遠い指先0センチメートル
屋台の灯りが、夜をやわらかく照らしていた。
まだ花火は上がらない。
でも、私の心はもう打ち上がっていた。
「ほら、金魚すくい」
「無理だって、絶対破れる」
「じゃあ勝負な」
そんな他愛もない会話が、こんなにも楽しいなんて思わなかった。
朔夜と並んで歩く。
手は、ずっと繋いだまま。
最初はぎこちなかったのに、今は自然に指が絡んでいる。
離したくない。
離れたくない。
周りにはたくさんの人がいるのに、不思議と世界が二人だけみたいに感じる。
(幸せだ)
こんな気持ち、初めてかもしれない。
朔夜が笑う。
その横顔を見るたびに、胸が締めつけられる。
昔から知っているはずなのに。
今日の朔夜は、どこか違って見えた。
大人びていて、頼もしくて。
そして――少しだけ、不器用で。
「美姫、迷子になるなよ」
「子どもじゃないし」
「さっきぶつかってただろ」
「それは……」
笑い合う。
その瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。
ああ、私は本当に――
朔夜が好きだ。
屋台を一通り回って、少し疲れた私たちは公園に入った。
祭りの喧騒が少し遠ざかる。
静かな空気。
ベンチに並んで腰掛ける。
肩と肩が触れそうな距離。
それだけで、鼓動が速くなる。
朔夜が袋を漁る音がした。
「ほら」
差し出されたのは、冷えたペットボトル。
「熱中症にでもなったらいけねえだろ」
何気ない言葉。
でも、その中にある優しさが伝わる。
「……ありがと」
受け取るとき、指先が触れた。
一瞬なのに、電気みたいに体を駆け抜ける。
(どうしよう)
こんなに優しくされて。
こんなに大事にされて。
期待してしまう。
もしかして。
もしかして、朔夜も――
いや。
考えすぎると、怖くなる。
でも。
今なら言える気がする。
逃げたくない。
隠したくない。
「朔夜」
名前を呼ぶだけで、胸が震える。
朔夜がこちらを見る。
真っ直ぐな瞳。
その中に、私は映っているのだろうか。
「私――」
この一言で、何かが変わる。
関係が。
未来が。
運命が。
でも、それでもいい。
変わってほしい。
変えたい。
覚悟を決めた、その瞬間。
遠くから、怒鳴り声が響いた。
「なんで俺だけなんだよ!」
空気が凍る。
続けて、荒れた叫び声。
「もういい! 全員ぶっ壊れろや!」
ざわめきが広がる。
誰かが走る足音。
慌てた声。
さっきまで温かかった夜が、急に冷えた。
「……なんだ?」
朔夜が立ち上がる。
その手が、無意識に私を引き寄せた。
守るように。
強く。
胸の奥がざわつく。
嫌な予感が、じわじわと広がっていく。
さっきまで確かにあった幸せが、
指の隙間からこぼれていくような感覚。
どうして。
どうして今なの。
私の言葉は、喉の奥で止まったまま。
この夜は――
まだ、終わらない。
そんな予感だけが、
静かに、確かに、
私の胸を締めつけていた。




