【第13話:偽りの色彩と、鏡合わせの悪夢】
狭いアトリエの中に、ドス黒いインクの獣たちが溢れかえる。
その数は30体以上。
「ヒャハハ! 食い殺せェ! 芸術の肥料にしてやる!」
道化師が絵筆を振るうと、獣たちが津波のように押し寄せた。
だが、俺は一歩も動かなかった。
(……遅い)
水の都で見た『星降る夜』の膨大な光の情報量に比べれば、たかだか30匹程度の獣の動きなど、あくびが出るほど単純だ。
――眼球能力解放:『多重並列処理』
俺の世界で、獣たちの動きがコマ送りのように分解される。
右から来る爪の軌道。左から来る牙の角度。背後に回り込もうとする気配。
その全てに、赤色の「予測線」が引かれる。
「そこだ」
俺は剣を抜き、予測線をなぞるように剣先を「置いた」。
バシュッ、バシュッ、バシュッ!
突っ込んできた獣たちが、次々と俺の剣先に喉を突っ込み、インクとなって弾け飛んだ。
「な、なんだァ!? なぜ当たらない!?」
道化師が驚愕の声を上げる。
「貴様、背中に目がついているのか!?」
「いいや。お前たちの描く線(動き)が稚拙すぎて、先が読めるだけだ」
俺は最後の獣を斬り捨て、道化師へと歩み寄る。
「クソッ、生意気な! ならばこれならどうだ!」
道化師が懐から怪しげな極彩色の粉を撒き散らした。
粉塵が部屋に充満し、空間が歪み始める。
「最強幻術・『極彩色の悪夢』!」
視界が溶けた。
部屋の壁がドロドロに崩れ落ち、天井が床になり、ありえないネオンカラーの触手が俺の体を絡め取る――そんな「映像」が、脳に直接流し込まれる。
強力な精神干渉系の幻術だ。
「ヒャハハ! 俺の色彩の中で狂い死ねェ!!」
道化師が高笑いする。
だが、俺は冷めた目で見回した。
「……色が、汚いな」
さっき見た、エレナの絵の「本物の朝焼け」。
あの透明感のある光を知ってしまった今の俺の眼にとって、この幻術の色彩はあまりにも雑で、人工的で、不快なノイズでしかなかった。
――眼球能力解放:『色彩解析・術式看破』
俺の右目が、幻術の構成プログラムを瞬時に読み解く。
赤色は「恐怖」。青色は「拘束」。
構造がわかれば、返すのは容易い。
「傑作? 笑わせるな。こんなものは塗り絵以下だ」
俺は右目をカッと見開き、道化師の双眸を覗き込んだ。
俺の眼の中で、紅い幾何学模様が回転する。
――瞳術・『鏡花水月』
「ヒッ……!?」
道化師の動きがピタリと止まった。
彼が見ている世界が一変する。
俺が見ている「現実」ではなく、彼自身が生み出した「悪夢」が、彼自身に牙を剥いたのだ。
「う、うわあああああッ!! 来るな! やめろ! 俺の色が、俺を食いに来るぅぅぅッ!!」
道化師は何もない空間に向かって絶叫し、自滅した。
「……終わったよ、エレナ」
「す、すごい……魔法使いなの?」
「ただの、目がいい旅人さ」
俺は倒れている道化師を見下ろした。
こいつの記憶を解析すれば、黒幕の居場所はすぐにわかる。
「行くぞ。このピエロの飼い主……『ミスター・クロウ』に、絵の描き方を教えに行ってやる」




