【第3話:禁忌の森と情報の奔流】
街を出てから三日。
俺の旅は順調そのものだった。野盗に襲われても、俺の「眼」の前では動きが止まって見えた。
「……なんだ、世界ってこんなに遅いのか」
そんな全能感が、俺の判断を狂わせた。
俺は近道をするため、魔物の巣窟と恐れられる『禁忌の森』へと足を踏み入れた。
「――ッ!?」
入った瞬間だった。
ガツン、と頭を殴られたような衝撃が走った。
痛い。眩しい。うるさい。
木々の葉脈、漂う花粉、無数の虫の動き。それら全てが一斉に脳になだれ込んできたのだ。
「ぐ、あ……っ」
俺は膝をついた。街中とは情報の密度が違う。見えすぎる。情報が処理しきれない。
ピシャリ、と何かが弾ける音がした。
目の前に、何かがいる。でも、見えすぎてわからない。
極彩色のノイズの中で、俺の眼は敵の輪郭を捉えられない。
「ガァ……ッ!」
空気が揺れ、俺の肩が弾け飛んだ。
鮮血が舞う。見えなかった? この俺が?
ヒュンッ。次は脇腹を抉られた。
カメレオンのような擬態魔物だ。しかも、俺の「死角」――脳が情報過多で無視している領域――から正確に攻撃してくる。
(死ぬ……のか?)
三撃目。喉元を狙う爪が迫る。
恐怖で思考が凍りつく。前世の記憶――ヘッドライトの光が重なる。
結局、俺は何も変わっていなかったのか。ただ眼が良いだけの、無力なガキのまま……。
「……無粋な眼だね。閉じな」
凛とした女性の声。パチンと指を鳴らす音。
ドォォン!!
目の前で衝撃波が炸裂し、俺を殺そうとしていた魔物が弾け飛んだ。
「は……?」
呆然と見上げた先に立っていたのは、ボロボロのローブを纏った女性だった。
そして何より異様だったのは、その両目が白い包帯で幾重にも巻かれていることだった。
「目が見え……ない?」
「見ようとするから見誤るんだ。眼なんてものは、ただのレンズに過ぎない」
彼女はため息をつくと、俺の襟首を掴んで引きずり起こした。
俺の慢心は、完膚なきまでに叩き潰された。
この人がいなければ、俺は死んでいた。この人に教わらなければならない。本当の「見る」ということの意味を。




