第11章
崩れ去る冬二学期
期末テスト最終日の終業式。寒波が押し寄せ、体育館の中は氷のように冷え切っていた。校長先生の長い訓話が続く中、僕の隣で美月が小さく震えていた。「美月、大丈夫か? 寒いなら、僕の学ラン貸すけど……」「……大丈夫。……ただ、ちょっと……眠い、だけ……」そう言った直後、彼女の膝がガクンと折れた。「美月!?」僕が支える間もなく、彼女の体は体育館の床に崩れ落ちた。「水瀬さん! 大丈夫か!」「誰か、保健の先生を! 救急車だ!」騒然とする体育館。僕は、冷たくなった彼女の手を握りしめ、ただ名前を呼び続けた。美月の唇は紫に変色し、呼吸は浅く、今にも止まりそうだった。救急車のサイレンが近づいてくる。その音が、僕たちの「黄金の日々」の終焉を告げる鐘のように聞こえて、僕はただ、震えが止まらなかった。
病院の待合室のベンチは、驚くほど冷たかった。
湊は両手を組み、床の一点を見つめていた。爪が食い込むほど強く握られた拳は、小刻みに震えている。
「……湊くん?」
聞き覚えのある、けれどひどく疲弊した声に顔を上げると、そこには美月の母親が立っていた。五歳の頃、ひまわり畑で僕たちを見守ってくれていた、あの優しい笑顔の面影はある。だが、今の彼女の顔は、長年重い荷物を背負い続けてきた者の疲労と絶望に支配されていた。
「おばさん……。美月は、美月はどうなったんですか!?」
「今は、処置室で眠っているわ。……落ち着いて、湊くん」
彼女は湊の隣に腰を下ろした。その重みでベンチがわずかに軋む。
「……美月から、何も聞いていなかったのね?」
「……はい。ただ、体育祭の時に少し苦しそうだったり、手が震えていたりしたのは……。でも、僕はただの疲れだと思って……」
湊の声が後悔で湿る。学年一位、生ける計算機。そんな称号が、今は吐き気がするほど忌まわしい。隣にいる一番大切な人間の異変にも気づけなかった自分に、何の価値があるというのか。
「あの子……あなたにだけは知られたくないって、頑なだったの。あなたに会うためだけに、この半年、必死で体調を整えて、無理をして転校してきたんだから」
おばさんは、膝の上で震える自分の手をもう片方の手で抑え、絞り出すように言った。
「美月の病名は、拡張型心筋症。……心臓の筋肉が薄くなって、ポンプ機能が失われていく難病よ。幼い頃から少しずつ進行してきて……もう、お薬では限界なの」
湊の思考が停止する。医学的な知識としてその名前は知っていた。だが、それが「美月」という存在と結びついた瞬間、文字の羅列は猛毒となって彼の胸を突き刺した。
「……手術は、できないんですか? 今の医学なら……」
「移植しかないわ。でも、国内でドナーを待つには時間が足りない。海外での移植を目指すにも、数億円という費用と、何より今の美月の体力がその長旅に耐えられるかどうか……」
おばさんの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「お医者様には……あと半年が山場だと言われたわ。この冬を越せても、春の桜を見られるかどうか……。美月には、まだ伝えていない。けれど、あの子は賢いから……自分の体が一番よくわかっているはずよ」
あと、半年。
たったの百八十日。
その数字が、湊の脳内で巨大なカウントダウンタイマーとなって刻まれ始めた。




