表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】剛腕のエルザ  作者: 平ミノル
8/30

第8話 バトルアックス



  一行が大休止をしている時、突如現れた黒い鎧の戦士。


 彼の登場を合図に、キースが裏切ってセラスへと襲いかかった。


 キースは得意気に飛び掛かったが、意外にも周りの騎士にうまく対応されて、初手でセラスを傷付けることは出来なかった。


「エルザの言うとおりだったな!」


 セラスが睨みつける。


「なんだバレてたのか!」


「お前らはなんだか信用できないと思っていたのだ」


 こうなるとキースは、逆にセラス、バートン、メイスといったと錚々たるメンバーに囲まれて、集中的に攻撃を受けることになった。


「ちょっとやばくね?」


 キースは冷や汗を流しながら剣を振り回した。セラスたちがキースを追い回していると、奥の方で大きな悲鳴が聞こえた。セラスたちが振り返ると、そこにはなんと、テッドとカイルが血まみれになって倒れていたのである。


「テッド! カイル!?」


オルトランは顔を青くした。


 セラスが顔を向けると、そこには血を浴びた禍々しい黒の鎧姿が目に入った。その手には、血で真っ赤に染まった二挺のバトルアックスが握られていた。


「私とほぼ互角の実力を持つあの二人を、一体どうやって倒したんだ!」


 オルトランは青くなってセラスのそばへ寄った。


「セラス様! お逃げください……ここは私が足止めします!」


「なぜだ! 全員で当たればよいだろう!」


 するとオルトランは真剣な目つきで首をふった。


「我が騎士団最強と言われるテッドとカイルが、瞬殺されたのです……こうなっては、セラス様だけでも逃がすことが最優先……護衛騎士お二人とともに先へお急ぎください!」


「それではあなたたちが……」


「いえ! なりません! セラス様! これは我々だけの問題ではありませんぞ!」


 そこへ、黒い戦士・ジョーが、馬ごとなだれ込んで来る。


「うぬおお!」


 バトルアックスの柄には鎖が付いていて、ジョーはそれをブンブンと振り回す。これには敵も味方も関係なく、慌てて逃げ出す始末だ。


「うわわわ!」


「あぶねえ!」


 怒ったベリーは叫んだ。


「俺の顔を忘れたか、この野郎ー!」


 だがそんな声は、ジョーの耳に届かない。セラスたちも総崩れとなってしまった。


 そこへオルトランとアントニーが馬に乗って、槍を振り回しながらジョーへ斬りかかった。


 その隙にセラスは馬に飛び乗って、メイスとバートンを連れて街道へと入っていく。


「みんなすまぬ! その想い……このセラスは忘れぬぞ!」


 その時、キースはセラスたちの離脱を見逃さなかった。


「おっとセラスが逃げたぞ!」


 キースはすぐに馬へ飛び乗り、セラス達を追った。


 ジョーもセラスを追おうと街道へ馬首を向けたが、後ろからオルトランとアントニーから激しい攻撃を受けて、やむを得ず振り返った。


「行かせるかよ!」


 オルトランは槍を振り回してジョーの顔面を殴打する。 


 殴られたジョーは、黒い仮面からギロリとオルトランを睨みつけた。


 ジョーは、無言で二挺の斧を構えた。


「食らいやがれ、この!」


 オルトランは、槍を振るってジョーへ飛びかかった。彼は杖術に長けていたので、どちらかといえば、槍で斬りつけるというより、棒で殴りつける攻撃が得意である。槍の攻撃を受けたかと思えば、その反射で反対側の棒先を飛ばす……オルトランはそんな素早い連撃を得意としていた。これにはさすがのジョーも、鎧を着ていなかったら、ただでは済まなかっただろう。


「これは、もしかしていけるか!」


 オルトランは微かに手応えを感じていた。


 だが、そんな有効打を与えられたのは初めだけだった。


 ジョーは器用に両手の斧で棒の攻撃をさばきはじめ、その流れで斧を振るうようになっていた。そして……徐々に、徐々に、その攻撃の手数が増えていく。


「おおお、何だこれは!」


 オルトランは冷や汗を流した。時は経てば経つほど、その差は次第に大きくなって、いつの間にかオルトランは防戦一方となっていた。


 ジョーは両手の斧をブンブン振りながら、相手の馬の尻へ、尻へと自身の馬を寄せていく。背後を取られたくないオルトランは、必死でぐるぐる逃げ回る。


アントニーはオルトランの反対側に位置取って、背後からジョーを攻め立てるのだが、ジョーは馬を巧みに操って、位置取りなど関係ないとばかりに二人まとめて相手をした。


 だが、そのうち形勢はジョーへと傾いてきた。アントニーが疲れてきたのだ。

斧の勢いは刃を重ねるごとに増す。


 その速さと威力に……二人は翻弄されるがままになっていた。


 先に耐え切れなくなったのは、アントニーだった。ジョーの重い斬撃に力負けし、槍を持つ手に力が入らなくなっていたのである。


 それを見抜いたジョーは、次第にオルトランからアントニーへと、攻撃のウエイトを移していく。するとアントニーはとうとう悲鳴をあげた。


「ちょっと無理だっ!」


 アントニーが馬を数歩下げてその場から逃れようとした時……ジョーの斧がアントニーのこめかみに斬り込んでいた。


「ああっっ!」


 アントニーは、斧に押され、血を噴きながら馬の背から落ちていく。


 斧の刃は血を振りまきながら抜き取られ、その刃先はオルトランへと向けられた。


「アントニーっ!」


 オルトランは叫び声を上げたが、他者の心配ができるほどの余裕を、ジョーは与えてくれない。


 今度は斧の柄についている鎖をつかんで、鎖鎌のように振り回し、オルトランへと投げつけてくる。オルトランは槍を振るって防御するが、運悪く鎖が槍に絡まって、自由を奪われてしまった。


 そして、その動きが止まった一瞬、ジョーの斧がオルトランの胸を割った。


「ぐはぁっ!」


 オルトランは口から黒い血を吐いた。そして朦朧とした意識の中、黒い戦士を見た。


「ああーっ! これまでか! セラス様……薬は頼みますぞ!」


 オルトランが諦めたようにギュッと目を閉じると、ジョーは彼の顔面を斧で思い切り殴り付け、即死させたのだった。





 ガストンを斬った後、エルザは展望所の混乱を見て驚いていた。


 エルザがガストンと戦っていたのは、ほんの一〇分くらいのことだ。それなのに、この夥しい被害者の数は何なのか……。


「ガストンの野郎が呼んだんだな……チクショウ!」


 エルザは地面を思いっきり蹴った。するとその時、遠くでセラスたちが街道へ入っていくのが見えた。そして、その後をキースが追いかけて行ったのである。


「キースはガストンとグルだ。……追いかけないと!」


 エルザは馬を繋いである所まで走った。


 だが、エルザが馬に近付いた時、一陣の風がエルザに向かって放たれた。エルザは、頭を下げて剣を振り上げ、ガキン! と音を立ててそれを弾き返す。振り返って剣先を向けると、そこには髭をツルツルに反り上げて、青々とした顔の男がいた……ベリーである。


「ヒヒヒヒ、この程度の攻撃は躱せるレベルはあるようだな!」


 エルザは男を睨みつけた。


「どいてよ! 急いでるんだから!」


 キースはすでにセラスを追って走り出している。エルザは足止めされてイライラしていた。ベリーはエルザを嘗め回すように見ながら薄らと笑った。


「そう簡単に逃がすかよ。お前がガスタを倒したっていうエルザだろう。騎士の坊ちゃんたちよりは期待していいのかな? おっと」


 ベリーがサッと半歩下がると、エルザの剣は空を切った。


「人が話しているのに、斬りかかってくるなよ」


「おしゃべりするほど、仲良くもないでしょ」


「そうかい? なんなら朝までベッドで語り合ってもいいんだぜ?」


「気持ち悪いわね!」


 エルザがイライラしながらそう言うと、ベリーは白い歯を見せながら笑う。


「ところで、どうやってガストンを倒したんだ? あいつは一応、Sランクの傭兵なんだぞ。あんなに身体を密着させて……ヒヒヒ、色気で不意打ちでもしたのか?」


するとエルザはカーッとなって剣を突き刺していった。


「何勝手なこと言ってるのよ! この悪党!」


「ヒヒヒ、怒った、怒った。さてそろそろ言葉での対話は終わりにしよう。ガストンの野郎……呆気なく死にやがって……ささやかながらこのベリーが、お前の仇を討ってやるぜ」


 ベリーはそう言うと、剣を中段に構えて、すぐさま剣を振り下ろして来た。彼は、にらみ合いなどはしない性分である。動いてかき回す……それが彼のやり方である。


「さあ、さあ、どうしたエルザ! 俺に色仕掛けは通用しないぞ」


 ベリーの剣撃が横薙ぎに飛ぶ。


 エルザは頭を下げてかわし、体を起こすと同時に足さばきをうまく使って、ベリーの後ろへ回ると、死角から顔面めがけて斬り上げた。


「うっ!」


 ベリーは少し焦りながらもそれをかわし、逆に自身の刃をエルザの腹へと突き出しながら後ろへ飛び退いた。その、引き際の剣は、思った以上に伸びてきて、エルザは後ろに下がって回避するしかなかった。


(こいつ! これまでの奴らと違う!)


 エルザは冷や汗をかいた。


「思ったよりやるもんだな。騎士のお坊ちゃまよりマシな動きだ。……だが、あと何手もつか?」


 ベリーの言い方は、いちいち癪に障る。


 ……それに加えて早くセラスを追いたいという焦り……。そして、早くベリーを倒さないと、もし黒い戦士がこちらの戦いに介入してきたらどうするのか……。そんな余計なことが頭に浮かぶと、エルザはイライラするのだった。


「どうしたエルザ、顔色が青いじゃないか? おトイレでも行きたいのかね?」


「うるさいっ!」


 いつの間にかエルザの剣は、ベリーにはさっぱり届かなくなっていた。間合いも呼吸も、すべてベリーのペースだった。


(これはマズい!)


 エルザの背中に冷や汗が流れる。


 その時、すぐそばで叫び声が響き渡った。エルザが悲鳴の聞こえた方へ目を向けると、アントニーが斬り倒されて落馬しているのが見えたのだ。すると、すかさずベリーの剣がエルザに飛んだ。


「どこを見ているんだエルザ!」


 ベリーは一瞬の隙も逃さない。エルザは本当に面の皮一枚で剣を躱すと、キンキンと激しい金属音が何度も鳴った。ああ、ベリーは手強い……。なのに、黒い戦士まで相手にしなければならなくなったらもう終わりだ。そんな気持ちが顔に出ていたのか、ベリーは退屈そうに口をへの字に曲げた。


「ああ、つまらねえ……。お前も他の騎士と同じなのか……他のことばっかり考えている。もう、そろそろ終わりにしようか。ジョーに邪魔されても面白くねえからな」


 ベリーは剣を握り直して中段に構えた。エルザはベリーの言葉にハッとしていた。


 そうだ。今、私はこの男と戦っているのだ。


 腹を括ったエルザは、黒い戦士のことを考えるのをやめた。


 他のことも重要だが、剣のやりとりには関係ない。


 エルザは静かに呼吸を整えて、剣を中段の少し上に構えて脇を見せ、腕を伸ばしたまま剣先だけをちょっと前に向けた。そして相手の右手側が見えるように移動しながら、攻撃の機会を伺った。


「んんっ? 動きが変わったな」


 ベリーはニヤリと笑った。だが、腹がガラ空きだ。ベリーはエルザのペースを乱してやろうと、エルザの腹へ突きを飛ばす……。


 だがそれはエルザの罠だった。


 エルザは、ベリーの斬撃を剣の側面で受けると、そのまま剣に沿わせてスライドさせ、剣の鍔と鍔が重なるようにぶつけたのである。


 ガキィンと鍔と鍔がぶつかった。


 その衝撃は伸びた腕を伝って肩にまで痛みを与えた。


「うっ!」


 ベリーは苦痛に顔を歪めながら身体をのけ反らせる。


 その瞬間、エルザは鍔の重なりを外して、そのまま剣を前へ突き出した……鍔をぶつけてから流れるような動作で繰り出される顔面への突き……。


 迫りくる刃を、ベリーはのけぞるように避けたが、剣は鼻を裂いて左目へと、頭蓋骨の表面を滑るように切り進み、ベリーの額を割った。


「ああっ!」


 ベリーの額が血を吹いた。


 ベリーは意識を失いつつも腕を振り、エルザへと剣を振ったが、その斬撃は空を切った。


 エルザは飛び退いた先で中段に構え、反撃に備える。


 だが、ベリーは遠心力を失った独楽のように、フラフラと揺れながら、ドウと倒れた。


 秘剣・鍔鳴き……この技は、怪力のエルザに適した技だとしてよく練習したものだった。


 エルザが肩で息していると、背後で悲鳴が響き渡った。


エルザが振り返ると、五メートルほど先に、黒い鎧を着たジョーの姿と、地面に倒れたオルトランの姿が見えた。


「ああっ、オルトラン殿!」


 ジョーはエルザの声を聞くと、ゆっくりと馬をエルザの方へ進めてきた。そしてそばに倒れているベリーの死体にチラリと目を向けると、無口なジョーが珍しく口を開いたのである。


「面白そうな女だな。ちょっとは剣を振れるのか?」


 ジョーはエルザに斧の先を向ける。そして、かかって来いと言わんばかりに、チョイチョイと手前に振った。


「俺を楽しませてみろ」


 その低い声を聞いた時……エルザの全身に鳥肌が走った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ