第6話 密談
投稿順序ミスの影響で、第5話が11日の夕方に投稿せざるを得なくなりました。変なタイミングでの投稿、申し訳ありません。もし、まだ5話を読まれてない方がいらっしゃったら、一話戻って読んで下さるようお願いします。
セラスたちがリールの街に着いたのは、空がオレンジ色に染まる頃だった。セラスはメンバーたちを宿で休ませると、自身はエルザを連れて傭兵ギルドへと向かった。今回の襲撃を受けて、メンバー不足を痛感したのである。
セラスはリールの通りを歩きながら、街をグルリと取り囲む城壁を見上げてハァと息を吐いた。
「いつ見ても立派な城郭だな」
「50メートルくらいの高さがあるらしですよ」
「そんなに高さがあるのか。さすが、二百年ほど前、カルバン教の教皇庁があった場所だ。当時はここが世界の中心だったというわけだからな。今でも大勢の人が集う交通の要衝になるのも頷けるよ」
「その代わり、古くから続く妙な団体や盗賊なんかも多いですけどね」
「お前が昨日、ぶっ殺したガスタとかいう男もそうだろう。確か黒い蝙蝠の親分だとか言ってたな」
「そんな盗賊団がたくさんあるんですよ。……それにしても、昨日の今日でまたリールに戻るなんて……なんだか無駄に往復したみたいで嫌ですね」
「そう言うなエルザ……その代わり、小さな女の子を救ったじゃないか」
歩きながらセラスは、少しため息を吐いてエルザの顔を見た。
「なあエルザ……やはり、メンバー六人では少なすぎたか?」
エルザは何でもないようなそぶりで、のんびり歩いている。
「いえ、あの時の、セラス様の判断は間違ってませんよ。ただ襲撃があったから、何か対策が必要になってきた……それだけです」
それを聞いたセラスは、小さくウンウンと頷いていた。
「……そのためにここへ来たのだからな」
「着きましたよ」
エルザは古ぼけた建物の前で足を止めた。
「……ここが傭兵ギルドか」
見上げると、壁に剣と盾をモチーフにしたレリーフが看板代わりに掲げられている。
「それにしても解りにくい看板だな……」
「分かる人に分かればいいくらいに考えているんでしょう」
「せめて、傭兵ギルドって表記くらいあればいいのに」
二人は傭兵ギルドの扉を開けた。
傭兵ギルドのフロアは待合所のようになっていて、六テーブルほどの席が用意されていた。食堂も併設されていて、軽い飲食なら済ませそうだ。そしてそこには一〇人ほどのむさ苦しい男どもが、食事をしたり酒を飲んだりしながら暇そうにしていた。
エルザたちが入って来ると、フロア中の視線が集まった。女二人が傭兵ギルドへ来ること自体珍しいうえに、二人とも高身長で整った顔立ちをしていたから、かなり目立っていたのである。
セラスは長い金髪の巻髪を揺らしながら、長い睫毛をバチバチさせてギルドのフロアを見渡していた。
「セラス様……こっちですよ」
エルザとセラスは彼らの視線をすべて無視して、奥に女性が座っているカウンターへ向かった。
「ねえ、ちょっといいかい? 私らはエスタリオン王国・第三騎士団の者で、こちらのお方は団長のセラス・バクスター様だ。ギルドマスターに折り入ってご相談したいことがあるのだが……お取次をお願いできるかな?」
すると受付嬢は少々お待ちくださいと言って、奥へ引っ込んでいった。
二人がギルドマスターを待っていると、エルザの背後に男が二人、ヌッと立った。エルザが眉根を寄せながらは顔をあげると、下品な笑い顔が目に入った。
「へへへ、お姉さん方……もし護衛をお探しなら、どうか俺たちを雇ってくれないかい? ……俺はリッキーってんだ。こいつはトニー。二人ともリールじゃ知らない者はいないくらいの腕利きなんだぜ」
すると紹介されたトニーが頭をひょこッと下げた。二人ともエルザより背が高くて、筋骨隆々とした男だったが、嫌な顔付きの男である。
「結構よ」
エルザは能面のような顔で首を横に振った。だがリッキーはその場から動こうとしない。
「まあ、そう言わずにさあ……」
「忙しいのよ。お断りするわ」
「じゃあ、ギルドマスターを待っている間だけでもいいから、話を聞いてくれないか」
エルザは思わずハァと大きなため息を吐いた。
「え? 今、ハイって言ったか?」
するとエルザはリッキーの顔を睨みつけた。
「あっちへ行けって言ったのよ。聞こえたでしょ?」
するとリッキーは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「バカにしてんのか! お前はそんなこと言っちゃいねえ」
「察しろって言ってるのよ。わからないの?」
「おい女!俺をバカにすると痛い目をみるぞ」
リッキーが手を伸ばしてエルザの肩に触れようとした時、奥から現れた男がリッキーの手首をガシッと握った。リッキーが振り返ると、険しい顔が愛想笑いに変わった。
「痛ててて……ガストンさんっ……離してくだせえよ……」
するとリッキーよりも大柄な……身長も二メートルはあるかと思われる壮年の大男が、しゃがれた声で怒鳴った。
「リッキー! てめえ、ワシの客に手ェ出すたぁ、どういうつもりだ」
「あああ、すみませんっ……か、金が底を尽きたもんで……つい仕事が欲しくて」
ガストンはリッキーの手首から手を離すと、胸ぐらをつかむと、そのままドンと押した。
「お前ら余計な真似しやがったら、ギルドから追い出すからな!」
ガストンがしゃがれ声で怒鳴ると、リッキーとトニーは、一度エルザをギロリと睨んでから、背中を向けてギルドから出ていった。
ギルドマスター・ガストンは、軽くウェーブのかかった黒髪に、頬から顎……鼻の下まで髭を蓄えていた。よく見ると、髭の下には刀傷のようなものが隠れている。きっと、かなりの修羅場を潜り抜けてきたのだろう。彼の眼光はギロリと鋭く、厚い唇はへの字に結ばれていた。
ガストンはセラスの顔を見るとニコリしたが、ふと、エルザの赤い髪に気付くと急に真顔になって固まった。ガストンはゴホンと咳払いする。
「ま、立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
ガストンは二人を応接室へと連れて行き、ソファへ腰をおろすよう促した。
「さて、バクスター家のお嬢様が傭兵ギルド長に、何のご用ですかな」
そこで、セラスがこれまでのいきさつを軽く説明しながら、助っ人を二人雇いたいと言った。するとガストンは大きく頷いて、一枚のプロフィールが書かれた紙を手渡してきた。
セラスは早速、その紙に目を走らせた。
「キース殿と申されるか」
セラスはそう言ってエルザに紙を手渡す。そこには、細面のヤサ男といった感じの男の似顔絵が描かれていて、職業は剣士と書かれている。
「剣士というより、女ったらしという方がピッタリする」
エルザは肩をすくめた。
「そんなこと言わんでください。若いがAクラスの傭兵でしてな、剣の腕も確かなのです」
「若いのにAクラスとはなかなかの実力ですな」
「赤龍のブレスというチームの隊長をしておりましてね、判断力もあるし、頼れる男ですよ」
セラスは腕組みしながら唸った。
「なるほど……で、もう一人はどのような方がおられるかな?」
するとガストンはニコリと微笑んで、自分を指さした。
「もう一人はワシが行こうかと思っております」
「え……ガストン殿自ら護衛についてくださるというのですか」
するとガストンは笑顔で頷いた。それを聞いてセラスは大喜びである。
「王国に五人しかいない、Sクラスの傭兵であるあなたが護衛についてくれたら、我々はどんなに心強いか……本当に良いのですか?」
「もちろんですとも。先ほど伺った話によれば、よほどの事情があるご様子……。それなら素性のわからぬ者を連れて行くより、私とキースが同行するのが安心でしょう」
「有難い! 急な話だからどうなる事かと思ったが……いやあ、助かったよガストン殿! それではよろしく頼む!」
セラスは立ち上がると手を差し出して、ガストンの両手を掴んでブンブンと振った。
◆
セラスとエルザが傭兵ギルドを出てまもなく……ギルドマスター・ガストンは、こっそりと外出した。そして、本通りから大きく外れた裏通りにある三階建ての建物へ入ると、最上階の部屋へ入った。
部屋のあちこちに人相の悪い男が見張りに立っていて、一番奥にボスの部屋があった。
ガストンは遠慮なく部屋の扉を開けると、奥のソファでウイスキーを口に含んでいる男に声をかけた。細身だが肉の締まった長身の男だ。
「女も呼ばないで、寂しく一人酒か? 副団長・メスラー様よ」
メスラーは鞭のように引き締まった身体を起こして脚を組んだ。
「冗談は止めろガストン。昨日、ガスタ親分が殺されてるんだぞ。今はそんな気分じゃない」
メスラーはそういうと、もう一口、ウイスキーを口に含んだ。
この男は、エルザがガスタ親分を殺した時、仲間を置いて逃走した、インテリ・ワルな男である。
ガストンは巨体をドスドスと揺らしながら、ドッカリとソファへ身体を沈めた。
「ワシにも一杯くれんか」
「ああ、そこいらのグラスを適当に使ってくれ」
するとガストンは腕を伸ばして棚からカットグラスを取り出すと、氷も入れずにウイスキーをドボドボと注いだ。
「氷はいらないのか」
「無い方が味が膨らむだろ」
ガストンはそう言うと、グッと飲みほしてからニヤリと笑った。
その飲みっぷりを見たメスラーは、思わずため息を吐いた。
「昨日、うちの親分が……つまりあんたの《《弟が》》死んだって言うのに、よくそんな顔をしていられるな」
するとガストンは酒臭い息をフーッと吐いた。
「実はな、さっきガスタの仇がギルドに現れたのさ」
メスラーは眉根に深い皺を刻みながら、ウイスキーのグラスをテーブルへ置いた。
「あの赤い髪の女が?」
ガストンは、テーブルの上にあったウイスキーのボトルに手を伸ばすと、自分のグラスに波々と注いで、また一息にグッと飲んた。
「そうだ。あの女、王都に着いた途端、ヴァルハラまで薬を取りに行く任務を与えられて、馬を飛ばしてリールまで戻ってきたらしい」
「そんなことってあるのか」
メスラーが驚く顔を見て、ガストンはニヤリとした。
「面白れえだろ……。それでな、ワシはその一行の護衛を依頼されたんだ。それで、ワシとキースがそのチームに加わることとなった。……隙を見てエルザをぶっ殺すつもりさ」
そう言うとガストンは、グラスにウイスキーをもう一度波々と注ぐと、またもやすべて飲み干してしまった。それを見たメスラーは口の端をゆがめて笑った。
「ガストン……その女は俺たち黒い蝙蝠にとっても、親分を殺した憎っくき仇だ……俺たちにも、その敵討ちに参加させてくれ」
ガストンはメスラーの目をジッと見つめながら、小さく頷いた。
「それでこそ、次期親分ってもんだぜ」
するとガストンは、ウイスキーのグラスをテーブルの上へトンと置いた。
「実はな、メスラー。俺はギルドの情報網を使って、あの赤い髪の女のことを調べたんだ。するとな……驚いたことにあの女……剣聖・セドリックの弟子だっていういじゃねえか」
それを聞いてメスラーはグラスをテーブルに叩きつけた。
「それは本当かガストン!」
メスラーの反応を見て、ガストンはニヤリと笑った。
「ヘッヘッヘ、驚いただろう。セドリックの野郎、バクスとかいう剣士くずれの盗賊に斬られて、騎士を引退したって聞いていたが……。まさか弟子を取っていたとはな」
メスラーは鋭い目を光らせて小さく頷いた。
「並の剣士がガスタ親分を倒せるはずがないと思っていたんだ」
「あの華奢な外見じゃ、しょうがねえかもしれないが……。あの女はな、村でも有名な怪力女らしくてよ、ついたあだ名が剛腕のエルザって言うんだ」
「剛腕のエルザだって?」
「つまり、あの上段からの振り下ろしは……あの娘なりの初見殺しだったってわけだ」
それを聞いてメスラーはチッと舌打ちする。
「ガストン……俺が恥を忍んで逃げ帰ったのは、命が惜しかったからじゃねえ。ちゃんと準備をして、ガスタ親分の敵討ちをするためだ!」
ガストンはウイスキーをグッと飲むと、ウンウンと頷いた。
「わかってる……わかっているともさ。だから今回の話にも、すぐに乗ってくれたんだろう」
するとメスラーは無言で頷いた。ガストンはメスラーをジッと見ていた。
「出発は明日の早朝なんだが……すぐに動けるのか?」
するとメスラーはボトルを取ると、グラスへ波々と注ぎ込んでから、一口だけ、ゴクリと飲み込んだ。そしてガストンの目をジッと見た。
「実はな、面白いことに、例のジェームズという貴族の旦那から依頼が入ってな……セラスを殺してくれというんだ」
ガストンは目を大きく見開いた。
「本当かよ、そりゃあ……」
「ジェームズはな、王都から出たセラス隊に襲撃部隊を送ったらしいんだが、失敗したようでな。奴らを尾行していた見届人が、俺たちの所へ駆け込んで来たってわけさ」
「ほほう、それは、それは」
「つまりだ、俺たちの襲撃に合わせてお前とキースが裏切ってくれれば、奴らを簡単に殺れるってわけだ」
それを聞いたガストンは手を叩いた。
「今日はいい話が聞けたぞメスラー。で、その戦闘に、ジョーとベリーは間に合うのか」
「すぐに使いを走らせよう。奴らは明日の朝、案内人と合流させて、俺たちを追いかけさせればいい」
メスラーはグラスを煽って、中のウイスキーを飲みほした。
「セラスたちのルートを確認したら、合流地点へ伝令を送るつもりだ。そして、追いついてきたジョーとベリーの襲撃が、裏切りの合図というわけだ」
するとガストンはウンウンと頷きながら、ニヤリと笑った。
「最高の設定だな。それにしても仇に護衛を頼むなんて、とんだ間抜けだとは思わねえか?」
それを聞いたメスラーは、愉快そうに口を歪めてから鼻をフンと鳴らした。
「まあ、世間の人間は知らないからな……。まさか、Sランクの傭兵ガストン様と、リールの街を裏で牛耳っていた悪党・ガスタが兄弟だとは、夢にも思わないだろうからな」
するとガストンはギロリと目を光らせて、メスラーを見た。
「いいか、誰一人として生かして帰してはいけねえ。このことは、誰にも知られちゃいけないことだからな」
メスラーは酒臭い息を吐きながらニヤリと笑った。
「わかっているとも。……これからはお前と俺とで、この街を牛耳っていくんだからな。俺も溜まっていたうっ憤を晴らすつもりで、大いに暴れ回るぜ」
メスラーはニヤリと笑うと、グラスを振って氷をカラカラと鳴らした。