【第10話:進化する瞳と、水面斬り】
最深部の地底湖。
そこには、トニオたちを捕らえた全長20メートルの巨大なボス――透水竜クイーンが待ち受けていた。
「キシャアアアアッ!!」
ボスが咆哮すると、水飛沫が鏡となり、百体もの竜の幻影が作り出された。
視界を埋め尽くす透明な殺意。どれが本物かわからない。
「数が多すぎる! これでは攻撃できん!」
ガレットが絶望の声を上げる。
だが、俺は違和感を覚えていた。
「遅い」のだ。
昨夜見た『星降る夜』。あの数百万の光点の複雑な揺らぎを、一晩中見続けていた俺の脳にとって、たかだか百体の分身など、止まっているも同然だった。
(……そうか。あの絶景が、俺の眼を成長させたのか)
脳内で新たな回路が繋がる音がした。
――眼球能力進化:『多重並列処理』
「ガレット隊長、動くなよ」
俺は群れの中に飛び込んだ。
ヒュン、ヒュン――。
正面を斬り、背後を弾き、足元を蹴る。まるで千の手を持つ阿修羅のように、全方位からの攻撃を同時に処理し、最小限の動きで捌いていく。
「な、なんだあの動きは……!?」
俺は幻影の海を泳ぎきり、本体へと肉薄した。
乱反射の中に紛れた、わずかな「質量」のある歪み。そこが赤く光って見える。
「そこだ」
――剣技・『瞬刻・連』
すれ違いざまの神速三連撃。
一撃で障壁を砕き、二撃で肉を断ち、三撃で核を貫く。
時間が動き出し、百体の幻影が弾け飛んだ。
子供たちが救出され、リリアとトニオが抱き合う。
地下水道を出ると、再び『星降る夜』が街を青く染めていた。
俺は橋の欄干に座り、進化した眼でその光を貪った。
(……次は、どんな景色が待っているんだろうな)
翌朝、俺は誰にも告げずに街を出た。
リリアへの書き置きには、こう添えて。
『最高の夜景だった。おかげで、いい目の保養になったよ』
意味深な言葉を残し、独眼の旅人は次なる街――芸術の都へと歩き出した。




