【第6話:水の都アクアリスと、ゴンドラ漕ぎの少女】
迷わずの森を抜け、乗り合い馬車に揺られること数日。
俺、セツナはついに目的の地へと辿り着いた。
大陸西部に位置する『水の都アクアリス』。街全体が湖の上にあり、無数の運河が走る美しい都市だ。
「……すごいな」
大水門をくぐった瞬間、視界いっぱいに広がった光景に、俺は息を呑んだ。
太陽を反射して輝く水面。白亜の建物。行き交う色とりどりの小舟。
前世の灰色の記憶とは対極にある、圧倒的な「青」と「光」の世界。
右目の『封魔のレンズ』越しでも、その感動は色褪せない。
(来てよかった……)
師匠の『目立つな』という言いつけを守り、俺はフードを目深に被って船着き場を歩いた。
今回の目的は観光だ。年に一度、運河が星空のように発光する奇跡『星降る夜』を見に来たのだ。
「きゃっ!?」
悲鳴が聞こえた。
見ると、ゴンドラ乗りの少女が、柄の悪い男たちに囲まれている。ショバ代を払えと難癖をつけられているようだ。
関われば目立つ。無視すべきだ。
だが、俺の眼は余計なものを見てしまった。少女の手足にある、努力の証である無数のマメと古傷を。
(……努力している奴が報われないのは、嫌いなんだよな)
俺は足元の小石を拾い、指先で弾いた。
風切り音すらしない指弾が、男の膝裏の腱を正確に掠める。
男は盛大に体勢を崩し、そのまま運河へダイブした。
「ぶはっ!? 足を滑らせたのか!?」
騒ぎの隙に、俺は少女に声をかけた。
「観光に来たんだが、君の船、空いてるか?」
「え……あ、はい!」
少女――リリアのゴンドラに乗り込み、俺たちはその場を離れた。
リリアの操船は悪くなかったが、複雑な水流に時折船が揺れた。
「右に寄せて。そこ、逆流が来てる」
「え?」
俺が水の色温度や流れの歪みを見て指示を出すと、船は氷の上を滑るようにスムーズに進み始めた。
「すごい! どうしてわかるんですか!? まるで水の精霊みたい……」
「勘だよ」
その後、市場で「一番脂の乗った魚」を透視して当てたり、橋の上で行われていた賭け事で、イカサマ師が掌にボールを隠しているのを見破って成敗したりした。
リリアは目をキラキラさせて俺を見てくる。
少し目立ちすぎただろうか。
だが、そんな穏やかな観光は、中央広場に漂う不穏な空気によって遮られた。




