交差する思い
―美姫視点―
次の日、重い気持ちを引きずったまま、朔夜のいる空間に足を踏み入れる。
なにも変わらないはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
教室の空気も、周りの声も、全部が遠く感じる。
「おっ、美姫どうだった?」
蓮が声をかけてきた。
私が答えるより先に、
「なにかあったのか?」
と問いかけてくる。
よほどひどい顔をしていたのだろう。
「朔夜がさ……」
話しているだけで胸が苦しくなる。
「朔夜が、なんの動揺もしなかったの。ただ、おめでとうって……」
蓮はじっと私の言葉を聞いたあと、
「ったく、あいつも強情だな」
と呟いた。
「どうしよ……もう本当に終わりなのかな……」
自分で言っていて、泣きそうになる。
「まぁ待て。今はまだ強情だが、このまま続けばあいつもきっと素直になるしかなくなるだろ」
「でも……」
「でもって言ってもさ、結局あいつの気持ちを確かめるにはこうするしかないだろ」
確かに、このままだと今までと変わらないまま過ごしていくだろう。
それは幸せなようで――苦しい。
そんな気持ちを抱えて過ごすなら、
確かめてみたほうがいいのかもしれない。
隠し続けられる自信もない。
「いいか、リアリティを持たせるのが大事だからな? 誰に聞かれても、お前は俺と付き合ってるって言うんだぞ」
「……わかった」
ふと、気になったことがあった。
「あのさ……もし朔夜がなにか動揺したとしても、私たちが付き合ってるって思われてたら、なにもできないじゃん」
蓮は少し悩んだあと、
なにかを思いついたように顔を上げた。
「じゃあさ、ネタばらしも兼ねてプレゼントでも買いに行こうぜ。それで実はドッキリでしたって」
「そんなことで……許してくれるのかな……」
蓮は、まっすぐ私を見る。
「人を信じる。それが一番大切で、一番難しいんだよな」
静かに続ける。
「でも、信じた先にしか見えないものがあるんだよ」
その言葉は、不思議と胸に響いた。
「だから、あいつを信じてみようぜ」
――信じる。
朔夜を。
「……わかった」
小さく頷く。
「じゃあ今週の日曜日に買いに行こうぜ」
「うん」
こうして私は、
蓮と出かけることになった。
⸻
―朔夜視点―
ぼんやりとした気持ちで、中庭を眺める。
そこには、
大切で――今の俺には辛すぎる光景が映っていた。
並んで歩く、
美姫と蓮。
楽しそうに話している。
だめだな、俺は……
思わずため息が漏れる。
応援すると決めたはずなのに、
結局忘れられないまま、
まだ美姫のことを考えてる。
「あれ? 朔夜どうしたの?」
振り返ると、
由奈が立っていた。
「別になにもねぇよ。ほっといてくれ」
「どうしたの? なにか悩みごと?」
俺は黙って中庭の方を見る。
その視線を追って、
由奈も中庭を見る。
「へー、あの2人仲良かったんだ。知らなかったな」
その言葉が、
胸に刺さる。
「あの2人、付き合ったんだってさ」
言葉にした瞬間、
胸が締め付けられる。
「えっ……なんで? だって美姫は……」
「なんでって、あれが事実だろ」
聞きたくなくて、
遮るように言う。
「でも待ってよ。美姫はなんて言ってたの?」
「付き合ったってことと……幼馴染だから報告したって」
そうだ。
俺たちは、
幼馴染なんだ。
それでいいんだ。
「……本当に? 美姫、嬉しそうに言ってた?」
その言葉に、
記憶がよみがえる。
――笑ってなかった。
むしろ、
泣きそうな顔だった。
なんでだ……
答えられない俺を見て、
由奈は察したのだろう。
「悲しそうな顔してたんだね?」
「……覚えてないな」
声が震える。
「それ、美姫、朔夜のこと試してたんじゃないかな?」
一瞬、
胸に希望が灯る。
だが、
すぐに打ち消す。
「……仮にそうだとしても、もういいわ」
絞り出すように言う。
「俺、考えたんだよ。あいつのほうが、美姫を幸せにできるんじゃないかって」
喉が詰まる。
「俺は……身を引いたほうがいいんじゃないかってな」
由奈は、
黙って聞いていた。
そして、
静かに言った。
「失ったものは取り戻せない」
俺は顔を上げる。
「だから、大切なものは失ったらいけないんだよ」
――大切なもの。
美姫の顔が浮かぶ。
「……でも、どうするんだよ。あいつ、本当に付き合ってるかもしれないだろ」
由奈は、
まっすぐ言った。
「それは、まだ間に合うと思う」
「え?」
「美姫が最後に朔夜に報告したのって、アピールだったと思うから」
心臓が強く脈打つ。
「だから、日曜日プレゼントでも買いに行こうよ」
「……プレゼント?」
「それで、美姫の好きなものを買って、また振り向いてもらおう」
――振り向いてもらう。
そんな未来が、
まだあるのか……?
「蓮と付き合ってるかどうかは、私が聞きに行ってあげるから」
由奈は、
そう言って笑った。
「……ありがとう」
なんとか、
言葉にする。
「いいよ。ちゃんとがんばろうね」
そう言って、
由奈は中庭へと降りていった。
⸻
私は歩きながら、
二人の姿を探す。
そして、
見つけた。
蓮と、
美姫。
並んで歩き、
楽しそうに話している。
その光景に、
小さく息を呑む。
――本当に?
胸がざわつく。
それでも、
立ち止まらない。
これは、
朔夜のためだから。
そして、
美姫のためでもあるから。
私は、
二人の元へと歩き出した。
美姫が、
こちらに気づく。
振り返る。
その表情は――
見たことのない美姫の顔だった。




