第5章
一点差の断絶
テスト当日。教室内はペンが紙を走る音だけが響いていた。僕は完璧に解いた。最後の一問まで、見直しも三回した。間違いがあるはずがない。放課後、返却されたテスト用紙。僕の点数は、当然のように「100」だった。(よし……これなら、文句はないはずだ)僕は隣の席の美月に声をかけようとした。だが、彼女が机の上に置いた答案用紙が目に入った瞬間、言葉を失った。彼女の点数も「100」だった。そして、その裏面。先生が遊び心で出した「超難問のボーナス問題」。採点対象外だが、数学的なセンスを問う難解な証明問題。僕は「時間が足りない」と判断して手を付けなかったその問題に、彼女は完璧な解答を記述していた。先生が赤ペンで大きく『Wonderful!!』と書き込んでいる。「……私の勝ちね」美月が、感情の消えた声で言った。「点数は同じでも、あんたは逃げた。私は解いた。……これ以上ない、差がついたわね」「水瀬さん、それは採点対象外で……」「そうやって理屈を並べて、自分の負けを認めない。そういうところが、本当に大嫌いなの」彼女は荷物をまとめると、立ち上がった。「もう二度と、話しかけないで。水瀬湊。……あんたの中の私は、あのひまわり畑で死んだことにして」「……!」ひまわり畑。その単語が、僕の脳内で爆発した。五歳の夏。引っ越しトラックが走り去る中、僕が泣きながら追いかけたこと。彼女が窓から顔を出して、必死に手を振っていたこと。『忘れないで! 湊くん、絶対に忘れないで!』「……美月!!」僕は反射的に、彼女の手首を掴んでいた。「……離して」「忘れてない! 思い出したんだ、今……全部!」「……嘘つき」美月が振り返る。その瞳には、今にもこぼれそうなほど涙が溜まっていた。「今さら思い出したって、何になるの? 十年も、一回も連絡してこなかったくせに! 私はずっと……ずっと、あんたの約束を信じて、あんたと同じ学校に行けるように、必死で勉強してきたのに!」「美月……」「あんたは、隣にいても私に気づかない。テストの順位のことしか考えてない。……もういいよ。私は、一人で勝手に、この約束を終わらせるから」彼女は僕の手を振り切り、教室を飛び出していった。静まり返った教室に、陽葵と蓮が駆け込んでくる。「湊! 水瀬さんが泣いて走っていったけど……」「……僕は、とんでもないことをした」僕は自分の震える手を見つめた。「彼女は、僕のために……僕に追いつくために、ずっと戦ってたんだ。なのに僕は、彼女を『ただの転校生』として扱って……」「……気づいたなら、今すぐ追いかけなさいよ! バカ湊!」陽葵の怒声に背中を押され、僕は鞄も持たずに廊下へ飛び出した。




