言えなかった言葉
ドーン、と音がした。
花火――?
違う。
視界が真っ赤に染まる。
「あれ……?」
なんで。
なんで朔夜が倒れてるの?
さっきまで、隣にいたのに。
火薬の匂いも、ざわめきも、全部遠い。
耳鳴りがする。
「――美姫!」
朔夜の声だ。
どうなってるの?
助けてよ、朔夜。
「なんて顔してんだよ」
そう言われて、私は初めて自分が泣いていると気づいた。
「やめてよ……そんなこと言わないで」
必死に手を握る。
あったかい。
でも、少しずつ、少しずつ弱くなる。
「別れに涙は辛すぎるんだわ」
やめて。
「だからさ、笑ってくれよ」
笑えるわけないじゃん。
「好きなやつとは笑顔で別れるに限るだろ」
やだよ。
やだよ。
私を置いていかないでよ。
「……っ、きだった」
「なにそんな小さな声じゃ聞こえないよ」
お願いだから。
いかないでよ。
朔夜は、最後まで笑っていた。
それが、残酷なくらい綺麗で。
そのまま、静かに目を閉じた。
「笑えって……笑えるわけないじゃん、馬鹿……」
声にならない悲鳴が喉を裂く。
朔夜。
朔夜。
朔夜。
その背後で、鮮やかな光が夜空を覆っていた。
一瞬で咲いて、一瞬で消える花。
まるで――。
⸻
――朔夜
美姫。
無事か。
それだけが気がかりだった。
痛みで意識が揺れる。
でも、まだだ。
まだ終われない。
「なんて顔してんだよ」
泣くな。
壊れるな。
俺が守った意味がなくなる。
「別れに涙は辛すぎるんだわ」
頼む。
「だからさ、笑ってくれよ」
せめて最後くらい。
笑った顔、見せてくれ。
「好きなやつとは笑顔で別れるに限るだろ。」
それが、俺のわがまま。
……ああ。
好きだった。
昔も、これからも、ずっと。
届いたかどうかは、もう分からない。
でもいい。
無事なら、それでいい。
美姫。
元気でいろよ。
俺の意識は、ゆっくり闇に沈んでいく。
最後に見えたのは、
泣きながら、必死に笑おうとする顔。
悪くねえ、最期だ。
背後で、花火が咲いた。
そこからのことは、何も覚えていない。
誰かが私の名前を呼んでいた気がする。
腕を掴まれた気もする。
泣き声が重なっていた気もする。
でも、そんなのどうでもよかった。
だって――
朔夜は、もういないんだから。
あの不器用な優しさも。
ぶっきらぼうな声も。
隣に立つ体温も。
もう、感じることはできない。
世界から色が抜け落ちたみたいだった。
*
気づけば、卒業シーズンだった。
桜が咲いている。
みんな笑っている。
写真を撮っている。
「おめでとう」の声が飛び交う。
でも、私には関係ない。
何も終わっていないし、何も始まっていない。
時間だけが、勝手に進んでいる。
朔夜。
やっぱり私には、君がいないとだめだよ。
そう思った瞬間。
記憶に、何かが引っかかった。
――桜の木の下。
少し不機嫌そうに立っている朔夜。
でも、目だけは優しくて。
「面倒くせえな」って言いながら、
ちゃんと待っていてくれた。
あの場所。
タイムカプセル。
十年後に開けようって、約束した。
心臓が、強く打つ。
止まっていたはずなのに。
気づけば、走り出していた。
制服の裾が揺れる。
桜の花びらが舞う。
涙で滲む景色の向こうに、
あの日と同じ木が見えた。
まだ終わっていない。
きっと、まだ。
私は、息を切らしながらその場所へ向かった。
――最後の花火は消えた。
でも、
あの日の想いは、まだここにある。




