誰か助けて!変態がいるんです
「はぁ~日用品の買い出しも終わったし、ゆっくりしよう」
今日は久々の休日。一人暮らしの私は朝から今週使う分の食料や雑貨の買い物へ行き、お昼前に帰宅。ちょうど一息ついた所でした。
――ピンポン――
「あら?誰かしら?」
最近ここへ引越してきた私には、まだ近所に家を行き来するほどの知り合いはいません。
職場の友人もまだこの家に来た事はありませんし、身分証明書の住所も変えていませんでした。
一体誰でしょうか。もしかすると大家さんかもしれません。
「はい。只今」
少し怖いのでドアチェーンをしたままドアを開けます。
「おまたせしました」
「こちらこそお待たせしました。あなたの番です」
「えぇ?あ、そういうの間に合ってますから」
最近番詐欺が横行しているそうです。俺は君の番だよ!と言いながら近づき、徐々に信用させ、ある日突然金目な物や資産を奪って消える恐ろしい詐欺です。
「待って!本当だから!ドア閉めないで!」
「きゃあ!」
「これ以上ドア閉めるとドアに挟まった俺の息子が死ぬ」
「な、何をドアに挟み入れたんですか?!」
「なにではなくナニを挟みました。これでドアを閉められないでしょ?」
「えぇぇ?」
「俺はエミリーさんの番ですから、俺の息子は君の息子でもある。息子をいじめないよね?」
「はぁぁ?!普通靴をドアに差し込むでしょう~?!それにあなたと私は赤の他人ですから、ソレは私の息子ではありません!」
「番だよ?もう身内でしょ?それが、靴を挟む前に息子が飛び出てね。普段は大人しくていい子なんだが⋯⋯⋯⋯」
「ちょっと!息子のせいにしないで下さい!悪いのはあなたでしょ?!」
「はは~エミリーさんが再教育してくれるかい?」
「お断りです!それと何で私の名前知ってるんですか!」
「ここの表札に書いてあるよ?エミリーは不用心だなぁ~気を付けないと悪い人に名前知られちゃうよ?」
「本当ですね!すぐに剝がします!なので出て行ってくれませんか!」
「すまないね、息子が君の部屋に興味津々だ。普段は何事にも興味を持たない冷めきった息子なんだが⋯⋯」
「だから息子じゃなくてあなたでしょ!!もう!騎士団呼びますよ?」
「どの騎士団?第一?第二?第三?」
「ここは下町ですから第二ですね。第一は王宮警備でしょ?第三は地方じゃない」
「第二騎士団に特定の男がいるのか?その男は本当に信用できるのか?」
「知り合いなんていませんよ。ただ通報するだけです。通報してもいいですか?」
「うむ。だが第二騎士団ならすでに現場にいるが?」
「は?」
「第二騎士団団長ヘンリー・アデルフィーだ。それと息子のアンリーだ」
「えぇ?!団の頂点が通報対象?どうすればいいのよう」
「すまないがドアを開けてくれないか?アンリーがうっ血気味でな」
「え?無理です。だってチェーン掛かってますから」
「ん?何?ナニ?」
「ドアを開ける為には一度ドアを閉めて、チェーンを外さないと」
「はぃ?」
「ヘンリーさんがアンリー?を引き抜いて下さい」
「それは⋯⋯⋯⋯無理だ。現時点で痛い。引き抜けない」
「入ったのだから出れるでしょ?!」
「侵入時とは質量が違うんだ」
「質量戻せよ!!」
「今まで手のかからなかった子が一度暴れ出すと⋯⋯もうどうしたらよいのか。私には無理だ」
「おいおい!思春期の息子じゃねぇぞ!」
「うまい事言うじゃないか!さすが母親」
「そうだ!自警団呼びますよ?確かこの町にも自警団はありますよね?」
「え~?恥ずかしいよ。君もいいの?番の息子をドアで挟んで通報した王宮文官のエミリーさんって噂されちゃうよ?」
「何で私の職場知ってるんですか?!」
「ごめん。ドアの隙間から王宮文官の制服が見える。アンリーもエミリーの制服を前に興味を隠せないようだ。先ほどより深く入室している」
「アンリーについては知りませんよ!でも噂されたら絶対嫌」
「エミリーすまないが押し出してくれないか?」
「何で私が?ヘンリーさんが抜けばいいでしょ!」
「抜きたいのは山々なんだが痛そうだし、今一つ勇気が出ない。君が心のままにアンリーを押し出してくれ」
「えー?私が触るんですか?」
「アンリーは君の息子じゃないか。スキンシップ不足がアンリーの突然の暴走の原因かもしれないぞ?」
「⋯⋯⋯⋯それはあなたのせいでしょ?でも確かにこのままでは困りますね。わかりました。では失礼します⋯⋯⋯⋯」
「あ、待ってくれ!君が突然スキンシップを図ったからアンリーが反抗を見せている !」
「私にどうしろと!?」
「少しづつ、少しづつスキンシップを⋯⋯⋯⋯って、アンリーは強欲になってしまった!!より一層のスキンシップを求めている!」
「いい加減にしろ!!えいっ!」
「があああああああぁぁぁ」
――ドカ――
「えぇぇ?ヘンリーだかアンリーだかが倒れちゃった⋯⋯⋯⋯どうしょう」
玄関前に騎士団長が倒れていたら私が最強のゴリラ女みたいじゃない!
「とりあえず家に入れて証拠隠滅しましょう。アンリーの怪我も確認しないと」
ドアを開けて⋯⋯⋯⋯引っ張って、って重!!下にシーツ敷いて引きずりましょ。
「さて次はアンリーの怪我の確認⋯⋯⋯⋯っておい!アンリー私の息子じゃないわよ!毒されたわ」
これどうするの?私の久しぶりの休日なのに。もういいやお腹減った。デザートに大好きなケーキもあるし、まずは何か食べよう。
「何かいい匂いがするぞ?」
「あぁ起きました?どうしたらいいかわからないので氷嚢をアンリーに乗せて置きました」
「ありがとう。アンリーも頭が冷えた様だ」
「頭?⋯⋯左様ですか。まぁ昼食でもどうぞ」
「頂くよ。美味しそうだ」
「食べましたね?それ賄賂ですから。今日の事は水に流して下さい。それで一体何故家に来たのですか?」
――今朝のヘンリー――
「団長、今日は連休の初日で沢山の人が市場へ向かっています」
「最近若い女性を狙ったストーカー行為や空き巣、強盗が増えている。危険だな。よし俺も市場の巡回へ向かおう。監視は多い方がいいだろう」
「凄い人だな。スリも増えそうだ。ん?何だ?いい香りがする」
巡回中に俺は心震わすよい香りを感じた。そしたら就寝中だったアンリーが突然覚醒した。
「アンリーどうした?右?右なのか?」
俺はアンリーの指示に従い走った。
「アンリーは散歩大好き犬並みに俺を引っ張って行ったんだ。それはもう犬ぞり大会の犬――『何言ってるですか!話を進めて下さい!』――おっとお母さんに怒られちゃったよ?教育熱心だね?アンリー」
そして人混みの道の中を歩く君を見つけたんだ。すぐに君が俺の番だとわかったよ。アンリーも大喜びだった。
それから俺は君を見守り続けた。最近ストーカー行為が多発している。君が危険だと思ったんだ。
「お前がストーカーだよ」
君は警戒心が足りないよ?支払いの度に財布から身分証明書が見え隠れだ。
君の住所もフルネームもアンリーが瞬間記憶してしまったよ。離れ離れだった家族に会えたんだ。もう離れたくなかったんだね。
「アンリーパンツの中だろ!盗み見したのアンタだろが」
君は次にケーキ屋さんへ行った。そして
「チョコレートケーキとクリームのとフルーツタルト下さい」
と注文したんだ。俺とアンリーの好物だよ?君は俺を歓迎してるのだと思った。なら訪問するべきだ。
「ちょっと待って、アンリー食べないでしょ!排出オンリーだよ!」
なのに⋯⋯⋯⋯
「どこへ行くんだ妻よ?そっちは家とは逆方向だ。迷子か?ま、まさか⋯⋯」
君は迷いなく自宅の住所とは違う方向へ向かう。心なしか君は嬉しそうだった。
⋯⋯これは黒かもしれない。俺以外の男の元へ行くのか?アンリーはどうするんだ?俺の心は冷え切った。緊張で嫌な汗が止まらない。でも真実を知りたい。俺は重い足どりで君の尾行をした。
「妻?⋯⋯⋯⋯こうやって勘違いストーカーって生まれるんですね」
君は単身者用の安そうなアパートメントの一室へ入って行った。黒だった。
「さり気にディスんなよ」
ショックだった。これからアンリーと二人、どうすればいいんだ?ごめんなアンリー。お父さんの魅力が足りなかったんだ。お前には不自由をさせてしまうかもしれない。
俺は最後に君のいるであろう部屋を外から眺めた。
「あれ?!ベランダに女性物の下着?部屋の主は女性だったのか!」
妻の友人の部屋だったのだ。エミリーは白だった。よかったなアンリー!お母さんはまだお前のお母さんだ!その時アパートメントの方から風が吹いて来た。
「つ、妻の香りだと?!どういう事だ?!」
あの下着から妻の香りがする。一緒に干されているタオルや服からも⋯⋯⋯⋯
「ちょっと止めてよ変態!私って臭いの?!」
「何故だ?わからん。表札を確認しよう」
そしてこの部屋のドアに君の名前があった。何故だ?二重生活か?アンリーが言う「もう直接母さんに聞こうよ?」と。そしてベルを押したんだ。そこからはエミリーの知っている通りだ。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
この押しの強すぎる騎士団長に押し負けた私は、気づいたら息子のアンリ―と娘のリンリー産んでいた。