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【完結】剛腕のエルザ  作者: 平ミノル
27/30

第27話 銀盤



 ジョーはエルザを連れて走った。


 降りしきる雨は、だんだんと勢いを増して、川原の歩けるところは、川幅の半分もなかった。


 そこへ、さきほどの魔獣、アースクエイクが追ってくる。見た目は巨大な熊のようだ。


「こんな化け物まで呼び出すとは、妖術とは一体何なのだ!」


 ジョーは斧を構えた。


「エルザ! ここは俺に任せて先を急げ!」


 するとエルザは不安そうに振り返った。


「でも、ジョー! あなた一人を置いてはいけないわ!」


 だがジョーは大きく手を振ってから、崖を指さした。


「お前は怪我をしているんだぞ! さっさと行け! 尻をひっぱたくぞ!」


 するとエルザは一瞬ジョーを不安気に見つめたかと思うと、パッとジョーに背中を向けて川原を進んで行った。それを見届けたジョーは振り返ってアースクエイクを待った。


 川の中を、ズシン、ズシンと音を立てながら、魔獣は二足歩行で歩いて来る。


 全長は4~5メートルほどはあるだろうか。ジョーが手を伸ばしても魔獣の頭に届かない。かといって、足や腕を斧で斬りつけたとしても、分厚い皮膚を斬り裂けるかどうかは微妙である。


 ジョーは大きなため息をつきながら、両手の斧を構えた。


 アースクエイクは、急にドスドスと走り出して、ジョーへと迫った。そして鋭い右手の爪をふるってきた。


「ギャウッ!」


 ジョーがそれを躱すと、横にあった大岩が破裂したかのように砕け散った。ジョーはその伸びきった腕へ斧を叩き込む。


「でえいっ!」


 ザクッと音がしたが、針金のような毛が邪魔をしているのか、致命的な傷にはならない。ジョーが立ち止まっていると、アースクエイクの爪が飛んで来る。またジョーが斧を振るうが、アースクエイクの皮膚を傷付けることは出来なかった。


「くそう! 何か方法はないのかっ!」


 ジョーがアースクエイクを睨みつけると、睨まれた魔獣の方も逆に睨み返してくる。


「ギャアアアッ!」


 アースクエイクがジョーに向かって威嚇すると、またもや右爪を飛ばしてきた。ジョーがそれを躱すと、今度はジョー噛みつこうと顔を伸ばしてくる。ジョーは後ろへ飛び下がりながら、オリバーからもらった雷撃剣を口の中に投げ込んだ。


「食らえこの化け物め!」


 雷撃剣は魔獣の喉に突き刺さって、激しい電撃を発し始めたので、魔獣は悲鳴をあげて暴れまわった。川の水嵩が増してきていたので、アースクエイクは水しぶきをあげながら転げまわった。


「ギャウッ! ギャウッ!」


魔獣はくしゃみをしながら、その剣を吐き出そうとしていたが、そう簡単には取れるものではない。だが、致命的なダメージにはなっていないようだ。


「オリバー様の剣でも倒せないのか!」


 ジョーは斧を手放して、懐から短い短剣を取り出した。そして電撃に悶えるアースクエイクの背後に回ると、その短剣を尻へと突き刺した。


 そして、ジョーはその短剣の柄を足場にして飛び上がると、アースクエイクの背中へしがみ付いた。


「ギャアアアッ!」


 それを嫌がったアースクエイクが、暴れて背中を揺する。なにせ二メートル近い大男が背中にしがみついたのだ。アースクエイクとしたら嫌だろう。


 アースクエイクは飛んだり跳ねたりしながら暴れたが、口の中の雷撃剣が痺れるので元気がない。ジョーは毛を掴みながらちょっとづつ頭の方へ登っていった。


「お前には恨みはないが、これで終わりにしてくれ!」


 ジョーはもう一本の雷撃剣を取り出すと、それを左目に突き刺した。


「ギャアアッ!」


 ビリビリビリッと、電流が流れる。脳の近くに2本の雷撃剣が突き刺さっては、さすがのアースクエイクもぶっ倒れた。倒れた衝撃で、ジョーも川へ吹き飛ばされる。ジョーは水浸しなりながら、体を起こしてアースクエイクを見た。


「ううっ……」


 背中が激しく痛かったが、ジョーは歯を食いしばって立ち上がった。アースクエイクにしがみついていたせいか、ジョーも軽くだが電撃のダメージを受けている。ジョーはよろよろしながら一本の斧を拾い上げると、トドメを刺すために、ゆっくりと魔獣に向かった。


 川の水嵩はドンドン増して、ジョーの足首を濡らす。ジョーはザブザブと歩きながら、アースクエイクの顔の近くへ立った。そして、1本の斧を両手で握ると、頭上高くへ振りかぶった。


 いくら皮膚が硬いからといっても、ジョーが全力で振り下ろす斧を、何度も受ければ、流石に耐えられないだろう。


「魔獣よ、安らに眠れ!」


 ジョーが斧を振り下ろそうとした時、魔獣・アースクエイクの右目から涙が流れているのを発見した。よく見ると、息は荒く、子犬のようにクゥーン、クゥーンと鳴いているのだ。


 ジョーは思わず二歩ほど下がって、斧を下ろした。そして、アースクエイクをジッと見た。どこから来たのか知らないが……考えてみれば、この魔獣だって、いきなり呼び出されて死闘を命じられているのである。

 

 ジョーはなんだか可哀そうに思えてきた。自分も幼い頃、何もわからないまま、武装集団に売りつけられて、闘いを強要されたことを思いだしたのである。


「助けたからと言って、また襲ってくることはないだろう。人間と違ってな……」


 ジョーは左目に突き刺さった雷撃剣を抜くと魔獣に背を向けて、エルザを追った。





 その頃、屋根の崩れた小屋では、瓦礫の中からベルネージュが這い出てきていた。着ているワンピースも破れてボロボロである。


 それを見たカミルが、ベルネージュを支えた。


「ベルネージュ様、大丈夫ですか?」


 するとベルネージュがゼイゼイと荒く息を吐いた。


「あかん……力が足りんわ……魔素の……あの魔素の壺を持って来てくれや……」


「わかりました」


 するとカミルはすぐに壺をベルメージュに差し出した。


「あいつらもアホなやっちゃ。カミルが後を付けているとも知らずに、ノコノコと魔素の壺まで案内してくれるとはな」


 ベルネージュが喜ぶ姿を見て、カミルも思わず笑顔になる。


「あんな薄暗い中、どこに行くのかと思って後をつけたら……ホント、めっけもんでしたわ」


 だが、しばらくすると、ベルネージュが真顔になった。カミルが不安気にベルネージュを見た。


「どうかしましたか? ベルネージュ様?」


 するとベルネージュはキッとカミルを睨みつけた。


「どないもこないもあるかい。お前な、なんでこんなに魔素が減ってるんや!」


「えええっ! それはアースクエイクという魔獣を召喚しましたので……ちょっとは減りましたけど……」


 すると、ベルネージュはカミルの胸倉を掴んで怒鳴った。


「ちょっとやあるかい。3分の1は減ってるやないか!」


 するとカミルは両手を振って否定した。


「その壺にはそんなに入っていなかったですよ! 本当です!」


「そんなもん、信じられるかい。おい、お前! こっちゃ来いよ、コラ」


「あああっ、何を!」


 ベルネージュがカミルの首を左手で押さえつけると、カミルにそっと口づけをする。そして唇が触れて、ベルネージュの舌がカミルの口の中へと侵入すると、そのままズズズズーッと何か吸いだした。


「ああああ……」


 カミルは恍惚とした表情を浮かべながら、どんどんとやせ細っていき、ものの数分でミイラのように干からびてしまった。


 体中の生気を吸われたのか、カミルの体はカラッカラのシワだらけになり、そのまま床へと崩れ落ちた。ベルネージュは魔素の壺まで歩いていくと、それを手に取って中の液体をごくごくと飲み始めた。するとベルネージュの体がブルブルと震え、髪の毛はギュンギュンと逆立っていった。


 壺の中身をすべて飲み干したベルネージュは、スカートの裾で口を拭きながら、ハアハアと荒く息をした。


「よし、これで闘えるな」


 ベルネージュは立ち上がって、裸足のまま、小屋の外へと歩き出した。ベルネージュの顔は気力に満ち満ちており、思わず笑い出さずにはいられなかった。


「ワハハハハ……体中に魔素が漲ってきている。久々だな、この感覚!」


 ベルネージュは天に向かって指を差した。


「……ライトニングっ!」


 ベルネージュがそう叫ぶと、天から幾筋もの白雷がバリバリッと落ちてきて、山腹へ突き刺さった。


 すると、轟音とともに山の岩盤が割れて弾け飛び、大岩が大きく揺らいで崩れ落ちた。そして、山腹から地下水があふれ出して、新たな大滝が出現した。


 ベルネージュはその様子をジッと見ている。すると、それらの水勢が狭い川へと流れ込んできて、徐々に水嵩が増していった。


「だいぶ水嵩が増してきたかな? それじゃ、そろそろ始めるとするか」


 ベルネージュは両手を広げて風を起こす。


「ほら、津波の恐ろしさを体感してみい、ウォーター・ウォール!」


 ベルネージュがそう叫ぶと、川の水が渦を巻いて集まり、やがて神の廊下の半分を満たすくらいの高さまで水位があがった。そして、ベルネージュの手を動きに合わせて、下流に向かって一斉に流れだしたのである。


 ゴゴゴゴゴ……という大きな音が鳴り響いた。


 巨大な水の塊は、まるで壁のように神の廊下を突き進み、川の中にあるすべてのものを押し流して行った。


「ほほほ、やはり大きな術は気持ちがいいのう」


 ただ、ベルネージュが誤算だったのは、この壁の高さが、崖の道が掘られた高さまで届かなかったことである。


「……チイッ。これじゃ、崖の道にいるあいつらは無事やないか!」


 ベルネージュはもう一度両手を上げると、目を閉じて妖術を発動する。


「ベルネージュ!」


 ベルネージュが、我が名を冠した妖術を発動する。ベルネージュとは美しい雪という意味である。だが、この妖術で生み出された雪は美しいというより、荒れ狂う武器のような苛烈なものであった。


 神の廊下に凄まじい勢いの吹雪が吹き荒れる。すると川の水面が一気に氷付いていく。


「わははは、さあ仕上げや」


 ベルネージュが右手を一振りすると、風の刃が突き進み、波打ったまま凍っていた水面を綺麗に削り取っていく。そしてもう一度風が吹いて、氷の削りカスを吹き飛ばした時、綺麗に平らな銀盤が現れたのだった。


 吹雪が止んで、音一つ鳴らない、静寂の空間が出来上がった。


「今日は気持ちええくらいに妖術が決まるなあ。氷の厚みも、十センチ以上はあるやろ……それっ!」


 ベルネージュは崖の上から飛び降りて、くるりと一回転する。その時、ベルネージュの足にパキパキと氷が纏わりつき、足裏に刃のついた氷のスケート靴が現れた。


「エイッ!」


 ベルネージュは、美しく氷上に着地した。そして、一度まっすぐに立って、この凍り付いた神の廊下の風景を堪能した。


「気分がいいと、見る景色の印象まで変わるんやなあ。気持ちがええわ」


  ベルネージュは大きく息を吸った。


「さてと……そろそろアイツらを追うとするか」


  ベルネージュは右手を頭の上でグルリと回した。


「風よ!」


 するとつむじ風のような、渦を巻いた風が巻き起こり、ベルネージュの背中を押した。滑り始めると、ベルネージュは膝に手を置いて、前屈みとなりながら前方を睨みつける。


 そして彼女は、風に押されて猛スピードで滑り始めた。


「わはははは! 一瞬や! 一瞬で追いついたるわ!」


 ベルネージュは突進していく。


 その途中で、氷の下に真っ黒な塊のようなものが見えた。ベルネージュはその影をジロリと睨みつける。


「あんな奴らにやられよって……図体だけはでかいくせに。フン! カミルの奴、しょうもない奴を召喚したもんや」


 その時、その黒い塊が氷の下で弱々しく動いた。


「まだ、生きてんのか?」


 ベルネージュは、魔獣のしぶとさに驚いたが、考えてみると、氷の下の水は元々は妖術で集められたものである。その水が元のレベルにまで減って息が出来るのか……苦し気にもがいているようだった。ベルネージュはその様子をジロリと睨みつけると、魔獣を助けようともせず、そのまま、先へと滑っていった。





 その頃ジョーとエルザは、先へ急いでいた。


「裏山へ通じるトンネルまでもう少しだ。頑張れエルザ!」


 ジョーの言葉に励まされながら、右腕を三角巾で吊るしたままのエルザは、眉間に皺を寄せながら歩いていた。


 激しい雨によってずぶ濡れとなった後、謎の吹雪が荒れ狂ったのである。エルザは髪の毛から三角巾、包帯までもが凍りついていていた。傷口は激しく痛む。


 ジョーが渓谷を見上げると、対岸に小さな滝が見える。


「エルザ、もうすぐだ、頑張れ」


 ジョーの言葉にエルザは頷く。


 しばらく歩くと、崖をくり抜いた道が途切れた。そしてそこから山手に向かって草が生い茂ってる。穴の入口だ。


 ジョーはエルザを先に行かせるため振り返った。すると彼女は後ろを向いてボソリとつぶやいた。


「来たわ……」


 ジョーは、渓谷の上流を目を細めてジッと見つめた。遠くには、飛ぶような勢いでこちらへ向かってくる人影が見える。


 ジョーはエルザの手を引くと、そのまま草むらへと押し込んでいった。 


「エルザ、お前の剣を貸してくれ」


「この剣で、一体何をしようっていうの?」


 ジョーは振り返って、エルザをジッと見た。


「俺がここで足止めするから、お前は穴を上がって洞窟へ向え!」


 すると、エルザは首をブルブルと振った。


「嫌よ!」


 エルザはジョーの目をジッと見つめた。


「あなたがここで死ぬ気なら……私も一緒に死ぬわ!」


 ジョーは困ったような顔をしながら片手で顔を覆った。


「エルザ……俺は死なない、さっきだって魔獣を倒して帰って来ただろう」


「そうだけど駄目なの! 今度の相手はさっきとは違うわ……」


「だったらエルザ! 先に行ってくれよ! お前は怪我をしているんだぞ……」


 するとエルザは眉を吊り上げて叫んだ。


「嫌よ! 私は行かないっ! 私は嫌なのよ! あなただけが死んで、私だけ生き残るのは!」


 それを聞いてジョーは言葉を失ってしまった。


「エ、エルザ!」


 ジョーは、思わすエルザの背中へ手を伸ばして、数秒間ギュッと抱き寄せた。ジョーの胸の中で、エルザはそっとつぶやく。


「私は足手纏いにはならないわ。知ってるでしょ?」


 するとジョーはエルザの顔を見て、ニッコリと笑った。


「ああ。忘れていたよ……。お前は誰よりも頼りになる女だったな。……よし、それじゃあ、二人であの化け物を倒して……一緒に村へ帰ろう」


「きっとよ、ジョー」


 二人はジッと見つめ合った。そしてエルザが目を閉じると、二人の唇が柔らかく重った。


「わはははは、寒さで震えとるのかと思ったら、えらいアツアツやないか」


 目で見てわかるくらいの距離で、ベルネージュが止まった。ジョーはエルザから渡された靴下を、ブーツの上から履いた。簡易的な滑り止めである。



「今からそっちに行くから待ってろ、ベルネージュ!」


 ジョーはそういうと、崖の道から飛び降りたのだった。



このお話全30話で完結致します。

毎日更新しておりましたが、コンテストに応募している関係上、6月1日に、残り26話から30話まで一気に掲載しております。

お話の順序等ややこしくなり申し訳ございませんが、26話から30話まで、順序にご注意頂き、読んで頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

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