終わりゆく時間
遠くから聞こえた怒鳴り声が、胸の奥をざわつかせた。
「……気になるな」
朔夜の低い声。
私も同じ気持ちだった。
さっきまでの静かな公園が、急に落ち着かなくなる。
また、叫び声。
「なんなんだよ!」
私たちは顔を見合わせ、公園を出た。
人の流れが乱れている。
ざわめきの中心に、何かを叫んでいる男の人がいた。
「お前らは男女二人でお祭り楽しんでますってか!」
荒れた声。
周囲が距離を取る。
空気が張り詰める。
「いらつくんだよ、そういうの!」
その視線が、こちらに向いた。
目が、合った気がした。
背筋が冷える。
男が一歩、踏み出す。
(やばい)
そう思ったのに、体が動かない。
足が地面に縫い付けられたみたいだ。
怖い。
息が浅くなる。
視界が揺れる。
反射的に、目を強く閉じた。
――ドンッ。
何かが倒れる音。
荒い息遣い。
地面を擦るような音。
恐る恐る、目を開ける。
そこにいたのは、
地面に倒れている男と、
それを無言で抑え込んでいる朔夜だった。
歯を食いしばり、必死に腕に力を込めている。
何も言わない。
ただ、離さない。
その横顔が、いつもよりずっと大人に見えた。
周囲の大人たちが駆け寄る。
「押さえろ!」
「警備呼べ!」
騒然とする中、私は動けなかった。
怖い。
でもそれ以上に、
朔夜が傷ついていないか、それだけが頭を占める。
(もし間に合わなかったら)
(もし、朔夜がいなかったら)
さっきまで笑っていた時間が、一瞬で消えていたかもしれない。
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
やがて男は完全に取り押さえられた。
朔夜はゆっくり手を離す。
その手が、わずかに震えているのが見えた。
目が合う。
何も言わない。
でも、その視線だけで分かった。
守った、じゃなくて
守りたかったんだと。
騒ぎは終わったはずなのに、
鼓動はまだ速い。
隣に立つ朔夜の手が、そっと私の手を握る。
強く。
確かめるように。
もう終わったはずなのに、
言いようのない不安が喉の奥に引っかかっていた。
「朔夜大丈夫?私を助けてくれたんだよね?」
「別にお前を助けたわけじゃねえよ。そうしないと次 は俺が狙われただろ」
いつもそうだ。
朔夜は私が気負わないようにしてくれる。
「それよりお前に怪我はないのかよ」
「うん、朔夜のおかげでなんともないよ」
「そうかよかった」
「お前のせいで!」
警察に押さえられた男が叫ぶ。
その目がこちらを睨みつけている。
「俺はまだ地獄に落ちないといけないのか!」
その瞬間。
男の腕が不自然に動いた。
何かが光った気がした。
(――え?)
ドーンという乾いた音が夜空に響く。
時間が、止まった。
強い衝撃。
体が後ろへ弾かれる。
誰かに突き飛ばされた。
地面に倒れ込む。
私はただ逃れられない運命から目を背けることしかできなかった。




