第7話 接近戦
ウイリアム一行殲滅の仕事を終えたジョーとベリーは、リールの街へ戻る途中の村で宿を取っていた。そこへメスラーからの伝令が到着したのだが、もっぱら話すのはベリーで、ジョーは終始無言である。
「メスラーさんも人使いが荒いなぁ。俺たちは一仕事を終えて家に帰るところだってえのによ……なあ、ジョー」
だが、ジョーはただ頷くだけで返事はしない。
彼はいつだってこうなのである。他人と喋ったり、挨拶したり、一緒に酒を飲んだりといった交流は一切なかった。
「ベリー様……今回の案件は非常に重要なものらしく……ぜひともお二人の力を借りたいとのことです。お疲れの所申し訳ないのですが、報酬は倍にするので、曲げて協力お願いします」
するとベリーはニヤリと笑った。
「ほう、報酬を倍にするとはメスラーも奮発したな……ま、どうせ断れねえんだろ? しょうがねえ」
「ありがとうございます……ベリー様、それで……こちらが合流地点の地図になります。標的の進行ルートは、お迎えにあがった伝令がご案内します。それから、皆様の到着が襲撃開始の合図となるそうなので、お好きなタイミングで攻撃して頂ければOKです」
伝令が紙を差し出すと、ベリーはそれを受け取って、チラリとそれを見た。
「ジョー、いいな。明日は早いぞ」
ベリーが声をかけると、ジョーは小さく頷いた。黙ってただ相手の命を刈り取るのが彼の仕事である。彼がNOと返事することは許されなかった。
ジョーは黒い蝙蝠の中でも、殺し以外のことは一切しない。というより、物を運んだり、金を稼いだりということが全く出来ないのだ。それで、面倒見役としてベリーと組んで仕事をしているわけである。
だが、殺しに関しては……ジョーはこれまで一度たりともしくじったことはない。つまり、ジョーに狙われたものは確実に殺される。それが、黒い蝙蝠を恐れさせる恐怖の象徴となっているのだった。
「ヒヒヒ、相変わらず愛想のないこって」
ベリーは伝令を帰らせると、自分の部屋へと戻った。そして早々にベッドへと転がると、明日のことや相棒のジョーのことを少し考えた。
「このジョーという男……ガスタ親分がどっかから買って来た子供だって話たが……一体、何者なんだ」
ジョーの出身は謎である。ガスタが連れて来た時から身体は大きく、戦闘技術もかなり高かった。年齢はおそらく一八歳といったところだろう。身長は一九〇センチ、体重は九〇キロくらいだろうか。筋肉質で無駄のない、引き締まった体をしている。
「もし、俺とジョーが戦ったら……」
ベリーは時折、そんなことを想像する。ベリーだって、一流の領域に達する剣士である。決して無様な戦いはしないだろう。だがジョーだけは別格だ。あの、二本のバトルアックスから繰り出される攻撃は、ベリーですら背筋が寒くなるものだった。
「まあ、とにかく、ジョーが参加するってだけで、勝ちは決まったようなものだな」
ベリーは一人頷く。
「間違いなく、あいつは最強だ。ジョーには不意打ちでも勝てねえ。おそらくガストンが5人いても、勝てねえかもな」
ベリーはそんなことを考えながら、眠りについた。
一方、ジョーは眠れぬ夜を過ごしていた。宿泊に立ち寄ったこの村が、子供の頃に住んでいた村に良く似ていたからである。
「父ちゃん……母ちゃん……」
樵が暮らす貧しい村だったが、そこで両親や友達と暮らしていたことが目に浮かぶ。幼い頃の甘美な思い出。その頃がジョーにとって一番幸せな時代だった。
だが、ある日のこと……盗賊たちの襲撃があって、村人たちは殺されてしまった。そしてジョーたち子供は武装集団に売られてしまったのである。ジョーはその当時のことを思いだすと、顔を覆いたくなるくらい辛かった。
「……弱い奴は死んだ。友達と殺し合いをさせられた……あんな場所はもう二度とごめんだ……」
ジョーはすっかり心を閉ざして、やがて人間兵器のようになってしまう。そしてそんな男が生きる場所は、裏の世界にしかなかったのである。
「だが俺は……本当は人なんか殺したくない……人の命を奪いながら……自分の命を繋ぐなんて……」
愛するものも、愛される人もいない。孤独で暗い毎日は、ジョーからすれば永遠に続く闇のトンネルのようであった。自分で人生を切り開く力もなく、命を刈り取る仕事でジョーの心は涸れていく。命を刈り取る死神は、案内人の蝙蝠に引かれて、明日もまた、新しい戦場へと向かうのだった。
◆
翌朝、日の上がる前の薄暗い中、セラス達はリールの街を出発する。
王都からリールの街まで1日を費やした。薬を持ち帰るまで、あと6日しかない。
メンバーは全員で一一名に膨れ上がっていた。セラス隊五人の他、ガストンとキース……それからリール騎士団の団員が四名加わっていたのだ。
逆に双頭の竜の襲撃で怪我をしたリースがメンバーから離脱した。彼はこのまま王都へ戻って、現状の報告をするようセラスから指示を受けている。
急にメンバーが増えたことについては、ガストンから物言いが入った。
「セラス殿……これは一体どういうことだ?」
「どういうこととは?」
「いや、リールの騎士団が付いて来るということですよ」
「何か問題でもあるのか?」
「いえ……ただ聞かされてなかったので、……それならワシらは不要だったのでは?」
「リール騎士団が参加するなら、協力できないというのか」
「いえ、そういうわけではないのだが……」
「事の経緯を説明するとだな……私がガストン殿を尋ねている間に……副団長のメイスが領主の元へ訪れたのだ。その際、道中捕らえた盗賊・双頭の竜の首を届けたところ大層喜ばれてな。協力を申し出てくれたというわけだ」
「しかし、少人数ですばやく進行することが目的だったのでは?」
「もちろんそこは重要なポイントだ。しかし、せっかくの好意を無には出来ないだろう。彼らも彼らなりに、国へ貢献したいという思いがあるはずだからな。それにスピードは上げてもかまわないと言っている。遅れるようなら置いていくつもりだから心配しないでくれ。それとも何か、気になる問題点などあるのか?」
そう言われるとガストンは言い返す言葉もなかった。
まさか、敵が増えてやり辛いとは、口が裂けても言えないからである。
ガストンは馬に乗りながら考えた。
(予想外に敵が増えたが……まあ良い。こちらにはワシもいるしジョーもベリーもいるんだからな。こちらの勝ちに揺るぎはない)
ガストンは一人頷いていた。
ひと悶着あったものの、セラスたちの進行は順調だった。日が高く上がる前には草原を抜けて山間部へに入った。木々の隙間から太陽の光がこぼれて一行をまだらに照らす。山の坂道に馬の歩みも鈍ったが、それでも昼前には峠近くにある展望所へと到着した。
「よし、休憩だ」
一同は馬から降りて水場へと向かった。
「見ろ、三日月湖が見えるぞ」
その声につられてエルザは遠くを見た。すると山から見下ろした先に、広大な湖が広がっていたのだ。これにはエルザもため息が出た。
「なんて綺麗なんだろう」
するとセラスが隣に立った。
「この湖はな、東西に六〇キロもあるらしい。山の谷間がせき止められて、水が溜まってできたんだ」
「はあ……大自然の神秘ですね……」
「向こうの山の上に、大きな木が立っているのが見えるだろう? あそこがヴァルハラだ」
「かなりの大きさですね……こんな遠くから見えるなんて」
「近くまでいくともっと驚くぞ。それからな、ここで昼食を取るから、お前も早めに食ってしまえよ」
「はい、そうします」
エルザは水場に行って水筒を満たすと、手早く食事を済ませて、展望所の端まで歩いて行った。ふと振り返ると、セラスやメイスたち騎士団の人々に混じって、リール騎士団の四名が食事をしている。
この、突然同行することとなったリール騎士団の方々に、エルザは心の中で有難いと思っていた。なぜなら、ガストンとキースという傭兵に、あまり良い印象を持たなかったからである。
オルトラン、カイル、アントニー、テッドの四名は、リールでも腕利きの槍使いだという。万が一敵に襲われるようなことがあったら……頼れるのはガストンではなく、オルトランたちだろうとエルザは思った。
エルザは柵のない展望所の端まで近づくと、遠くの景色を眺めた。あの大きな木のあるヴァルハラまでもう少しだ。
「それにしても綺麗な斜面があるなあ」
ふと、足元から伸びている崖を見下ろした。その崖は二メートルほどストンと落ちていて、そこから薄く草の生えた急斜面が四〇メートルほど続いている。そして、その先は奈落の底だった。
「斜度は三五度ほどありそうね……スキーで滑れば楽しそうだけど、そんなことをしたら谷底へ真っ逆さまね」
そこは緑のカーペットのように美しい斜面だったが、その終点に、黒い雑木だけがどす黒くよろひょろと立ち上がっている。それはまるで、斜面の終わりを告げ、ここから谷底だという印のようにも見えて、エルザには不吉な感じがした。
エルザは我ながらバカな想像をするものだと笑った。
だが、次の瞬間、エルザはギョッとした。
人の接近を許していたのである。ガストンがすぐそばに立っていたのだ。
押されれば、すぐに落ちてしまうような……こんな崖っぷちなのに。
ニヤついたガストンの姿を見て、エルザの心臓は大きく跳ね上がった。
ガストンは、恋人でもない限り近付かない距離に立っていた。
思わずエルザはガストンと距離を取った。すると、ガストンもまた、エルザの後をついて来る。エルザがガストンの腰をチラリと見ると、まだ、剣に手を触れていないようである。
ガストンは笑顔で口を開いた。
「やあ、エルザ君……三日月湖を見てるのかね」
「はい……私は田舎者なので、こんな大きな湖は初めてです」
エルザは作り笑いを見せた。
「この湖がなければ、ヴァルハラへも早く行けるんだがね……残念だが、今日はヴァルハラの手前の……アラタカへ行くだけで日が暮れてしまうな」
ガストンは、また、不自然に身を寄せてくる。……エルザも、景色を見るそぶりをしながら距離を取った。
「こんな大きな湖なら、迂回するしかないですよね」
エルザは唾を飲み込んで返事をする。
「方法はなくはないんだ。この先の峠を下りきった所に吊り橋があってね。そこを渡ればすぐ対岸に行けるんだよ」
「じゃあ、なんでその吊り橋を渡らないのですか?」
「それは橋が細くて揺れるからさ。馬じゃ通れない」
「なるほど……」
「……」
「……」
……会話が止まってしまった。
会話が途切れて気まずいという思いと、ガストンに対する嫌悪感……それに加えて汗臭い中年の男が、肌の熱が伝わる距離にいることも、エルザの居心地を悪いものにしていた。
ふと、遠くから、馬のいななきのようなものが聞こえた。それと同時に、馬の蹄の音がだんだん大きく聞こえてくる。エルザはその音が何だか気にかかった。
ガストンもその音に耳を澄ませて聞いていたが、やがてエルザの方へ視線を戻して口を開いた。
「実はね……私には弟がいたんだよ……三つ下の弟がね」
「へえそうなんですか……今はどちらへお住まいで?」
エルザがそう尋ねると、ガストンは目を瞑って首を振った。
「死んだよ……」
エルザは驚いて暗い顔を作った。
「それは、本当にお気の毒です……」
そう答えはしたが、エルザはガストンの意図が掴めなかった。
ガストンは目を開けて、また、首を振った。
「いや、いいんだ。……弟は悪い男だった……悪事に手を染めていたんだよ。それがきっかけで殺された。だから、私も、死んだのは仕方のないことだと思っている。……だがね、それでも血を分けた弟が死んだ……それはやはり悲しかった、寂しかった……殺した相手に罪はないと知りながらも、憎いと思ったのだよ。……エルザ……この気持ちは、おかしいと思うかね?」
遠くでガラガラ……と、崖の下に岩が崩れ落ちていく音がした。
そして、先ほどの、馬の蹄の音がだんだんと大きくなり、にわかに展望所が騒がしくなり始めた。重い足音や、誰かの大声が聞こえる。エルザの心臓は、ドクドクと大きく胸を打ち始めた。
その時エルザは、ガストンの背後のずっと向こうに、大勢の盗賊を引き連れた、一頭の馬に跨る黒い戦士の姿を見た。その両手には大きな斧が握られている。エルザはガストンを睨んだ。
ガストンは、息のかかる距離まで接近している。
その距離およそ四十センチ。
エルザが肘を曲げたら触れる距離である。エルザの全身が総毛立ち、肌が痛いくらいピリピリしだした。
エルザもガストンも、剣の柄へは手をかけていなかったが、左手で鞘をギュッと握りしめている。
エルザとガストンは、目と目を合わせて睨み合った。
「で、弟さんは……どちらで亡くなったんですか?」
ガストンの目が大きく見開かれた。
「弟はおととい森の街道で殺されたんだよ……聞いたことがあるだろう。名前はガスタって言うんだ!」
その瞬間、エルザとガストンは同時に動いた!
ガストンが自分の剣を抜こうと剣の柄へと右手を伸ばしたが、エルザは、ガストンの剣を奪おうと右手を伸ばしていた。なにせ、肘を曲げれば届く所に剣の柄があるのだ。エルザは迷わず相手の剣を奪いにいった。
ガストンは少し驚いたが、腰をひねってエルザの掴みを回避すると、エルザより先に剣の柄を握った。
「良しっ!」
思わずガストンは声をあげた。
エルザが伸ばした右手は空を掴んだが、その直後、すぐさま、ガストンの右手の甲を掴んで、強烈な握力で握りしめた。
「ぐあああっ!」
ガストンは痛みで顔をしかめたが、そのせいで剣が抜けない。
その時エルザは、己の左手に握られた剣を鞘ごと前へ突き出したのである。すると、柄先が割れて中から幅五センチほどの小さな仕込み刃が現れたのだ。
「てっめえ、裏で盗賊と繋がってたのかぁ!」
エルザが顔を真っ赤にして叫び声を上げると、突き出した刃を、ガストンのわき腹へドン! と突き刺したのである。
「あーっ!」
ガストンは回避しようとするが、エルザが右腕をガッチリと掴んで引き寄せている。
ガストンのわき腹に突き刺さった刃は、ミチミチミチ……と痛そうな音を立てて、ガストンの腹を斬り上げていく。
「ぬおおおおお!」
ガストンは剣を手放して片腕を伸ばすと、エルザの細い首を、万力のような握力で強烈に締め上げていった。そして、その首絞めでエルザを拘束したまま、エルザの腹を何度も何度も膝蹴りする。
「があああっ」
エルザの腹に、激しい膝蹴りの打ち込み音が鳴り、首からはゴキゴキと嫌な音がした。
「おええっ!」
だが、エルザが拘束されているということは、ガストンもまたエルザに固定されているのだ。エルザは口から涎を吐きながら、とうとう首のあたりまで、力を込めて斬りあげていった。
「ぐああああ!」
「ふぬうううっ!」
エルザは顔を真っ赤にして、頬っぺたを膨らませながら、歯を食いしばって首に力を込めた。
「弟の仇めーっ……この、弟の仇め!」
ガストンは、口から血を吐きながら叫び、エルザの顔へ血が飛び散る。
エルザが斬り上げた刃は、とうとうガストンの頸動脈を突き破った。
ガストンの首から血が噴出する。
ガストンが鬼のような形相でエルザを睨みつけていた。腹が斬れてしまって、もう蹴る力が出ないようだった。
「ああ……俺はもう駄目だ。せめてお前をあの世へ道連れにしてやる……」
「一人で死んでろ!」
エルザは隠し刃を首から引き抜いて、首を絞めているガストンの手首を横に強く斬り裂いた。それは手首の骨も血管も断ち切って、わずかながらの肉を残して切断した。そして今度はエルザがガストンの腹を蹴り押す。
すると、首を絞めているガストンの手首がミチミチミチ……と音を立てて千切れ飛び、エルザは後ろへ跳ね飛んだ。
「フーッ! ハーッ! フーッ!……」
エルザの顔は酸欠で真っ赤になっていて、目は取れそうになるほど見開いていた。首に巻き付いている太い針金のようなガストンの指を、力を込めてゆっくりと引きはがし、その汚らしい手の平を地面に投げ捨てた。
そして、胸いっぱいに息を吸った。
次の瞬間、エルザは吐いた。
「おええぇっ!」
その姿を見て、地面に尻もちをついているガストンが笑う。
エルザは肩で息をしながら、荒く息を吐いていた。エルザはガストンを睨みつけて言った。
「やることが汚いんだよ、お前は……」
エルザはゆっくりと剣を抜いて、ガストンを一睨みする。そしてガストンの頭蓋へ剣を振り下ろして、ガストンの頭蓋を叩き割った。
ガストンの頭から、ガポガポと血が溢れ出てくる。
エルザはゆっくりと呼吸を整えてから剣を引き抜き、そのままフラフラと後ろへ倒れ込んだ。頭の中はまだ、酸欠でボーッとしている。エルザは荒く……肩で息をするのだった。