと机上の諸々をどかし、カウンターのように隣に座れば、ちょうどいい具合に窓から凍てつく空が見える。

「それを言うなら、さすが偉大な友人、ヴィルヘルム様だな、後輩に慕われて、だろうが」

店で出す2倍の大きさのグラスにそれぞれ手酌する。

「悪かった、訂正する。さすが我が偉大な友人ヴィルヘルム様だな。可愛かったユールのガラが短期間でだいぶ悪くなったじゃないか」

「おい。褒めてんのかそれ。じゃ、お疲れ」

ガチンと適当にグラスを合わせて、二人とも水のようにグラスを飲み干しつつ、ようやく気安い話ができることにホッとしていた。

近況と最近の情勢を話せばあっという間に時間は過ぎる。

それぞれの瓶が三本空いた時、やっと、ウィルはレオンに聞いた。顔は見れなかった。

「今すぐじゃないが…。レオン。マリーを…連れて行って、いいか?」

察しのついていたレオンは全く動じない。

「やっと決めたんだな。で、日取りはいつだ?こっちにも準備がある」

「日取り?」

「宣誓式」

「はあ?! ま、まだだ! まだマリーに聞くことすらしてねえよ!」

ウィルは酔いが醒めるほど驚いたが、レオンもこれには同じように驚いていた。

「まだ? 馬鹿言うな、二人で豊穣祭に行ったんだろう? そんな話があるか」

「ある! いや…そうだな。二人で行っておいて。返す言葉もない、な」

その後に続く沈黙の中で、お互い、相当な齟齬があると気がついた。

「ウィル。マリーから手紙が来たのが、一緒に豊穣祭に行くことができて嬉しいって内容で、それが最後だ。報告がないから、今日はてっきり直接その話をされるんだと思ってたんだが」

レオンにすら手紙を書いていない事実に、ウィルはマリーの覚悟を改めて知らされた。

ぽつりぽつりと、ウィルはレオンに経過を伝える。そして聞いた。

「俺は、マリーにふさわしい男になれているか?」

黙って聞いていたレオンは、辛うじて聞きとれる声音に、これは重症だ、と内心苦笑いをしていた。

「お前ほどマリーの側にいて、マリーを守ってくれた奴はいないよ。皆で感謝してるのに」

多忙の父も、父の不在を埋める母も、己に精一杯だった自分にも、できなかったことをしてくれたのがウィルだった。ふさわしいとすれば他の誰でもないだろうに、当人には分からないらしい。

「マリーの好きは、本当に異性に対しての好き、かな」

独り言のような呟きに、レオンは拳の裏でウィルの肩を叩く。

「それを聞きに行くんだろう? まあ、少し前になるが、マリーは、大人になったらウィル兄さんと結婚するって言っていたからな」

「…ちなみに、何歳?」

「10歳だったな。有益な情報だな?」

「友達思いの友人を持って俺は幸せだなあホント」

棒読みのウィルにレオンは笑って酒をついでやった。

「そうだろう? まあ、頑張れ」

最後の言葉には確かに熱がこもっていて、ウィルも笑い返してレオンのグラスに酒を注いだ。



さらに10日以上が過ぎたある日。

マリーはニーナとロールケーキが殿堂入りした喫茶店で再び楽しい午後を過ごしていた。目的はニーナの宣誓式の打ち合わせ。でもまずは、乙女の心の栄養摂取が先だ。

寒い日は、焼き立てのスフレに限る。ほのかなチーズのコク。フワトロの生地の立ち上がりにはまぶした砂糖がカリッと香ばしく焦げている個所がある。混ぜ込まれたミルカのシロップ煮の歯触りと合わせて、甘みもそれぞれ味わえ、すばらしく美味しい。

しぼまないうちに!と二人とも一言もしゃべらず食べつくした。非常によろしい。頷きあう。

「マリー、あなたは最近どうなの? ここのところ、会うと私のことばっかりじゃない。本当に嬉しいけれど、あなたのこともとっても大事よ?」

「そうねえ。実を言うと、宣誓式のことを考えるのが楽しくって、それどころじゃなかったけど」

マリーは考え考え、付け加える。

隙間の時間や、何か心を動かす出来事があれば、いつもウィルとそれを共有したがる自分を見つける。自分の一部になっていたウィルがいるし、ウィルの思いがまるで自分のことのように理解できると感じることもある。でも、自分の知らないウィルも、まだまだ存在していた。

「アナスンさん達を見送った時びっくりしたの。ウィル兄さんが周りをそういう風に警戒していたこと、側にいたのに、私全く知らなかった。見せないようにしてくれてたのね。それで改めて、やっぱり離れてみて良かったと思ったわ。近すぎて見えなくなってたことが、きっと沢山ある。今は、そういう整理をしていると思うの、私自身では。とっても落ち着いて過ごせてる、つもり」

ニーナは確かに穏やかな顔をしてるわね、と最近ますます磨きがかかった美貌で笑う。

「今は王宮から帰ってるのよね?」

「前に聞いた予定では、もう今日あたりで本格的に移動を始めるようだったけど…」

今の時期を逃すと本格的に雪が降るから、ずれても数日のはずだ。想像してはいけない、と思う。

一度思い返してしまえば、打ち合わせどころじゃないだろう。

「きっと、忙しすぎて私のことなんて考えてるゆとりないわね。じゃあ、ニーナ、資料見てくれる?一通り書いてみたけれど、聞きたいことがいくつかあって」

「まあ! これ、絵コンテじゃない!」ニーナが喜色満面に驚いてくれ、マリーも笑顔になる。

店は大勢の客でざわついているから、多少賑やかでも構うまい。

「うふふ。アナスンさんを見習って。力作なの! 宣誓式って、本当に考えるの楽しいわ。一緒に見てね、まず、中庭の設営なんだけど、新郎新婦の二人はここ。それから」

「マリー!」

外気の冷たさが、影になってマリーの目の前に現れた。低い声。

呼ぶ声に見上げて、マリーは瞬きを三回。消えない。相手も驚いている。その前に。

「マリー、お前、結婚するのか?!」

なぜ、ここにウィルがいるのか、マリーには分からなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ