素直になれない理由
俺の好きな人――美姫が、こっちに近づいてくる。
やばい。
心臓が、うるさい。
ドクン、ドクンって、胸の中で勝手に暴れてる。
……これ、美姫に聞こえてないだろうな。
そんなことをぐるぐる考えていると、目の前で美姫が立ち止まった。
「ねえ、朔夜」
その一言だけで、胸が爆発しそうになるのを抑えるために、俺はゆっくりと振り返った。
「……なんか用?」
できるだけどうでもよさそうに言う。
本当は、どうでもよくない。全然どうでもよくないのに。
「あの、よかったら……一緒に帰らない?」
一緒に帰る、だと?
頭の中が一瞬真っ白になる。美姫と一緒に帰るってことを、具体的に想像してしまう。胸がさらに騒ぐ。
でも、口から出たのはいつもの皮肉な言葉だった。
「……勝手にしろ」
美姫の顔が、一瞬曇ったのを見た。
それが胸に突き刺さる。
「あ……うん。わかった。じゃあ、またあとでね」
美姫は少し困ったように笑って、離れていく。
俺はつい、小さく言ってしまう。
「別に、来なくてもいいからな」
もちろん、向こうには聞こえてない。
むしろ、聞こえててほしいと少しだけ思う自分が、余計に情けなかった。
美姫の姿が見えなくなった瞬間、顔に熱がこみ上げる。
俺の口から出た言葉に、俺自身が腹を立てる。
「……俺の馬鹿」
自然と出た声を、誰にも聞かれたくない。
心の中で、何度も自分に詰め寄る。
なんで素直になれねぇんだよ。
本当は、一緒に帰りたいくせに。
本当は、ずっとそばにいたいくせに。
拳をぎゅっと握りしめると、机の上の紙がきしむ音がした。
「なに一人で落ち込んでんだよ」
横から声がして、顔をあげると蓮が立っていた。いつも通りに口だけは悪いが、根は悪くないやつだと思っている。
「……っ」
言葉を塞がれて、俺は戸惑う。
「なんでお前、美姫にはあんな態度なんだよ」
蓮が首をかしげる。
「うっせえ」
目を逸らす。
「いつも通りだわ」
つい、素っ気なく返してしまう。が、蓮はにやりと笑う。
「好きな人には恥ずかしくて素直になれませーんってことか?」
その言葉に、心臓が不意に跳ねる。顔が熱くなるのを感じた。
「は?」
取り繕うように反論するが、内心は動揺しているのが自分でも分かる。
「そんなことになってねえよ。なに言ってんだお前」
ああ、嘘だ。俺の声は震えている。
「まずはその顔をどうにかしてから言えよ」
蓮が俺の頬をチラリと見る。反射的に手でそこを押さえる。熱い。図星だって顔に書いてある。
「うるせぇ」
叫ぶように言って、蓮は肩をすくめる。
「……まぁ、別にお前がいいならいいんだけどさ、そのままだと美姫、お前のこと嫌いになるんじゃね?」
――ドクン。
胸の奥で、また嫌な音がした。
「……別に、あいつのことなんかどうでもいいわ」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。言い訳のつもりでそう言ったのに、言ったあとに胸がひりつく。
「ふーん」
蓮は興味なさそうに頷く。
「あっそ。まぁ、せいぜい頑張りたまえ、シャイボーイ」
「おい、誰がシャイボーイだよ」
そう言い返しながら、蓮は笑って教室を出ていく。足音が遠ざかる。
一人取り残される教室は、急に冷たく感じた。
さっきの蓮の言葉が頭の中でぐるぐる回る――嫌いになるんじゃね? って。
その言葉が、どうしようもなく胸に引っかかる。
「……っ」
拳を握りしめる。指先が白くなるほど力を入れているのに、心は折れそうだ。
美姫に嫌われるなんて、そんなの。
そんなの、絶対に嫌だ。
今、あいつは俺のことをどう思っているんだろうか。
さっきの俺の言葉を聞いて、どんな顔をしてたんだろう。
嫌われたくないくせに。
どうして俺は、こんなに素直になれないんだ。
美姫は、俺を嫌いになってないだろうか。




