第8話 バトルアックス
一行が大休止をしている時、突如現れた黒い鎧の戦士。
彼の登場を合図に、キースが裏切ってセラスへと襲いかかった。
キースは得意気に飛び掛かったが、意外にも周りの騎士にうまく対応されて、初手でセラスを傷付けることは出来なかった。
「エルザの言うとおりだったな!」
セラスが睨みつける。
「なんだバレてたのか!」
「お前らはなんだか信用できないと思っていたのだ」
こうなるとキースは、逆にセラス、バートン、メイスといったと錚々たるメンバーに囲まれて、集中的に攻撃を受けることになった。
「ちょっとやばくね?」
キースは冷や汗を流しながら剣を振り回した。セラスたちがキースを追い回していると、奥の方で大きな悲鳴が聞こえた。セラスたちが振り返ると、そこにはなんと、テッドとカイルが血まみれになって倒れていたのである。
「テッド! カイル!?」
オルトランは顔を青くした。
セラスが顔を向けると、そこには血を浴びた禍々しい黒の鎧姿が目に入った。その手には、血で真っ赤に染まった二挺のバトルアックスが握られていた。
「私とほぼ互角の実力を持つあの二人を、一体どうやって倒したんだ!」
オルトランは青くなってセラスのそばへ寄った。
「セラス様! お逃げください……ここは私が足止めします!」
「なぜだ! 全員で当たればよいだろう!」
するとオルトランは真剣な目つきで首をふった。
「我が騎士団最強と言われるテッドとカイルが、瞬殺されたのです……こうなっては、セラス様だけでも逃がすことが最優先……護衛騎士お二人とともに先へお急ぎください!」
「それではあなたたちが……」
「いえ! なりません! セラス様! これは我々だけの問題ではありませんぞ!」
そこへ、黒い戦士・ジョーが、馬ごとなだれ込んで来る。
「うぬおお!」
バトルアックスの柄には鎖が付いていて、ジョーはそれをブンブンと振り回す。これには敵も味方も関係なく、慌てて逃げ出す始末だ。
「うわわわ!」
「あぶねえ!」
怒ったベリーは叫んだ。
「俺の顔を忘れたか、この野郎ー!」
だがそんな声は、ジョーの耳に届かない。セラスたちも総崩れとなってしまった。
そこへオルトランとアントニーが馬に乗って、槍を振り回しながらジョーへ斬りかかった。
その隙にセラスは馬に飛び乗って、メイスとバートンを連れて街道へと入っていく。
「みんなすまぬ! その想い……このセラスは忘れぬぞ!」
その時、キースはセラスたちの離脱を見逃さなかった。
「おっとセラスが逃げたぞ!」
キースはすぐに馬へ飛び乗り、セラス達を追った。
ジョーもセラスを追おうと街道へ馬首を向けたが、後ろからオルトランとアントニーから激しい攻撃を受けて、やむを得ず振り返った。
「行かせるかよ!」
オルトランは槍を振り回してジョーの顔面を殴打する。
殴られたジョーは、黒い仮面からギロリとオルトランを睨みつけた。
ジョーは、無言で二挺の斧を構えた。
「食らいやがれ、この!」
オルトランは、槍を振るってジョーへ飛びかかった。彼は杖術に長けていたので、どちらかといえば、槍で斬りつけるというより、棒で殴りつける攻撃が得意である。槍の攻撃を受けたかと思えば、その反射で反対側の棒先を飛ばす……オルトランはそんな素早い連撃を得意としていた。これにはさすがのジョーも、鎧を着ていなかったら、ただでは済まなかっただろう。
「これは、もしかしていけるか!」
オルトランは微かに手応えを感じていた。
だが、そんな有効打を与えられたのは初めだけだった。
ジョーは器用に両手の斧で棒の攻撃をさばきはじめ、その流れで斧を振るうようになっていた。そして……徐々に、徐々に、その攻撃の手数が増えていく。
「おおお、何だこれは!」
オルトランは冷や汗を流した。時は経てば経つほど、その差は次第に大きくなって、いつの間にかオルトランは防戦一方となっていた。
ジョーは両手の斧をブンブン振りながら、相手の馬の尻へ、尻へと自身の馬を寄せていく。背後を取られたくないオルトランは、必死でぐるぐる逃げ回る。
アントニーはオルトランの反対側に位置取って、背後からジョーを攻め立てるのだが、ジョーは馬を巧みに操って、位置取りなど関係ないとばかりに二人まとめて相手をした。
だが、そのうち形勢はジョーへと傾いてきた。アントニーが疲れてきたのだ。
斧の勢いは刃を重ねるごとに増す。
その速さと威力に……二人は翻弄されるがままになっていた。
先に耐え切れなくなったのは、アントニーだった。ジョーの重い斬撃に力負けし、槍を持つ手に力が入らなくなっていたのである。
それを見抜いたジョーは、次第にオルトランからアントニーへと、攻撃のウエイトを移していく。するとアントニーはとうとう悲鳴をあげた。
「ちょっと無理だっ!」
アントニーが馬を数歩下げてその場から逃れようとした時……ジョーの斧がアントニーのこめかみに斬り込んでいた。
「ああっっ!」
アントニーは、斧に押され、血を噴きながら馬の背から落ちていく。
斧の刃は血を振りまきながら抜き取られ、その刃先はオルトランへと向けられた。
「アントニーっ!」
オルトランは叫び声を上げたが、他者の心配ができるほどの余裕を、ジョーは与えてくれない。
今度は斧の柄についている鎖をつかんで、鎖鎌のように振り回し、オルトランへと投げつけてくる。オルトランは槍を振るって防御するが、運悪く鎖が槍に絡まって、自由を奪われてしまった。
そして、その動きが止まった一瞬、ジョーの斧がオルトランの胸を割った。
「ぐはぁっ!」
オルトランは口から黒い血を吐いた。そして朦朧とした意識の中、黒い戦士を見た。
「ああーっ! これまでか! セラス様……薬は頼みますぞ!」
オルトランが諦めたようにギュッと目を閉じると、ジョーは彼の顔面を斧で思い切り殴り付け、即死させたのだった。
◆
ガストンを斬った後、エルザは展望所の混乱を見て驚いていた。
エルザがガストンと戦っていたのは、ほんの一〇分くらいのことだ。それなのに、この夥しい被害者の数は何なのか……。
「ガストンの野郎が呼んだんだな……チクショウ!」
エルザは地面を思いっきり蹴った。するとその時、遠くでセラスたちが街道へ入っていくのが見えた。そして、その後をキースが追いかけて行ったのである。
「キースはガストンとグルだ。……追いかけないと!」
エルザは馬を繋いである所まで走った。
だが、エルザが馬に近付いた時、一陣の風がエルザに向かって放たれた。エルザは、頭を下げて剣を振り上げ、ガキン! と音を立ててそれを弾き返す。振り返って剣先を向けると、そこには髭をツルツルに反り上げて、青々とした顔の男がいた……ベリーである。
「ヒヒヒヒ、この程度の攻撃は躱せるレベルはあるようだな!」
エルザは男を睨みつけた。
「どいてよ! 急いでるんだから!」
キースはすでにセラスを追って走り出している。エルザは足止めされてイライラしていた。ベリーはエルザを嘗め回すように見ながら薄らと笑った。
「そう簡単に逃がすかよ。お前がガスタを倒したっていうエルザだろう。騎士の坊ちゃんたちよりは期待していいのかな? おっと」
ベリーがサッと半歩下がると、エルザの剣は空を切った。
「人が話しているのに、斬りかかってくるなよ」
「おしゃべりするほど、仲良くもないでしょ」
「そうかい? なんなら朝までベッドで語り合ってもいいんだぜ?」
「気持ち悪いわね!」
エルザがイライラしながらそう言うと、ベリーは白い歯を見せながら笑う。
「ところで、どうやってガストンを倒したんだ? あいつは一応、Sランクの傭兵なんだぞ。あんなに身体を密着させて……ヒヒヒ、色気で不意打ちでもしたのか?」
するとエルザはカーッとなって剣を突き刺していった。
「何勝手なこと言ってるのよ! この悪党!」
「ヒヒヒ、怒った、怒った。さてそろそろ言葉での対話は終わりにしよう。ガストンの野郎……呆気なく死にやがって……ささやかながらこのベリーが、お前の仇を討ってやるぜ」
ベリーはそう言うと、剣を中段に構えて、すぐさま剣を振り下ろして来た。彼は、にらみ合いなどはしない性分である。動いてかき回す……それが彼のやり方である。
「さあ、さあ、どうしたエルザ! 俺に色仕掛けは通用しないぞ」
ベリーの剣撃が横薙ぎに飛ぶ。
エルザは頭を下げてかわし、体を起こすと同時に足さばきをうまく使って、ベリーの後ろへ回ると、死角から顔面めがけて斬り上げた。
「うっ!」
ベリーは少し焦りながらもそれをかわし、逆に自身の刃をエルザの腹へと突き出しながら後ろへ飛び退いた。その、引き際の剣は、思った以上に伸びてきて、エルザは後ろに下がって回避するしかなかった。
(こいつ! これまでの奴らと違う!)
エルザは冷や汗をかいた。
「思ったよりやるもんだな。騎士のお坊ちゃまよりマシな動きだ。……だが、あと何手もつか?」
ベリーの言い方は、いちいち癪に障る。
……それに加えて早くセラスを追いたいという焦り……。そして、早くベリーを倒さないと、もし黒い戦士がこちらの戦いに介入してきたらどうするのか……。そんな余計なことが頭に浮かぶと、エルザはイライラするのだった。
「どうしたエルザ、顔色が青いじゃないか? おトイレでも行きたいのかね?」
「うるさいっ!」
いつの間にかエルザの剣は、ベリーにはさっぱり届かなくなっていた。間合いも呼吸も、すべてベリーのペースだった。
(これはマズい!)
エルザの背中に冷や汗が流れる。
その時、すぐそばで叫び声が響き渡った。エルザが悲鳴の聞こえた方へ目を向けると、アントニーが斬り倒されて落馬しているのが見えたのだ。すると、すかさずベリーの剣がエルザに飛んだ。
「どこを見ているんだエルザ!」
ベリーは一瞬の隙も逃さない。エルザは本当に面の皮一枚で剣を躱すと、キンキンと激しい金属音が何度も鳴った。ああ、ベリーは手強い……。なのに、黒い戦士まで相手にしなければならなくなったらもう終わりだ。そんな気持ちが顔に出ていたのか、ベリーは退屈そうに口をへの字に曲げた。
「ああ、つまらねえ……。お前も他の騎士と同じなのか……他のことばっかり考えている。もう、そろそろ終わりにしようか。ジョーに邪魔されても面白くねえからな」
ベリーは剣を握り直して中段に構えた。エルザはベリーの言葉にハッとしていた。
そうだ。今、私はこの男と戦っているのだ。
腹を括ったエルザは、黒い戦士のことを考えるのをやめた。
他のことも重要だが、剣のやりとりには関係ない。
エルザは静かに呼吸を整えて、剣を中段の少し上に構えて脇を見せ、腕を伸ばしたまま剣先だけをちょっと前に向けた。そして相手の右手側が見えるように移動しながら、攻撃の機会を伺った。
「んんっ? 動きが変わったな」
ベリーはニヤリと笑った。だが、腹がガラ空きだ。ベリーはエルザのペースを乱してやろうと、エルザの腹へ突きを飛ばす……。
だがそれはエルザの罠だった。
エルザは、ベリーの斬撃を剣の側面で受けると、そのまま剣に沿わせてスライドさせ、剣の鍔と鍔が重なるようにぶつけたのである。
ガキィンと鍔と鍔がぶつかった。
その衝撃は伸びた腕を伝って肩にまで痛みを与えた。
「うっ!」
ベリーは苦痛に顔を歪めながら身体をのけ反らせる。
その瞬間、エルザは鍔の重なりを外して、そのまま剣を前へ突き出した……鍔をぶつけてから流れるような動作で繰り出される顔面への突き……。
迫りくる刃を、ベリーはのけぞるように避けたが、剣は鼻を裂いて左目へと、頭蓋骨の表面を滑るように切り進み、ベリーの額を割った。
「ああっ!」
ベリーの額が血を吹いた。
ベリーは意識を失いつつも腕を振り、エルザへと剣を振ったが、その斬撃は空を切った。
エルザは飛び退いた先で中段に構え、反撃に備える。
だが、ベリーは遠心力を失った独楽のように、フラフラと揺れながら、ドウと倒れた。
秘剣・鍔鳴き……この技は、怪力のエルザに適した技だとしてよく練習したものだった。
エルザが肩で息していると、背後で悲鳴が響き渡った。
エルザが振り返ると、五メートルほど先に、黒い鎧を着たジョーの姿と、地面に倒れたオルトランの姿が見えた。
「ああっ、オルトラン殿!」
ジョーはエルザの声を聞くと、ゆっくりと馬をエルザの方へ進めてきた。そしてそばに倒れているベリーの死体にチラリと目を向けると、無口なジョーが珍しく口を開いたのである。
「面白そうな女だな。ちょっとは剣を振れるのか?」
ジョーはエルザに斧の先を向ける。そして、かかって来いと言わんばかりに、チョイチョイと手前に振った。
「俺を楽しませてみろ」
その低い声を聞いた時……エルザの全身に鳥肌が走った。